父さん。
建物を出た途端、弟が声を上げた。
「はははっ! アリア、僕が――父さんだよ!」 狂喜、という言葉がぴったりの笑顔だった。
「父さんって、呼んでいいんだぞ!」
そう言うなり、弟は私を抱き上げた。
「――っ!?」
視界が一気に跳ね上がる。
……ちょっと。
高い。
怖い。
――あ、でも。
空が近い。
町が小さく見える。
世界が、広い。
……やっぱり、怖い!!
「わっ、わっ――!」
私が声を上げる前に、弟は私を地面に下ろした。
「はは、ごめんごめん」
顔を興奮で赤くして、声は弾んでいる。
「早く、報告しなきゃ」
その横顔を見て、私はふと気づいた。
……ああ。
この人も、不安だったんだ。
信じていても、
願っていても、
現実は時として、残酷な結果を突きつけてくる。
だから――
今、この結果が、
こんなにも嬉しい。
その気持ちは、私と同じだった。
胸の奥で、何かが、すとんと落ちた。
弟は、私の手を取った。
行きは、決して繋がれることのなかった手。
帰りは、しっかりと、離さない。
その手は、大きくて、あたたかい。
……父さん。
……父さん?
――少し、冷静になった。
……この人が、父さんなの?
私、大丈夫なの?
不安と戸惑いを胸に抱いたまま、
それでも私は、その手を振りほどくことができなかった。
「兄さん、親子だったよ」
屋敷へ戻るなり、弟はまっすぐ公爵のもとへ向かい、そう告げた。
「……そうか」
公爵は、弟を見た。
その表情は、どこか眩しそうで――
そして、ほんの少しだけ、寂しそうにも見えた。
「……アリアのことを、真剣に考えなくてはな」
静かな声だった。
「そうだね」
弟はそう答えてから、私の方を見る。
……私は、小さい。
きっとこれから、二人が描くレールの上を、走ることになるのだろう。
弟はしゃがみ込み、私と視線を合わせた。
「兄さんと、ちゃんと相談するよ。だから、気になることがあったら、何でも言うんだ」
……どうやら、私の不安は、顔に出ていたらしい。
そう思った、その瞬間だった。
――ぎゅうううっ。
「……!?」
突然、弟が私を思いきり抱きしめた。
……ギャー!
やめて!
変態!
苦しい!!
「……苦しそうだが?」
公爵が、冷静に指摘する。
「親子だから、ハグは普通だよ?」
弟は、まったく手を緩めることなく言った。
……公爵!
見てないで!
助けて!!
「可愛い……」
うっとりとした声が、耳元でする。
……ギブです。
ギブ。
誰か。
たーすーけーてー。
――助けは、来なかった。
けれど。
……ああ。
この人は、本気で――
父さんを、しようとしているんだ。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「……父さん……」
思わず、声が零れた。
次の瞬間、抱きしめる腕に、さらに力がこもった。
……死ぬ。
……やっぱり。
父さんと呼ぶのは、やめておこう。




