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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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29/90

観察日記が始まるそうです

夕食の席で、少年が突然言った。

「父さん。今日、先生と一緒に、アリアの観察日記をつけることにしました」

……はい?

今、何と?

「観察日記?」

公爵は、手を止めて聞き返した。

「はい。いつ人間に戻るのか、調べるためです。今までは猫だったのに、どうして人間になったのかも、不思議なので」

……それはですね。

必死だったのです。

猫のままだと、ロケットを盗られると思ったからなのです。

「なるほど」

……なるほど、じゃないです。

公爵、猫の尊厳を、少しは大切にしてくれませんか?

「だから」

少年は、にこっと――

満点の笑顔を浮かべた。

「一緒に寝てもいいかな? いいでしょ?」

……ああ。

これは、反則だ。

公爵が、はっきりと動揺したのがわかった。

一瞬、胸元を押さえ、軽く咳払いをする。

わかる。

その気持ち、すごくわかる。

その笑顔を前にして、

「駄目だ」と言える大人は、そう多くない。

「……」

公爵は、少しだけ呼吸を整えてから、言った。

「……観察期間だけだぞ」

……はい?

観察?

期間?

私、ですか?

観察期間って、いつまでですか?

期限は?

条件は?

終了の目安は?

問いかける暇もなく、少年は嬉しそうに頷いた。

「うん!」

……ああ。

少年の笑顔が、眩しすぎる。

公爵、

どうしてそこで、頷いてしまったのですか。

私は、静かに心の中で叫んだ。


少年は、その日のうちに観察日記を書き始めた。

……どうやら、今夜かららしい。

私は文字が読めないので、じっとその様子を見ていた。

「……気になるの?」

少年が、ちらりとこちらを見る。

「読んであげるよ」

嫌な予感しかしない。

「――朝おきたら、アリアが猫になって、ぼくの部屋にいました」

……はい、アウト。

「使用人さんが、猫の毛がベッドにありました、って言っていたので、一緒に寝てたとわかりました」

……全部、バレてる。

「アリアの部屋から、ぼくのベッドにくるなんて、可愛いなあと思いました」

……ぎゃああああ。

何その、

聞かされる側の心を抉る日記。

やめて。

うっとりした顔で、日記を胸に抱きしめないで。

「見て。これが、アリアだよ」

……すみません。

それ、アリアじゃありません。

粗大ゴミか、化け物です。

少なくとも、アメリカンショートヘアではない。

「とっても、可愛く描けたと思うんだ」

……可愛いのは、少年の方です。

その笑顔を向けられたら、

大人はみんな「可愛く描けてますね」としか言えません。

絶対に。

「毎日、書くよ」

……やめましょう。

今日で終わりにしましょう。

今すぐ、捨てましょう。

「明日も、楽しみだね」

……何が、楽しみなのでしょうか。

私は、心の中で静かに頭を抱えた。

けれど。

「おいで」

そう言われて、ベッドに誘われると、

私の身体は、いそいそと少年にすり寄っていた。

……だって。

気持ちいいんだもん。

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