観察日記が始まるそうです
夕食の席で、少年が突然言った。
「父さん。今日、先生と一緒に、アリアの観察日記をつけることにしました」
……はい?
今、何と?
「観察日記?」
公爵は、手を止めて聞き返した。
「はい。いつ人間に戻るのか、調べるためです。今までは猫だったのに、どうして人間になったのかも、不思議なので」
……それはですね。
必死だったのです。
猫のままだと、ロケットを盗られると思ったからなのです。
「なるほど」
……なるほど、じゃないです。
公爵、猫の尊厳を、少しは大切にしてくれませんか?
「だから」
少年は、にこっと――
満点の笑顔を浮かべた。
「一緒に寝てもいいかな? いいでしょ?」
……ああ。
これは、反則だ。
公爵が、はっきりと動揺したのがわかった。
一瞬、胸元を押さえ、軽く咳払いをする。
わかる。
その気持ち、すごくわかる。
その笑顔を前にして、
「駄目だ」と言える大人は、そう多くない。
「……」
公爵は、少しだけ呼吸を整えてから、言った。
「……観察期間だけだぞ」
……はい?
観察?
期間?
私、ですか?
観察期間って、いつまでですか?
期限は?
条件は?
終了の目安は?
問いかける暇もなく、少年は嬉しそうに頷いた。
「うん!」
……ああ。
少年の笑顔が、眩しすぎる。
公爵、
どうしてそこで、頷いてしまったのですか。
私は、静かに心の中で叫んだ。
少年は、その日のうちに観察日記を書き始めた。
……どうやら、今夜かららしい。
私は文字が読めないので、じっとその様子を見ていた。
「……気になるの?」
少年が、ちらりとこちらを見る。
「読んであげるよ」
嫌な予感しかしない。
「――朝おきたら、アリアが猫になって、ぼくの部屋にいました」
……はい、アウト。
「使用人さんが、猫の毛がベッドにありました、って言っていたので、一緒に寝てたとわかりました」
……全部、バレてる。
「アリアの部屋から、ぼくのベッドにくるなんて、可愛いなあと思いました」
……ぎゃああああ。
何その、
聞かされる側の心を抉る日記。
やめて。
うっとりした顔で、日記を胸に抱きしめないで。
「見て。これが、アリアだよ」
……すみません。
それ、アリアじゃありません。
粗大ゴミか、化け物です。
少なくとも、アメリカンショートヘアではない。
「とっても、可愛く描けたと思うんだ」
……可愛いのは、少年の方です。
その笑顔を向けられたら、
大人はみんな「可愛く描けてますね」としか言えません。
絶対に。
「毎日、書くよ」
……やめましょう。
今日で終わりにしましょう。
今すぐ、捨てましょう。
「明日も、楽しみだね」
……何が、楽しみなのでしょうか。
私は、心の中で静かに頭を抱えた。
けれど。
「おいで」
そう言われて、ベッドに誘われると、
私の身体は、いそいそと少年にすり寄っていた。
……だって。
気持ちいいんだもん。




