私は、猫です
「父さん、アリアが猫になってました」
少年はそう言って、公爵のもとへ駆け寄った。
寝間着姿の少年とは対照的に、公爵はすでにきちんと身支度を整えている。
「……いつ、猫になったんだ」
落ち着いた声で、公爵が問う。
「朝、起きたら僕の部屋にいました」
少年は、少し誇らしげに答えた。
私は――
公爵の顔も、少年の顔も、見ることができなかった。
……逃げたい。
けれど、少年の腕は思ったよりもしっかりしていて、私はぎゅっと抱き留められている。
……本気を出せば、逃げられる。
猫だもの。
でも。
少年の体温が、気持ちいい。
力が、抜ける。
……ヤバい。
公爵は、私を一瞥して言った。
「ほお」
……やめて。
見ないで。
本当に、反省してるから。
その時、少年が無邪気に言った。
「猫なら、一緒に寝てもいいかな?」
……可愛く言わないで。
お願いだから。
公爵は、わずかに眉を寄せた。
「……待て。少し、考えさせてくれ」
……うん。
悩ましい問題ですよね。
わかります。
そして、公爵は続けた。
「とりあえず、着替えてこい」
……あ。
逃げた。
逃げたのは、公爵だ。
私は心の中で、静かに突っ込んだ。
結局、私はそのまま、少年に抱かれ続けていた。
その日は、家庭教師が来る日だった。
……よりにもよって。
猫の姿のまま、私は少年に抱かれていた。
私を見るなり、家庭教師は一瞬だけ目を瞬かせてから、落ち着いた声で言った。
「……アリア、ですよね?」
……はい。
そうです。
猫ですが。
「今朝、僕の部屋にいたんです」
少年はにっこりと笑いながら言った。
……お願いだから、言わないで。
しかも――
やめて。
喉を、くすぐらないで。
……気持ちいいから。
「そうですか。……何が、きっかけなのでしょうね?」
家庭教師は、学術的興味を隠そうともせず、じっと私を観察する。
……恍惚とした顔の私を、見ないでください。
本当に。
でも、少年の手は止まらなかった。
「僕も、不思議に思います」
……私は、無意識に喉を鳴らしていた。
ごろごろ。
……もう、恥ずかしくて死ねる。
「こうして見ると……やはり、猫なのですけどね」
家庭教師は、しみじみと言った。
……猫です。
私は、猫です。
人間では、ありません。
そう、必死に自分に言い聞かせながら――
私は、その後の会話を、ほとんど覚えていなかった。




