私は牢に入った
私は、弟に掴まれたまま、動けずにいた。
……痛い。
逃がさない、というより、逃がすつもりが最初からない握り方だった。
弟の瞳は、先ほどよりも強い光を帯びている。
それを見た瞬間、喉がひゅっと鳴り、声にならない息だけが漏れた。
公爵は、そんな私をじっと見つめていた。
「……あの侍女と、髪と瞳の色が同じだな」
低く、確かめるような声。
「子供か?」
一瞬、間を置いてから、首を振る。
「いや……辞めてから一年だ。大きすぎる」
……そんなこと、知らない。
私はただ、息をするので精一杯だった。
「先生が、言ってた」
少年が、少し早口に言った。
「獣と人になれる存在は、人間とは成長の早さが違う、って」
少年は私から目を離さない。
「昔、調べたんだって」
……そうなの?
頭が追いつかない。
公爵は、静かに頷いた。
「明日は、家庭教師の来る日だったな」
その声は、落ち着いているのに、逃げ道がなかった。
「少し、時間をもらおうか」
公爵は、弟の手、ロケット、そして私を、ゆっくりと見渡した。
「もう夜も遅い」
そう前置きしてから、はっきりと言う。
「明日、詳しく聞かせてもらうぞ」
その声には、柔らかさなど一切なかった。
――逃げたら、どうなるか。
それくらいは、わかっているだろう。
そう言われている気がして、私は何も言えなかった。
弟は、私の手を強く握ったまま、一歩前に出た。
「兄さん」
公爵が、弟を見る。
その視線を真正面から受け止めて、弟は言った。
「この子は、逃げるかもしれない」
……え?
胸が跳ねた。
弟は私を一度も見ない。
ただ、公爵だけを見据えて続けた。
「だから、お願いだ。僕とこの子を、同じ牢に入れてほしい」
空気が、張りつめた。
「本気で言っているのか」
低く、公爵が問い返す。
弟は、迷いなく頷いた。
「本気だ」
公爵は、しばらく弟を見つめていた。
その沈黙が、ひどく長く感じられた。
やがて、公爵は小さく息を吐いた。
「……牢に、弟を自分の手で入れる日が来るとはな」
その声には、怒りよりも疲労が滲んでいた。
公爵は私に視線を向ける。
「逃げるな。逃げれば、それなりの扱いになる」
脅しではない。
現実を告げる声音だった。
私は、何も言えなかった。
弟に手を握られたまま、私は弟と共に牢へと連れて行かれた。
鉄の扉が閉まる音が、重く響く。
外には、不安そうな瞳でこちらを見る少年がいた。
弟は檻の中から、公爵に言った。
「この子の服、無いかな」
公爵は一瞬だけ私を見てから、言った。
「……誰かに、何か運ばせる」
しばらくして、眠そうな使用人がやって来た。
手には、子供用のワンピースと下着。
私を見て、はっきりと驚いた顔をしたが、
「……どうぞ」
それだけ言って、鉄格子の隙間から服を差し入れた。




