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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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男の回想

男は、自分の部屋へ戻った。

そこは、ひどく殺風景な部屋だった。

飾り気もなく、生活の痕跡もほとんどない。

男は、部屋の隅に置いてある小さな鞄を開いた。

中には、

あのロケットと、まったく同じ形のロケットが、いくつも入っていた。

男は、女に取り入る時、いつもこのロケットを使っていた。

「祖父からもらった、大切なロケットなんだ。

 だから、君に持っていてほしい」

その言葉だけで、女たちは男を信じた。

好意を向け、身体を許し、金を貸した者もいた。

男は、ロケットを渡すたびに、

写真の裏に、文字を一つ刻んだ。

――誰に渡したのか、忘れないために。

けれど。

今日、あの屋敷で見たロケットは、違っていた。

あれは、

男が初めて女を愛し、

初めて、本気で渡したロケットだった。

それは、一つしかない。

量産品の中でも、特別な意味を持っていた。

(……あんな場所に、あるはずがない)

彼女は、ロケットを渡したあと、消えた。

行方は分からない。

生きているのか、死んでいるのかすら。

男は、鞄を乱暴に閉じた。

部屋の中に、荒い呼吸の音だけが残る。

「……どうすれば、いいんだ」

男は、かすれた声で呟いた。


男は、ゆっくりと目を閉じた。

彼女を初めて見たのは、公爵家だった。

侍女として働き始めたばかりの頃で、

口数も少なく、華奢で、印象の薄い女だった。

正直なところ、つまらない女だと思った。

彼女は時折、公爵の姿を目で追っていた。

(……またか)

男は、内心でそう思った。

公爵に憧れる女など、いくらでもいる。

ただ、彼女は他の女たちと少しだけ違っていた。

彼女は、本当にただ、公爵を見ているだけだった。

媚びるでもなく、近づくでもなく、

ただ、遠くから静かに。

男にとっては、どうでもいいことだった。

——その日までは。

ある日、男はひどく殴られて帰ってきた。

女遊びをした先で、

その女の連れが押しかけてきて言ったのだ。

「俺の女に、手を出すな」

男は、強くない。

(……失敗したな)

それだけを思った。

男は裏口から、そっと屋敷に入った。

身体のあちこちが痛み、

立っているのもつらかった。

そこに、あの侍女がいた。

彼女は男の姿を見るなり、目を見開いたが、

すぐに小さく息を吸い込むと、一言だけ言った。

「……待っていて下さい」

そう言って、走り去った。

男は、壁にもたれ、うずくまった。

身体が、焼けるように痛んだ。

しばらくして、侍女が救急箱を抱えて戻ってきた。

彼女は何も言わず、

黙々と男の傷の手当てを始めた。

男も、何も言わなかった。

包帯を巻き終え、

彼女は静かに手を止めた。

「……終わりました」

そう言って、侍女は男の瞳を見た。

そこには、

男が今まで見たことのないほど、澄んだ瞳があった。

「しばらくは、固い物は食べられないでしょう。

 用意しましょうか」

男は、一瞬、言葉に詰まった。

そして、自分でも意外に思うほど素直に、答えていた。

「……出来たら」


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