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公爵に捨てられた侍女の子供ですが、猫として生きていきます  作者: りな


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公爵の弟

その日は、公爵と公爵夫人がそろって夜会へ出かけていった。

「珍しいね」

男の子は、腕の中の私を抱きながら、ぽつりと言った。

主のいない屋敷は、どこか空気が違っていた。

使用人たちも、いつもより声を落とし、少しだけ気を抜いているように見える。

――と、そのとき。

「困ります!」

廊下の奥から、使用人の切迫した声が聞こえてきた。

「本日は、お二人ともご不在です。どうかお帰りください」

「知ってるよ。だから来たんじゃないか」

軽い調子の男の声。

「知らない仲じゃないだろう? 少しくらい、いいじゃないか」

「いけません」

言い争う声が近づいてきて、やがて私たちの視界に男の姿が入った。

背の高い、よく整った身なりの男だった。

「……おじさん?」

男の子が、戸惑いながら声を上げる。

男は、にやりと笑った。

「久しぶりだな。ずいぶん大きくなった」

そう言ってから、男は私に視線を落とした。

「それで――」

少し目を細める。

「それが、庭で拾った猫か?」

男の子は、無意識に私を抱く腕に力を込めた。

男は、そんな様子を気にしたふうもなく、続ける。

「君の母君に頼まれてね」

そう言って、懐から何かを取り出す素振りをした。

「拾ったロケットを、見せてほしいそうなんだ」

その言葉に、私の胸が、ひやりと冷えた。

その男は、公爵の弟だった。

それを知った瞬間、男の子の胸に、迷いが生まれる。

(ロケットのことまで知っている……)

それなら、本当に母が頼んだのだろうか。

「少し、見るだけさ」

男は穏やかな声で言った。

「何もしない。見たら、すぐに帰る」

その背後では、使用人たちが戸惑った顔でこちらを見ている。

止めるべきか、通すべきか、判断できずにいるようだった。

「……本当に、見るだけだからね」

男の子は、用心深く言った。

そして、男を自分の部屋へと案内する。

「いい部屋だな」

男は、部屋を見回して言った。

男の子は、何も答えなかった。

引き出しを開け、ロケットを取り出す。

「……これだよ」

男はロケットを受け取ると、ためらいもなく蓋を開いた。

慣れた手つきで写真を外し、その裏に視線を落とす。

次の瞬間。

男の動きが、ぴたりと止まった。

顔色が、はっきりと悪くなる。

沈黙。

やがて、男は静かにロケットを閉じた。

「ありがとう」

短くそう言って、ロケットを男の子に返す。

「もう、帰るよ」

それだけ言い残し、男は部屋を出ていった。

屋敷の中に、静けさが戻る。

使用人たちは、ほっとしたように息をついた。

けれど。

男の子と、私の胸には、

言葉にできないざわめきだけが残っていた。


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