気がついたら、猫だった
目を覚ました時、私は泣いていた。
――正確には、鳴いていた。
言葉にならない声が喉から漏れ、冷たい藁の上で小さな体が震えている。視界は低く、世界はやけに広かった。
(……え?)
考えている。
それだけで、異常だと分かった。
私は人間だった。
少なくとも、前世の記憶はある。名前も、働いていた場所も、曖昧ながら残っている。なのに今の私は、柔らかい毛に覆われ、四本の足で転がることしかできない。
「ニャァ……」
隣で、同じ声がした。
目を向けると、動けない子猫が何匹も寄り添っている。兄弟だと、本能が教えてくれた。
腹が、焼けるように痛い。
空腹だ。
母猫の姿はなかった。
匂いは薄く、戻ってくる気配はない。
(このままじゃ……)
理解してしまった。
ここにいれば、死ぬ。
必死に体を動かし、鳴き声を上げながら藁の外へと這い出す。
冷たい風が毛を逆立てた。
だが、遠くから微かに感じる匂いがあった。
暖かい空気。
人の気配。
そして、食べ物の匂い。
――生きられる場所。
理由は分からない。
それでも、行かなければならないと分かった。
塀の隙間を抜けた先に広がっていたのは、整えられた庭だった。
花壇、噴水、白い石畳。
現実味のない、美しさ。
(……ここ、危ない)
なぜそう思ったのかは説明できない。
けれど、胸の奥がざわつき、足が勝手に奥へ向かっていた。
その時だった。
「……猫?」
幼い声がした。
振り向くと、五歳ほどの少年が立っている。
柔らかそうな髪、上質な服。
この場所にふさわしい存在。
この家の子供だと、直感で理解した。
少年はゆっくりと近づき、私を抱き上げる。
「軽い……。ずっと、食べてないんだな」
腕の中は温かかった。
その温もりに、思わず力が抜ける。
生きている。
そう、はっきりと感じた。
その拍子に、首元で小さな硬い感触が揺れた。
少年の視線が、私の首に巻き付いた古い革紐に向く。
「それ……なに?」
指先で引き寄せられたのは、小さな金属製のロケットだった。
随分と使い込まれていて、縁は擦り切れている。
少年は少し迷った後、そっと蓋を開いた。
中には、小さな肖像が収められていた。
白黒に近い色合いの中で、鋭い眼差しをした男がこちらを見ている。
威圧感のある顔立ち。
少年はしばらく黙り込み、首を傾げた。
「……誰だろう。でも、見たことがある気がする」
その瞬間、胸の奥が冷えた。
理由は分からない。
だが、本能が告げている。
――これは、知られてはいけない。
私はまだ、ただの猫だ。
真実を語ることも、選ぶこともできない。
それでも、生き延びる。
この家で。
この少年のそばで。
今は、それだけだった。




