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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
9/15

8話 relief


「マジで遅せぇよ……南雲」


 俺の声に答えるように影がこちらに歩み寄ってくる。


「悪い悪い、まぁでも間一髪か?」

「バカ言うなもう散々やられた後だよ!」

「そりゃ悪いことした、ちゃっちゃと片付けるから許してくれや」


 安心感からか今度こそ足の力が抜けて腰が砕けたように俺はその場にへたりこんだ。

 南雲とその仲間たち、そしてその後ろには我が部きっての破壊兵器が顔を覗かせていた。


「根性見せたな夕陽、今日はカッコイイぜお前」

「俺は何時でもカッケェんだよ茜さん」

「本来喧嘩に他人を巻き込むのは好きじゃねぇんだけどよ、お前ら先に夕陽巻き込んでっからな……茜さん連れてきたわ」


 いや、過剰戦力でしょどう考えても。

 南雲は煙草を咥えたまま鉄パイプを金髪の男に向けた。


「悪ぃが、お前ら地獄だぜこっから」


 南雲が宣言した瞬間、まるで絵本のように体格のいい男達が宙を舞った、茜さんは次から次へとちぎっては投げちぎっては投げしている。そして肩を回しながら笑みを浮かべて声を張上げる、その様はまるで戦国武将もかくや。


「行くぞテメェら!」

「あっ、ちょっ! 茜さん! 俺のセリフだろうがそれ!」


 実に締まらないいつも通りの南雲達、だがセリフとは裏腹に喧嘩ではまるで金髪連中が相手になっていない。

 これでは一方的な蹂躙だ、小学生とプロボクサーが喧嘩してると言ってもいい。こうなると喧嘩の行く末は決まったようなもんだ、だったらもう俺の出る幕は無い。


「暁姉妹、悪いけど肩貸してくれ」

「はい、勿論!」

「幾らでも貸しますよ」


 俺は暁姉妹の肩を借りて立ち上がり、静かに端の方からこの馬鹿騒ぎから離脱を試みる。

 チラリと二人に顔を向ければ揃いも揃ってぐしゃぐしゃの顔しながら俺を支えている暁姉妹。整っているはずのその顔は可愛らしくも何ともなくて本気で泣いているようだった、その顔がなんだか面白くてついつい吹き出してしまう。


「なんで笑ってるんですかユウ先輩」

「何が面白いんですか夕陽先輩」

「いんや、ブッサイクな顔してんなお前らと思って」

「「ひっどい!」」


 廃墟の出口付近で南雲がコチラに駆け寄ってきた。


「外に月夜先輩達がいる、茜さんの家が運転手付きで車出してくれてっから今日はそのまま帰れよ」


 なんだと、流石お嬢様は違うな運転手付きとは恐れ入った。


「つーか月夜先輩達って言った? じゃあなに、他に誰来てんの」

「お前の保護者」


 終わった。

 本当に終わった、この状況では誤魔化せない!


「何で呼んだんだ南雲!」

「呼んでねぇよ! でもお前の位置情報教えて貰うのに事情説明しなきゃだろ? んで事情説明したら当然着いてくるって」

「終わった、マジで終わった……助けなきゃ良かったコイツら」


 両サイドで暁姉妹があまりの暴言に絶句していた。うるせぇ、地獄の後に地獄だぞ、やってられるか!


「まぁまぁ、無茶やったんだろどうせ。素直に怒られてこいよ」

「そうするよ、後は任すぞ」

「おう任せとけ、報告は明日やるよ」

「あの金髪、散々いたぶってくれたからボッコボコにしといてくれ! マジで!」


 南雲はヒラヒラと手を振りながら走り出したと思えば件の金髪の男の顔面にドロップキックをかましていた、いい気味だその調子でぶちのめせ。


「夕陽先輩、あの……」

「まぁまぁ、話は後で落ち着いてしようぜ」

「はい……」


 廃墟を後にして少し歩くと真っ黒な高級車が止まっていた、アレが恐らく茜さんの車だろう。

 そして、その前には仁王像の如き立ち姿で阿修羅も裸足で逃げ出すほど怒りに顔を震わせた雨乃が立っていた。

 うわー、今すぐ全力疾走で逃げ出したいけど足に力入らねぇー。


「あら、両手に花ね夕陽」

「違うんです、上手く立てないんです!」

「あらあら、そうなんだ無茶すんなよって言ってたのに上手く立てなくなるような事したんだ」

「違うんです、仕方なかったんです!」

「あらあらあら、仕方なかったら無茶するんだ夕陽君って! ふーん! そうなんだぁ!」


 ニコニコとしているが、一言喋る事に顔に青筋が立っていた。そして一言喋る事に「あら」の回数が増えていた、このまま行くとセリフ全部あらになる可能性があるな。


「ひぃぃ! ごめんなさい! でも色々事情があったんですぅ!」

「知ってるわよそんくらい、アンタが無茶やる理由なんて大体想像出来るし」


 雨乃は歩み寄ってくると暁姉妹から俺を奪い取るようにして引き寄せて抱きしめる。

 その行動にドキッとしたが、それよりも先に雨乃の良い香りが鼻を擽った。嗅ぎなれた安心感のある香りを嗅いだせいで、あぁようやく終わったのだと頭が理解する、そしてその瞬間本格的に身体に力が入らなくなった。

 これでは抱きしめると言うよりもたれかかっている状態だ。


「あんまり強く抱きしめないで、吐いちゃうから」

「馬鹿ね、こんなになるまで頑張って」

「カッコイイでしょ、俺」

「一考の余地はあるわね。ほんと馬鹿……あんまり心配かけないで」


 今のところ痛みはないがそれでも身体に蓄積したダメージは想像できない。いつものように甚大な被害を負った身体が防衛本能からか次第に身体の電源を強制的に切っていくのが分かる。

 感覚の無くなっていく手足と徐々に端から暗くなっていく視界、ぼやけた視界の中で確かに雨乃が悲しげに微笑んでいた。


「いつも通り、電源切れるんでしょ」

「そう……みたい……だ」

「うん、いいよ後は任せて」

「頼……む」


 それだけ言って雨乃の腕の中で俺は完全に意識を手放した。


・・・



 猛烈な吐き気と共に目を覚ますと自宅のソファ。

 俺はすぐさまソファから飛び起きてトイレに駆け込む。

 便器を抱えたまま胃の中の吐瀉物を吐き出そうとするが、何故か上手く吐き出せない。

 無理矢理出そうと胸を叩きながら嘔吐いているとパタパタと背後から足音が聞こえる。

 間違いなく雨乃だ。

 彼女はため息をつきながら便器を抱える俺の傍に来ると、袖をまくって顎を掴んで躊躇いなく指を喉の奥に突っ込んできた。


「昔から吐くの下手ね」


 言い返したいが次から次に吐瀉物が出てくるので言い返せない。雨乃の補助もあって胃の中の物を全て吐き出した俺は涙目になって雨乃を見上げる。

 そこには何故か恍惚した表情を浮かべている雨乃が立っている。なんでちょっと楽しそうなのお前、サディストにも程があるでしょ怖いんですけど。


「吐き終わった? じゃあ顔洗ってきて」

「はいぃ」

「情けない声出さないの、リビングに暁姉妹居るから聞こえるわよ」

「なんでいんの」

「アンタが倒れたあと泣きじゃくってて手に負えないから連れてきた……」


 雨乃はゲンナリとした顔をしていた、恐らくだが暫く彼女達二人を宥めていたのだろう。コミュニュケーション能力がない割にはよくやったと褒めてやりたい。


「お腹、大丈夫なの?」

「なに、聞いたの」

「聞いたわよ、全部。ほんと無茶するわ……ヤバそうだったらお父さん連絡して今から見てもらう?」


 雨乃の父は医者をやっていて近くの病院に務めている、よく無茶をやってズタボロになる俺はとってもお世話になっているのだ。そしてとっても怒られている、怖さ的には雨乃と同レベルだ! つまり雨乃二人に怒られてる状態だね! 絶対やだね!


「いや、絶対怒られるからいかない」

「なんかあったらどうするの」

「大丈夫だよ、後遺症のおかげで治る速度は異常だしな。さっき気絶したのが証拠だ、既に身体は回復してるよ」


 俺の症状『痛覚遅延』は痛みを翌日に押し付けられるが、押し付けた痛みは膨れ上がって俺を苦しめている、膨れ上がっている分は利子のようなものだ。

 こんな使い所も限られる上にデメリットがあまりにもクソな症状だが唯一の利点と言っていいのは俺が後遺症と呼んでいる回復速度である。

 異常な回復速度で身体を修復していく為に骨折も三日もあれば治るし、例え今回の一件で臓器がやられていようと恐らくは既に治りかかっている状態だろう。

 この回復速度は俺の負っている怪我が重ければ重いほど治る速度が早くなる仕様らしい、経験則だが間違いない。


「こんな生活してるといつか死んじゃうよ夕陽」

「大丈夫だって、俺は死なないようにできてるから」


 ヒラヒラと手を振りながら雨乃に答えて洗面所に向かう。顔を洗って口をゆすいでから、服を脱ぐと腹部には浅黒く変色した痣があった。

 症状をオフにして腹部を触れど痛みは既になく、ただ痣が残っているだけの状態らしい。この調子なら明日の朝にはもう完治しているだろう。

 うーん、ほんとこれだけは便利だわ。


 身体の調子確認しながらリビングに行くと暁姉妹が揃って顔を上げた。


「お前ら目真っ赤じゃん、どんだけ泣いたの」

「なんでそんなにあっけらかんとしてるんですかユウ先輩」

「あ? まぁ割とよくあるしこれくらいのことは」


 冷蔵庫からペットボトルの炭酸飲料を取りだして口をつけた。うーん、やっぱ吐いた後は炭酸に限るな、口の中の気持ち悪さが飛んで行った。


「夕陽先輩……身体は」

「ま、大丈夫だよ特に問題はねぇ」


 俺のゲロ掃除をしてくれたであろう雨乃がリビングに戻って来ると、俺と暁姉妹をチラリと見てキッチンに向かう。


「夕陽、カレー食べるでしょ」

「食べる食べる〜! さっすが雨乃ちゃん、俺の事よく分かってる!」


 急速に身体の修復をしているせいか、こうなった状態の俺は大変よく食べる。

 順序として脳味噌が強制的に身体の電源を切り、目が覚めると異常に腹が減り、たらふく食ったらまた眠くなるのだ。なんだか順序を説明すると俺が酷く馬鹿っぽい原始的な生物に思える。


「夕陽先輩、あんだけお腹殴られたのにご飯食べるんですか」

「食わねーと治るもんも治んねぇんだよ。雨乃! 大盛りで!」

「はいはい分かってるわよ」

「数時間前の緊張感とか、さっきまでの申し訳なさとかフル無視ですかユウ先輩」

「いや、だってお腹すいたし」


 終わったことは掘り返さない、人生をハッピーに生きるコツである。


 そんなことよりカレーだ!

 ただでさえ美味い雨乃さんのカレー……その二日目ともなれば尋常じゃない美味しさで俺はこれが無ければ生きていけないと思っている、もはやシャブだ、依存性抜群。

 こんもりと盛られたカレーライスに目を輝かせてもぐもぐと食べていると、暁姉妹はそんな俺を見てお腹を抱えて笑っていた。

 カレー食ってるとこ見て笑われるのは釈然としないが、まぁ泣かれたり申し訳なさそうな顔されるよりはいいか。

 ひとしきり食べ終えて雨乃の淹れてくれたコーヒーを飲んでいると暁姉妹はお互いの顔を見て頷いた後で真剣な目で俺を見た。


「「夕陽先輩、助けてくれてありがとうございました!」」


 声を揃えてそういう二人、勝手にお節介を焼いた手前なんと答えるべきか解答に困りチラリと雨乃に助けを求めると「仕方ないわね」と破顔させて雨乃が口を開いた。


「いいのよ、コイツからすればいつもの事だから。いつも通り馬鹿が馬鹿やっただけ」

「……」

「……」

「でも、二人共分かったでしょ? 貴女達のソレは何でも解決してくれる能力じゃないって」


 その言葉に二人は押し黙る。


「結局、どんな力持ってたって人間なのよ私達は。ひとりじゃ生きていけないし、自分達意外の誰かに助けてもらうこともある」

「はい……」

「だからもう馬鹿な真似はやめること、分かった?」

「「はい!」」


 泣きながら、されど力強く答える二人。

 俺はそんな様子をコーヒーを飲みながらただ眺めていた、言いたいことは雨乃が言ってくれた。

 こういう真面目な話はガラじゃないのだ。


「これでいいよね、夕陽」

「うん、流石だね雨乃は」


 俺は手を伸ばて泣きながら下を向く二人の頭に手を置いて撫で回す。


「さて、今回1番頑張った俺の願いをお前らは聞く義務があると思うわけだよ」

「何かエロいお願いでもするつもりですか? 1回だけならいいですけど」

「エロい事してくれるくらい好感度急上昇で何よりだよ、でも雨乃さんが怖いからやんない」

「が、がんばります」

「聞いてた冬華? やんないって言ってんだろ! 俺の頼みってのはアレだ、俺に感謝してんなら観念して化学部に入れ……そんでもって!」


 俺は二人の頭から手を離して雨乃を指さした。


「この友達の居ない可哀想な先輩と仲良くしてやってくれ、それが俺の頼みだ」

「「勿論! 喜んで!」」

「夕陽! 私は別に!」

「こんなことがないと後輩女子と仲良くなれないでしょお前。はい、つーわけで重い話は終わり!」


 俺は手を叩いて立ち上がる、後は若い女子達で話に花を咲かせてもらおう。

 俺はとっとと一風呂浴びて眠るのだ、雨乃さんのお仕置が来る前にね!


「夕陽、しばらく起きてなさい。お風呂上がったら部屋いくから」


 うーん、やっぱり逃げられません!

 地獄の後の地獄はどうやら確定事項のようで、まぁしょうがないかと諦めた。

 一先ずは命の洗濯だ、気の利く幼なじみが沸かしてくれた一番風呂にゆっくり浸かるとしよう。

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