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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
8/15

7話 Gyanburu


「5ッッ!」


 やっと5つめ……数字を数えながら衝撃が腹部に叩き込まれる。重く力強い一撃は確実にノーガードの臓器に腹筋の上からでも届いている。

 喉まで迫り上がる灼熱の塊を吐き出さないように飲み下した。俺が逃げられないように既に両手は両脇の男達に吊り上げられている状態だ、目の前では金髪の男が関心したような目で俺を見ていた。


「大したもんだなお前、敵ながら天晴れだよ」

「敵だったんだぁ……俺達。俺的には……もう親友だと思ってたんだけど? へーい……調子どう、ブラザー」


 俺の軽口に男は薄く笑いを浮かべて拳を握った。

 

「6ッ!」

「グェッ……間髪なしかよ、舌噛んだらどうしてくれんだテメェ」


 現在、俺は廃墟でサンドバッグになっている。

 近くでは暁姉妹が身を寄せあって涙を浮かべている、周囲には不良少年達がズラリと並んでいた。

 現在の状況に1つも希望がない。


「あと4発か……おい、今何時だい?」

「この状況で時そばかよ、本当にどんな神経してんだお前」

「時そば知ってんのか……教養あんのな……不良の癖に」


 息も絶え絶えだ、迫り上がる気持ち悪さを誤魔化すように俺は軽口を叩いて見せる。

 

「7ッ!」


 衝撃に視界の端がスパークする、衝撃が逃せない状況で腹部に突き刺さり続ける打撃は明らかに人体に対する破壊行為。

 だが耐えねばなるまい、約束の十発まで残り三発を切っている、あと三回耐え抜けば良いだけ。


 なぜこんな状況になっているのか、話は数十分前に遡る。


 ・・・


 手を伸ばした男の手を掴んだのはいいもののそっから先は全くのノープラン。つーかアレだな、ぎり全力ダッシュで逃げてれば無関係で通せたのに掴んじゃったからにはもう関係者だ。

 後輩達の俺を見る眼差しが痛い、ごめんねこっから先ノープランなんだ。だが俺がコイツらをお茶に誘った所で素直にお茶を飲みながら世間話に花を咲かせてくれるビジョンは見えない。


「俺らが用事あるのはそこのピンク髪の双子だよ」

「なんだ、ナンパか? 集団で口説きにくるとは根性ねぇな」

「悪いんだけどよ、コッチもマジなんだわ。二週間くらいから俺らの仲間が五人も入院してんだ、そっちの嬢ちゃんたちのせいでな」


 うーん、暁姉妹が悪い状況は想定していなかったぞ。

 俺は男の手を離してから「ターイム!」と叫んで暁姉妹の肩を掴んで事情聴取。


「んで、お前ら何したの」

「アイツら私たちの近所の廃墟で夜な夜な集まってるんです」

「バイクの音とか凄いうるさくて、それで……」


 夏華と冬華が顔を見合せた。


「アイツら、帰る時私達の家の前通るから」

「私達のチカラで驚かせてたんです……繰り返せば寄り付かなくなると思って」


 理由は分かる、ただやり方がよくない。

 さっき病院送りと言っていたがバイクに乗っていたとすれば下手したら死んでた可能性もある事だ……擁護のしようもなくコイツらが悪い。

 結局のところコイツらは自分のチカラに酔って繰り返した馬鹿な行動のツケを払う時が来たと言うことなのだろう。


「アホかお前ら、バレてんじゃねぇか」


 いくつか、引っかかる所はある。

 なぜ暁姉妹がやったとコイツらが断定できているのかとか、普通は信じられないような症状をコイツらが理解出来ているのかとか……だがまぁ後回しだ。


「よし事情は分かった、こいつらは俺がキツく叱りつけて置くから今回は見逃してくれ」

「無理だね、俺が良くても他の仲間が納得しない。そもそも俺が納得しない」

「だよなぁ、まぁそうだよなぁ」

「お前は関係ねぇんだろ、俺らも別に無関係な奴に何かするつもりはねぇよ今回は。俺達はソイツらに復讐したいだけだ」


 どっちが悪いかは一先ず置いておくとしても、状況はとてつもなく悪いことに変わりは無い。このまま暁姉妹が無傷で帰れる未来は現状無さそうだ。


「だったら数集めて女をリンチか?」

「それしかねぇソイツら変なチカラ持ってんだろ?」

「誰から聞いた?」

「ソイツら差し出すなら答えてやる」

「じゃあ無理だ」


 睨み合いは続く、暁姉妹は怯えきっていて使い物にならないし不良連中もタダで引く気は無さそうだ。

 リーダー格の男は置いておくとしてしても、他の連中は既に俺を標的の一人に認定しているようでジリジリとその距離を詰めていた。


「ユウ先輩……私達がなんとかします」

「夕陽先輩には関係ないことです」

「馬鹿言うなもう巻き込まれてる、あと症状使って何かやらかすつもりなら無しだぞ……人の目があるところで無闇矢鱈に使うもんじゃねぇ」


 喋りながらでも頭を回せ。

 今ここで逃げても暁姉妹に付き纏うリスクは取り除けない、知ってしまって関わった以上は見捨てるのは寝覚めが悪い。

 ならばここで解決するしかない、南雲が雨乃に連絡してコチラに向かうまで軽く見積っても20分はかかるだろう、現状すぐに助けにくるのは望めない。

 だったら、いつも通り勝算の高い博打を打つしかない。


「分かった、いいぜ場所を変えよう」

「あん? 何言ってんだお前」

「お前らも収まりつかない、でも俺もここでコイツら黙って渡すのは寝覚めが悪い。妥協案を探そうって言ってんだ」


 金髪の男は首を傾げた。

 俺は冷静に男に賭けを持ちかける。


「無抵抗の女殴るのも寝覚めが悪いだろ、アンタらも。だから賭けをしようぜ」

「賭け?」

「アンタ強いんだろ? リーダーっぽいし」

「まぁな、強いぜ俺は。タイマンでもする気か?」

「いやぁ、お前ぶっ飛ばしても後ろのヤツらが黙ってねぇだろ? そうなりゃ全員に袋叩きにされる」


 持てる全てを総動員した結果、1番時間稼ぎに特化した賭けは俺が身体を張ることだ。


「十発だ、十発俺をぶん殴れ。俺がその十発の中で一言でも「痛い」とか「やめてくれ」とか弱気なこと言ったら後ろの双子は好きにしろ」


 男が明らかに馬鹿にしたように俺を見た。


「腹でも顔でも好きに殴れ、勿論避けたりガードしたりなんて真似もしねぇ。きっちり無抵抗で十発耐えきってやる、もし俺が耐えきったら今後一切そこの双子に手ぇ出すな」

「……いいね、お前気に入ったよ。お前らもそれでいいか!?」


 男が背後の連中に声をかけると他の奴らもケラケラと笑いながら同意した。


「じゃあ場所変えようか、着いてこいよ」


 俺は暁姉妹達と男達に着いていく。

 その道すがらで冬華と夏華が心配そうな顔で俺を見た。


「大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃねぇよ、まぁでもなんとかなんだろ」

「今からでも遅くないです! ユウ先輩だけでも逃げてください」

「逃げねぇよ」

「なんでそこまでするんですか!?」

「あん? 成り行きだ成り行き」


 男達が根城にする廃墟は辺りも暗く人通りも少ない、これじゃあ騒ぎを聞きつけた通行人が通報してくれる可能性もゼロに近いな。


「俺の症状がありゃ十発くらいなら何とかなるってだけだ」

「夕陽先輩の……?」

「あぁ、クソみてぇなモンなんだが、これが結構こういう場合は役に立つ」

「でも……あんまりにも」


 廃墟に着いた俺は上着を脱いで暁姉妹に投げ渡した。


「いいかそこでよく見てろ、絶対何があってもお前らは症状使うんじゃねぇ」


 深く息を吐いて自分自身に気合いを入れた。


「お前らに教えてやる、荒療治だけどな。テメェらのやったことでこうやってお節介でもケツ拭くやつがいる、自分達だけじゃ生きていけない、お前らの言う能力がクソの役にも立たねぇってこと。まるっと全部教えてやる」


 リーダー格の金髪の男が楽しげに俺を手招きしていた。


「ユウ先輩のチカラって……」

「言ってなかったっけ? 言ってねぇわ」


 頭をかきながら俺は自らの身に巣食う病魔、こんな時くらいしか役に立たない使い道の限られた症状を口にした。


「痛覚遅延……痛みは全部、明日の自分にツケとくチカラだよ」


 俺がリーダー格の前に立つと両脇から二人の体格のいい男が俺の両手を掴んでつるし上げるようにして抑え込む。

 これで本格的に逃げられない。

 俺はグッと下半身に力を込めて、歯を食いしばった。


「言ってなかったけどよ、俺こう見えても格闘技齧ってんだわ」

「見りゃわかるよ、筋肉すげぇもん。まぁでも参考までに何してたか教えてくれる?」

「ボクシングと空手」

「おいおい、マジかよ」


 よりにもよって人体をぶん殴るのに特化した格闘技二つかよ、内心で毒づきながら男を見ると既に拳を振りかぶっていた。

 頭の中でスイッチをイメージ、オフになっていたスイッチをオンに切り替える。


「まずは一発目ッ!」


 直後、衝撃。

 そして話は現在時刻へと戻る。


 ・・・


 どうやら男は七発も耐え切るとは思っていなかったらしい、余程自分のパンチに自信があるようだ。

 だが相手が悪い、こちとら痛みをリアルタイムで感じないもんだから気持ち悪くて吐きそうでも「痛い」とか「辞めてくれ」とかは全くないのだ。

 時間稼ぎに徹した耐久ゲー、種も仕掛けもあるイカサマ勝負だが、それを知る由もない男の顔には明らかに焦りが滲んでいた。


「おいおいどうしたぁ! もう限界かよ、俺はまだまだ行けるぜ」

「そうかよ、大したもんだよお前」

「とっとと三発ぶち込めよ、それで終いだ」


 だが話はそう簡単には終わらない。

 男はポケットから何やら銀色の何かを出した、月の明かりに照らされて鈍く反射するソレを俺は知っている。

 漫画とかドラマでしか見ないメリケンサックとか言うやつだ。なんで持ってんだそんなもん!


「おいおい、いつの不良だテメェ」

「卑怯だと思うか?」

「どっちでもいいよ、どうせこの賭けは俺の勝ちだしな。ヘナチョコパンチにメリケンサック合わせた所で大したダメージじゃねぇよ」


 あくまでも今の俺にはだ、明日の俺は多分地獄の苦しみだろう。


「そうかよッ!」


 ズンっと先程までとはまた違った衝撃が身体を走る、さっきよりも確実に重くて鋭い。押さえ込んだ吐瀉物がまたもや喉元までせりあがってくる。


「おら……とっととこいあと二発」

「どうなってんだお前の身体は」

「あぁ? 俺の身体がおかしいんじゃねぇよ、テメェのパンチが弱ぇんだよ、とっととしやがれ」

「クソがッッ!」


 流石に九発目ともなれば口の端から吐瀉物が溢れ出た。

 よく見れば所々血が混じってる、内臓系に変なダメージが行っていることは間違いない。


「もうっ! もうやめて!」


 冬華が叫ぶ、そして夏華が立ち上がった。


「黙って見てろッ!」


 ここでコイツらか何かしてはダメだ、ここまでの行為が無駄になる。無抵抗で殴られ続けて時間を稼ぐ、最悪こいつらが筋の通った不良少年なら納得して引き下がってくれる可能性もある。


「ゲロ吐いちまったけど、弱音吐いてねぇからいいだろ?」


 男に向かってそう言うと、男の瞼が震えていた。

 その視線は理解の及ばない何かを見る目、純粋に怯えているのだ、常識の通用しない目の前の何かに。


「ほら、最後の一発だ気合い入れろよ」

「ッッ! オッラァッッ!」


 半ば半狂乱、一言たりとも弱音を吐かない俺を理解出来ない男が叫びながら最後の一発をぶち込んだ。


「ッッ……! これで十発だ、耐えきったぞこの野郎」


 両脇の男が手を離しリーダー格の男に駆け寄った。永遠にも感じられるサンドバックの真似事もようやく終わった。その事実に少しだけ安堵した瞬間、支えの無くなった身体は力が入らず俺はその場に倒れ込む。

 症状のお陰で痛みこそないが身体に力は入らないし再び喉元まで吐瀉物が迫り上がっていた。


「「先輩ッ!」」


 暁姉妹がコチラに駆け寄って俺の身体を揺すっていた、ボロボロと涙を流して。


「あんま揺するなマジで……もう吐くから、ゲロがもうすぐそこにいるから、こんにちはって言ってるから」

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃーねよ」


 せっかくやりきったのに、これではあんまりにも格好がつかない。まぁでもとりあえずは約束は果たしたのだ、これで暁姉妹が襲われることは無い……と信じたいり

 つーかコレ雨乃さんにバレたら絶対怒られるな、スタンプも10個くらい纏めて溜まる勢いの無茶だ。

 そんなことを考えながらチカチカする視界を頭を振って正常に戻しているとコチラに歩み寄る足音が聞こえる、俺は頭を回してそちらに視線を向けた。

 リーダー格の金髪の男が俺を見下ろしている。


「すげぇな、お前マジで」

「そいつはどうもね……アンタのパンチも凄かったよゲロ出ちゃったし」

「だが悪いんだけどよ、他の連中がまだ納得してねぇんだわ。そこの双子、連れてくぞ」


 男の目には俺に対する畏怖が見える、それでも仲間達の手前引く訳にはいかないようだ。

 

「やっぱりそうなるよなぁ、でも約束と違うんじゃねぇか?」

「そんだけカッコイイ所魅せられた後だと耳が痛いねぇ、でも守るとは言ってねぇ」

「法は守らなくても男と男の約束は守んのが不良少年だろうがよ、プライドねぇのかお前ら」


 脅威は依然去っていない。

 南雲もまだここには来ていない、ならばまだまだ時間を稼ぐしかない。つーか何やってんだアイツまじで!

 俺はチカラの入らない足を無理矢理動かしてゾンビの如く立ち上がり、暁姉妹を守るようにして立ち塞がる。


「じゃあ気が済むまでおかわりと行こうや、今度は全員で来いよ」

「ユウ先輩ッ! 本当にもう死んじゃいます!」

「夕陽先輩……! もうやめて!」


 縋り付くように俺を止める双子を振り払って前に進む。

 諦めるのは無しだ、どうせここまでやってんだから南雲達が来るまであと一発も十発も大した問題じゃない。


「ケツ拭いてやるって言ったろ」

「なんでここまでするんですか!? 私達と関わったのなんて昨日今日の話でしょ!」

「そうだな、だからお前らの為じゃねぇ。これは俺の為だ」


 ここで引き下がるような男、雨乃はきっと嫌いになる。

 ここでコイツら見捨てて逃げるような男じゃ恥ずかしくって雨乃隣に立てやしない。


「意地とプライドの話だ、黙って見てろ最後まで」

「いいねお前、マジで気に入ったよ」

「気に入ったんなら見逃せよマジで……まぁいいやここまで来たら変わんねぇしな、20発でも50発でも耐えてやっから」


 血の味のする唾を吐き捨てて、俺は笑って牙を剥く。


「とっとと来いッ!」


 金髪の男が楽しげに笑い拳を振り上げたその刹那、まやかしでは無い本物の爆音が廃墟を揺らした。


「なんだッ!?」


 あぁ、どうにかギリギリ間に合った。

 時間稼ぎの大博打はギブアップ寸前で俺の勝ちらしい。

 その場の全員が視線を向ける廃墟の入口にはよく見知った影が一つ。


「マジで遅せぇよ……南雲」


 援軍の到来に俺は安堵の溜息を漏らした。

 

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