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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
6/15

5話 codependency


 明らかに面倒くさそうな匂いしかしない「活動」だがよくよく考えれば月夜先輩……というか化学部に関わる全てのものは総じて面倒くさかったのを思い出して今更かと独りごちる。

 現在場面は部室から図書室に移り変わり、俺は一人で家に持ち帰るために借りる本を選んでいる雨乃を待っている状態だ。


 というのも、一年生の暁姉妹関連の調査は全て茜さんや瑛人等の上下に顔が広くコミュニケーション能力のある人間達に任されていた。

 南雲とや雨乃などコミュニケーション能力に難があり、また人格的に癖の強い連中は実質的な実行部隊扱いだ。

 何故かコミュニケーション能力にはちょっとした自信のある俺まで実行部隊にノミネートされているのは雨乃ちゃん係という理由で納得している。


「納得するな、なんだ雨乃ちゃん係って」

「いって! おいおい……本を愛する文学少女よ、本の背表紙を武器にするとは如何なものかね?」

「六法全書じゃないだけ感謝なさい」

「アレで殴ったら普通に死ぬでしょ、人」


 そんなんだから雨乃ちゃん係が用意されるのだ。


「あぁん?」

「なーんちゃって、嘘だよ〜! やだなぁ、可愛いお顔が台無しだぜ雨乃、ほら笑って笑って」

「というか私は症状で人の心読めるから話し合いで役に立つし、南雲君は荒事になったときに複数人動員できるから実行部隊としては納得だけど、夕陽はただヤバいやつだからでしょ」

「嘘でしょ!? ここに来て一番の役立たずが俺になってるの!?」


 おのれ月夜先輩め、覚えていやがれ必ず痛い目見せてやる。


「はいはい帰ろ、本借りてきたから」

「月夜先輩のせいでもう18時じゃねぇか、晩飯何作るの雨乃さん」

「カレー」

「やった! 温玉付けてね!」


 雨乃さん特性カレーはそれはもう大変美味しくて、他の幼馴染連中もカレーと知るやいなや飯を集りに来る程である。俺の取り分が減るのでやめて欲しい。

 鼻歌混じりに自作のカレーの歌を歌っていると下駄箱で雨乃が俺の袖を引き何やら険しい顔をしていた。目線の先に居たのはピンク色の髪をした双子……件の症状持ちだ。


「ま、とりあえずはスルーでいいだろ」

「でも夕陽、向こうはそうじゃないみたい」


 確かに目が合った。

 二人の、合わせて四つの目玉が俺達を確かに値踏みするように見つめている。


「読める?」

「……どうやら私達が月夜先輩達の仲間だって割れてるみたいね、敵対心と警戒心に溢れてる」

「アチラさんも情報収集早いじゃん」


 まぁ少し調べりゃ分かる話でもある、化学部は校内でも有数の変人の集まりだから。

 月夜先輩と茜先輩を筆頭に去年大立ち回りを繰り広げた俺や南雲、性格も何もかも違うヤツらの寄せ集めの部活だ。俺達は校内ではちょっとした有名人である。

 

 チラリと目線を向けると二人の目には確かな敵意と警戒心、だが切り出し方に迷っているのかただジッと猛獣のようにコチラを見るばかりでアクションを起こす気配は無い、隣の雨乃さんはいつの間にやら俺の背後に回ってヒョコッと顔だけだしている、人見知りだもんねお前。

 ということはこの場を動かせる人物は消去法的に俺だけになる。俺は極めて明るい口調を心がけながら片手を上げた。


「よぉ、暁姉妹。お茶でもしねーか?」


 ・・・


「俺は紅星 夕陽(あかほし ゆうひ)。こっちでコアラみたいになってんのは幼馴染の伊勢 雨乃(いせ あまの)、シャイな子だから気にしないでくれ」


 下駄箱すぐの自販機で飲み物を買いながら手短に自己紹介をした。自販機で飲み物を奢ってやると言うと一先ず話だけは聞く気になってくれたらしい。


「わぁ、ありがとうございまーす!私は暁 夏華(あかつき なつは)です」

「あ、ありがとうございます! 暁 冬華(あかつき ふゆか)です」


 買ってやった紅茶を2本投げ渡すとお礼を言いながら二人とも自己紹介。うんうん、この時点で雨乃さんよりも社交的だね! んで、何がいいんですか貴女は。


「コーヒー」

「はいはい、俺も同じの買っといて」


 ナチュラルに奢らされる流れだったので逆らわずに雨乃に財布を渡して近くのベンチに腰掛けた。

 暁姉妹は警戒こそしているが取り付く島もない……ということはないらしい。


「まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に言うけどさ、お前ら姉妹は症状……えーっと、なんか不思議なチカラもってんだろ?」


 冬華の肩がピクリと跳ねて、それを察知したのか夏華の方が不敵な笑みで俺を見た。

 どうやらこの姉妹の主導権は夏華が握っているらしい、よくよく見れば冬華の髪に比べて夏華の髪の色の方が不自然だ、つまり夏華の方が症状持ちの関係性で言えば親にあたるのだろう。


「今日、化学部の月夜先輩とかいう私服の先輩にも言われましたよソレ」

「あー、胡散臭かったろアイツ」

「めちゃくちゃ胡散臭かったです」

「だよね、警戒するよねアレは」


 うーん、月夜先輩が全部の話をややこしくしている気がする。これ茜さん辺りが暁姉妹に話しかけてた方が上手くいったんじゃないかしら?


「無理でしょ、茜さん脳筋だし」

「お前一応は世話になってる先輩に対して酷くない?」


 差し出されたコーヒーを受け取ってプルタブを開きながら俺がそう言うと雨乃は「いいの、茜さん私には甘いから」と勝ち誇ったように呟いた。

 茜さんは月夜先輩と可愛い女の子が好きなのだ。


「まぁなんて言われたかは大体想像つくから省くけども、俺達も似たようなもんでな、つーか化学部に在籍している人間の半分はそういう奴らだ」

「それを証明する手立ては?」


 不敵にも夏華がそう言った、俺はニヤリと笑いながら雨乃に目をやるとため息混じりに雨乃はコーヒーを一口飲んで暁姉妹に目を向ける。

 話すのが俺の役割ならば証明してみせるのは雨乃の役割、俺の症状は一定の条件下でないと全くもって役に立たないのだ。


「暁 夏華の方は『この先輩、噂に聞くよりもあんまり怖くない』そして暁冬華の方は『雨乃先輩、髪綺麗だな』でしょ? ありがとう、後で使ってるヘアオイル教えてあげる」


 髪を褒められた雨乃さんはご機嫌らしかった。

 暁姉妹は思っていたことをピタリと当てられて顔に動揺が走っている。


「『もしかして、心が読める?』大正解、慌てなくていいわもうオフにしたから」

「さてと、ピタリ賞って感じだな? これで信じる気には多少なってくれたか?」

「……はい」


 苦虫を噛み潰したような顔で夏華が吐き捨てた。

 というか俺の噂ってなんだ、なんで既に下級生にまで出回っているんだ!


「俺らは別に、お前らに何かしようってんじゃねぇんだ。ただ話が聞きたいだけ、化学部は実質的にそういうチカラを持ったやつの互助組織だと思ってくれていい」


 警戒はまだ解けない。

 冬華の方は分からないが夏華の方は未だに敵意を向けてきている、ソレは雨乃の力がなくても理解できた。


「先輩方、私たちの周りを嗅ぎ回ってますよね」

「誤魔化す気はねぇよ、お前らも自分達に着いて回ってる噂くらい理解してんだろ?」

「正当防衛ですよ、アレは」

「正当防衛ねぇ……」


 正当防衛にしたって入学して1ヶ月で三人も不登校にしているのは引っかかる。


「私達は平和に過ごしたいだけなんです」


 先程まで黙りこくっていた冬華が口を開いた、夏華と違い冬華の方には敵対心みたいなものは感じられない。


「そりゃ分かる、俺らもそうだった。つーか今もそうだ」


 一年前に全く同じやり取りを月夜先輩達と繰り広げた、あの時は俺達が暁姉妹側だったから気持ちは痛いほどに理解できる。


「私達の世界には私達以外要らない」


 明確な拒絶を夏華が口にした。

 一年前の雨乃を見ているようでなんだか懐かしい気分になってしまう。


「私達は他の連中とは違う、私達には能力がある」

「だから他人に理解されなくていい、私達は私達だけいればいい」


 身を寄せ合いながら暁姉妹はそう言い放つ、彼女たちに今まで何があったのか知らないし特に知りたいとも思えない。でも、そんな俺でも知ってる事はある。

 

 その先には何も無い。

 その先に待っているのはタダの薄ら寒いぬるま湯だけだ、誰にも理解されないとそう思いながら生活し続けるのは辛いし苦しい。

 そして、症状を能力だと勘違いしているのは本当に危ない、これは能力なんかじゃないんだから。

 これは病気なのだ。依存して頼れば頼るほどに自らの身を滅ぼす病。完治の兆しもなく、ただ上手く付き合っていくしかない不治の病。


「それで、貴女達に何が残るの?」


 雨乃がポツリと呟いた、彼女の一言はアスファルトを濡らす水滴のように広がって、暁姉妹が顔を強ばらせた。


「能力……なんて便利なものじゃなことくらい理解出来てるんでしょ? 貴女達が持っているものが何かは知らない、けれど私やコイツと同じように明確なデメリットがあるはず」

「でも、それでも! 私達はアイツらとは違う! 私達には力がある!」

「まやかしよ、それは」

「私達を虐めるやつらにやり返して何が悪いの!」

「攻めるつもりは無いわ、でも貴女達の在り方は危うい。それは共依存よ」


 言い切る雨乃に夏華が弾かれたように顔を上げて目を血走らせた。思わず立ち上がり雨乃と夏華の間に割って入る、相手の症状が何か割れてない以上雨乃を危険に晒す訳にはいかない。

 一色触発の空気が漂う中、冬華が夏華の袖を止めるようにして引いた。それを見た夏華はため息をつきながら静かに立ち上がる。


「これ以上、話すことはありません。私達は貴方達に関わらない、だからこれ以上の詮索はやめてください」


 夏華は言い切ると俺達に背を向けて歩きだした、冬華はそんな夏華の後を追うように歩き出し、少しして足を止めて俺達に向き直り頭を下げた。


「飲み物ご馳走でした!」


 片手を上げてそれに答える。

 どうやら今日はここまでらしい、追っていっても大したことは出来ない。それに何より珍しく雨乃さんが興奮状態だ、宥めてやらんと後が怖い。


「あーあ、今回も面倒くさそうだねぇマジで」


 雨乃はただジッと暁姉妹の背中を見ていた、何か思うところがあるのだろう。


「人見知りの癖に珍しく噛み付いちゃって」

「そうね、私らしくなかった」


 ため息混じりにそう言って飲み干した缶をゴミ箱に捨てる。


「なんだかムカついちゃった、昔の私を見ているみたいで。いや、もしかしたら今もかも」


 雨乃は自虐的に笑いながら俺の目を見た。


「同族嫌悪ってやつよ」

「雨乃ちゃんが自分を見つめられる大人になって俺は嬉しいよ」


 強ばった場の空気を解すためにいつものように軽口を一つ打てど、反応は帰ってこない。

 同族嫌悪……それは多分間違っていない、俺も雨乃も本質的には暁姉妹と同族なのだ。俺はあまり気にしないけれど雨乃はそれが随分と気に入らないらしい。


 いつもと違って会話のない帰り道、雨乃が何も言って来ないところを見ると症状もオフにしているのだろう。

 

 綺麗な夕焼けがアスファルトを照らして、昨晩の雨の残り香が少しずつ消えていく。ぺトリコールが消え去った後のアスファルトは何の匂いもしなくて、それが少し寂しい。


「共依存ね……」


 呟いた雨乃はコチラを見ない。

 ただ静かに悲しそうな顔で言葉を紡ぐ。


「どの口が言ってるんだろ」


 俺は静かにその言葉を聞き流した。

 その言葉に返せる物を、今の俺は持ってはいない。

 

 

 


 

 



 

 


 



 


 

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