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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
4/15

4話 daily 1


 雨乃さんに首根っこ掴まれながらホームルーム前の校舎を闊歩する。同級生諸君には見慣れた光景らしく誰もこの異常な光景に疑問を浮かべていない。

 実に不機嫌そうな雨乃さんは恐らく先程の南雲との話で盗み聞きしていた新しい症状持ち云々で月夜先輩と顔を合わせるのが嫌なのだろう。


「それしかないでしょ理由」

「どんだけ嫌いなの」

「なんかいけ好かない」

「お前そんなんだから友達できなっ痛い痛い、雨乃さん制服のボタンがへんなめり込みかたしてるから制服拗らないで!」


 うぅ、扱いが酷いよぉ……もっと優しくしてほしい。優しく甘やかして愛して欲しい。


「あら、これが私なりの愛よ」

「取扱商品の入荷見直せ!」


 教室に入るとホームルーム前だと言うのに随分と慌ただしい、まぁいつも通りの光景だ。部活生共がバタバタと朝練から帰ってきたからだろう。


「お、今日も朝から何したんだ夕陽」

「何にもしてないよ」

「消臭剤の匂いってことは南雲のとこ行ってたろ」

「それ以外に俺が雨乃から顔面に消臭剤吹きかけられるイベントはねぇーよ」


 額に滲んだ汗をタオルで拭いながら話しかけてくる無駄にキラキラした男は幼馴染の瑛人(えいと)。眠っていればイケメンという酷い呼ばれ方をしているサッカー部のエースだ。

 俺と雨乃と瑛人それからあと二人を交えた俺達幼馴染五人衆は示し合わせた訳でもないのに皆小学校から高校まで一緒である、もはや腐れ縁だ。


「顔面とは恐れいった、雨乃次はどこに吹きかけるんだ?」

「夕陽の墓穴」

「雨乃さん!? 殺さないで俺を!」

「殺したって死なねぇだろお前」


 酷い、幼馴染達からの扱いが酷い!


「なになに、またまたユッヒーとアーちゃんイチャついてんの?」


 突如背後から聞こえた不穏な声に雨乃の肩がビクリっと震えたその刹那、一人の女が雨乃に纏わりつくようにして雨乃の背後を取っていた。


「隙あり!」

「ぎゃあ! シーちゃん! やめて、変なとこ触らないで!」

「おいこら化け猫テメェ! 俺の雨乃に触れんじゃねぇ!」

「はー? アーちゃんはシーちゃんのものなんですけどぉ、寝取られやめてください解釈違いです!」

「朝から気色の悪い甘ったるい声出してんじゃねぇよ! つーかまだ手出してねぇし!」

「おーい夕陽、それ以上言ったらスタンプ溜まると思うぞ」


 もう高校生だというのに自分のことを「シーちゃん」と呼称する痛い女、静音(しずね)。幼馴染五人衆の残りの二人の片割れであり、身長170cmの巨体で柔道部次期部長。そのくせにぶりっ子とかいうやりたい放題の手の付けられない女である。


「つーか静音、お前隣のクラスだろうが!」

「いやぁ、エーちゃんからパンもらう予定だから。ほい、500円」

「毎度どうもねー、親父がサービスだって」


 瑛人の家はパン屋を営んでおり、我々の生命線の1つでもある、彼が格安で降ろしてくれる格安のパンが何度俺達食べ盛りの胃袋を救ってくれたか分からない。ちなみにパン屋の倅であること以上に褒めるべきところはコイツには無い。


「雨乃、なんか今夕陽が失礼なこと考えてた気がする」

「パン屋の倅ってこと以外取り柄のないゴミだって思ってるわよ」

「おい待て盛るな話を! ゴミとは言ってない!」

「ゴミ以外は思ってんだろうが! 馬鹿野郎!」

「お、やんのか失恋伯爵!」

「だーれが失恋伯爵だ!」

「失恋侯爵のほうが良かった?」

「爵位を上げりゃいいってもんでもないだろうが!」


 まぁたしかに爵位が上がれば上がるほど失恋しまくってる感でるな、よし次からは瑛人は失恋公爵と呼ぼう。


「おい静音、侯爵様に誰か女の子紹介してあげな」

「えー、侯爵様に紹介できる友達辞めてもいい女の子なんてシーちゃんの周りには居ないよ」

「アンタら、あんまり朝から侯爵様を虐めるのはやめてあげなさい、可哀想よ」

「なんで雨乃も静音も侯爵呼びしてんだ!? てか静音さん!? 俺に女の子を紹介するってことは縁切るってことなの?」


 良かった、まだ俺よりも扱いの酷い奴がいた。というか俺の扱いを改善する方法は無いが、俺より下を作ることはできるってことだね! 世紀の大発見だ!


「そこで自分の地位を向上させるではなく、他人の足を全力で引っ張りに行くのが夕陽よね」

「惚れ直した?」

「今のどこに惚れる要素があったの? 教えて」


 そのままチャイムが鳴り響き、雨乃のツッコミを有耶無耶にしたままでホームルームは進行する。化け猫も退治できて雨乃の追跡も交わせた、悪くない戦果である。

 ホームルームも終わって、一限の開始前の準備時間で俺は瑛人から強奪したパンを貪る。


「私、朝から朝食食べさせたわよね」

「パンは別腹。うめーなこれ、何パン?」

「塩パン」

「あー、塩の味いいわー」

「お前アレだね、発言が全部馬鹿だね」

「黙れ殺すぞ」

「雨乃もいる? 新作のデザートパンあるけど」

「カロリーが」

「女の子は大変だねー。んじゃ、俺はちょっと用事があるんで」


 そう言いながらパンの包みを持って席を立つ瑛人、おい待てそれは俺のパンだろうが。


「アンタのじゃないでしょ、どう考えても。誰かに届けに行くの? 珍しいわね」

「よくぞ聞いてくれた、最近いい感じの女の子がいるんだよ」

「喜びなさい夕陽、侯爵様の爵位が上がるわ」

「ひゅー、雨乃さん朝から毒舌冴えてるー」

「ほんとに酷いねお前ら! 言ってろ! 今回こそ上手くいくもんね!」


 そう言いながら足早にかけていく瑛人の背中を見送りながら雨乃が意地の笑い笑みを浮かべた。雨乃さんは他人の不幸が本当に好きだねぇ。


「失敬な、他人の不幸が好きなんじゃなくてアンタらの不幸が好きなのよ」

「うーん、友達がいない原因が全て詰まってるね」


 雨乃さんに幼馴染を除く友達は居ない、それは彼女の症状とも関係していることだが人の心が読める故に彼女は他人を信用しない。昔からずば抜けて綺麗だったせいもあり、異性からの下卑た思考や同性からのやっかみを一身に受ける雨乃は他人との関わりを自ら絶っているのだ。

 幼馴染としてはもう少し社交的になって欲しいものだが、症状が起因しているのであまり口は出せない。


「あら、夢芽(ユメ)今日は学校来てるって」

「めっずらしー、後で様子みてこーよっと。ついでに今やってるゲームの攻略法聞いてこよ」

「そっちが本題でしょアンタの場合」


 夢芽とは幼馴染五人衆の最後の一人。


「ねぇその幼馴染五人衆とかいうクソだっさい名称どうにかならない?」

「てっきり症状オフったと思ったのに、トリッキーな使い方しないでくれる? 俺が雨乃さんでエッチな妄想してたらどうするの」

「殺すわ」

「俺としては顔赤くしながら恥じらって欲しい」

「顔赤くしながら恥じらって殺すわ」

「猟奇的がすぎる!」


 うーん、でも顔赤くしながら恥じらって俺に迫ってくる雨乃はそれはそれでありだな、その後の行為をシカトすればの話だが。などと考えていても雨乃から攻撃は来ないのでどうやら症状は完全にオフにしているらしい。

 夢芽は幼馴染五人衆の最後の一人で、俺と雨乃と同じく症状持ちの女の子だ。彼女は小学生時代に転校してきてからの付き合いで、どうやら転校前に症状が発症してそれが原因で転校してきたらしかった。

 そして彼女は保健室のヌシである。

 

 新入生に症状持ちが居るとなれば、彼女にも幾らか働いて貰わねばなるまい、空いた時間で様子を見に行くのは今日中に済ませておこう。

 そんなことを考えていると瑛人がとぼとぼと戻ってきた、どうやら芳しくなかったらしいが手元のパンは消えていたのでちゃっかりパンだけは貰われたのだろう。なんて哀れな奴なんだ。


「おかえり、公爵様」


 帰ってきた瑛人をニッコリと見ながら雨乃がそう言った、ちゃっかり爵位が上がっていた。

 どうしよう、このままじゃ親友が王になってしまう。失恋王、ちょっとカッコイイ。


 ・・・


 四限までをウトウトしながらこなした俺はいつものように雨乃と二人で教室の隅で昼食を摂る。

 瑛人はサッカー部連中と食っているし静音もクラスメイトと食べているのだろう、夢芽は勿論保健室から1歩も出ない。たまに静音や瑛人も混じえて昼飯を食うが、殆どの場合は雨乃と俺の二人で昼食を食べるのが日課だ。


「雨乃さん、ブロッコリー入ってる」

「入れたもの」

「なんで、俺悪いことしてないよ」

「悪いことしなくても入れるわよ、彩りの為に」

「お肉まみれでもいいのにぃ」


 悲しいかな俺の意見は全く取り入れられない、まぁそもそも朝昼晩と飯を作ってもらっているので文句を言える立場では無いがブロッコリーは食べたくない。


「食べ終わったら夢芽の様子見てくるわ」

「悪巧みに巻き込むつもり?」

「アイツの症状はチート地味ってからね、俺らのと違って」


 夢芽の症状、それは「未来観測」不確定な分岐する未来を断片的に観測できる症状だ、デメリットは症状を使った時点で眠気が襲い眠りに落ちること、眠っている間しか彼女は大規模な未来を観測できない。数秒先の未来くらいなら耐えられる程度の眠気で済むそうだが、その時点で随分と羨ましい症状だ。


「あの先輩は新入生の症状持ち集めて何するつもりなの?」

「さぁね、まぁでもいつも通り症状の解明と対処法を探るんだろうぜ」

「信用出来ない」

「しなくていいよ、俺が居るから」


 俺に出来ないところは雨乃がする、勿論雨乃に出来ない所は俺がする。それが俺と雨乃の関係性だ、昔からずっと変わらない。


「まぁでも、本当に解明できりゃ雨乃の症状も治療できて万々歳だろ? ダメで元々だよ」

「私は別に……」

「なに、そのままでいいの?」

「夕陽の心さえ読めればそれで」


 え、なんですかソレ。

 つまりそういうことですか? 雨乃さん俺の事好きなんですか? やだ、じゃあつまりブロッコリーも照れ隠し?

 あれ、確かブロッコリーって花言葉あったよね? 永遠の愛とか?


「小さな幸せよ。永遠の愛は桔梗の花言葉よ」

「んだよ、小さな幸せかよしゃばいな! まじでブロッコリー最低だな」

「私の小さな幸せは夕陽の馬鹿な考えを読みとってお仕置することよ」

「うーん、やっぱ早いとこ治療法さーがそ!」


 このままじゃ身が持たない。


「馬鹿な考えしなきゃいいのに」

「魚に泳ぐなって言ってんのと同義だぞソレ」

「絶対に違うって断言出来る!」

「ご馳走様でした、美味かったよ今日も。んじゃ、夢芽のとこ行ってくる、一緒に来る?」

「行かない。おい待て夕陽、ブロッコリー」

「小さな幸せのお裾分けだよ」

「あん?」

「……食べます」


 閉めかけた弁当箱から泣く泣くブロッコリーを摘み一口で口に詰めて咀嚼してからお茶で流した。


「よく出来ました」


 涙目の俺に悪辣な笑みでそう言う雨乃は本当に楽しそうだった、あながち小さな幸せも嘘じゃないらしい。



 


 


 

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