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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ2

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35/35

34話 a treat


 ぼんやりと屋上からグラウンドの景色を眺めた、運動部共は部活対抗リレー予選直後だというのに元気そうに声を出して、グラウンドを駆け回っている。

 その中にボンヤリと瑛人らしき奴が見えた、1番阿呆な動きしながら1番足が速いのが恐らく瑛人だ、間違いない。あの尊厳を失った動き方は瑛人以外にありえない。

 

 半笑いで瑛人から視線を外して、まだまだ明るい自分の名前と同じ光源を見た。5月になり、冬よりも日照時間が長くなっている……あくまでも気がするだが、夜の時間が短くなるのは一個人としてはとても物悲しい。

 

「夕陽先輩!」


 そんな1人の時間乱入してくる元気な声が1つ、振り返ると冬華が立っていた。


「どうした?」

「いえ、姿が見えなかったので南雲先輩に聞いたら多分ここだって、入り方まで教えてもらいました」

「ほう、あの間抜けにも後輩を思いやる心があったのか。南雲は? ちょっと話したいことあって待ち伏せしてたんだが」


 話というのは旭関連の事だが、急を要する訳でもないので特に約束はしていなかった。

 南雲の事だ、どうせ屋上で煙草を吸うだろうと思ったのだが……宛が外れたなこりゃ。


「あ〜、夢唯先輩の所行くって急いで帰りましたよ」

「あの二人は頑なに付き合ってること認めねぇけど何なのかね?」

「さぁ? そういうお年頃なんじゃないですか?」

「思春期だからね、俺達もアイツらも。コーヒー飲むか? ブラックだけど」


 南雲に少々頼みたいことがあったので、先んじて貢物でもしておくかと思って買っていたブラックの缶コーヒーは後輩に投げ渡される。


「え、いいんですか?」

「いいよ、ご褒美だ」

「なんのです?」

「……予選頑張ったで賞?」

「なんですソレ? ま、くれるって言うならご褒美貰います!」


 冬華は、手すりに背中を預けて座った俺の隣に腰を下ろすと、プルタブを開けて礼を言ってから口に運ぶ、律儀な後輩だ。

 こういう所がきっと雨乃に好かれる所だろう。


「んで、なんか用か?」

「……?」

「用があったから俺の事探してたんじゃねぇの?」

「用がなかったら先輩とお話しちゃいけません?」


 小首を傾げながら蠱惑的な笑顔を浮かべる冬華、夏華に比べて小悪魔的な所作は控えめだが、さすが双子の姉妹だな、冬華もキッチリと小悪魔である。


「ドギマギすっからやめてくれ〜」

「とか言いつつ顔色一つ変えませんねぇ」

「そら血の繋がってねぇ女と、1つ屋根の下で暮らしてますからねぇ」


 冬華は俺がそう言うと「つまんないのー」とあざとく口を尖らせた。

 俺はその姿に笑みを零して、自分の分の缶コーヒーのプルタブを開ける。

 冬華は俺がプルタブに苦戦している様子を楽しげに眺めながら、ゆっくりと口を開く。


「聞きたいことはないですけど、二人きりになったら聞いてみたいことはありました」

「ん? なんだよ、ある程度なら答えてやるよ」

「ま、大した事じゃないんですけれど」


 冬華は前置きしながら、持っていた缶コーヒーを置く。

 そして、俺の顔を見つめながら呟いた。


「雨乃先輩って、なんで友達がいないんですか?」

「それ本人に聞いた?」

「いや聞けませんよ、マムなんで」

「あ、アレお前らも公認なんだ」


 あれは勝手に雨乃が呼ばせてると思ってたが、どうやら自他ともに認めるマムらしい。

 いや、自他ともに認めるマムってなんだよ。


「雨乃先輩って優しいじゃないですか、それに可愛いし。話も面白いし、別にコミュ力が死んでる訳でもないじゃないですか? だから不思議だなーって」


 まぁ疑問に思うのは当然ではあるか……雨乃は人を惹きつける一種のカリスマ性のようなものを持っているのは確かなことだ、それが内面であれ外見であれ。

 俺の一存で喋っていいものかが悩む所だが、雨乃の暁姉妹への可愛がり方を見ると話しても大丈夫そうな気もする、彼女の態度その物が暁姉妹への親愛の証だから。


「あっ、話しずらかったら全然大丈夫です! そんなめちゃくちゃ気になるわけでもないんで、重い話とかなら……」

「あー、まぁ別にいいだろ。と言っても、話す内容は俺の主観に寄るところが大きいんだが、それでもいいか?」

「あっ、はい全然大丈夫です」


 雨乃のパーソナルな部分を把握している人間は、同年代で言えば俺達幼なじみ4人と南雲、それから茜さんと月夜先輩ぐらいのものだ、彼女の交友関係は本当にそのぐらい。


「雨乃の症状の事、どんくらい把握してる?」

「うーん、心が読めるって事くらいですかね? あとあと、夕陽先輩以外の人は5分も使うと倒れちゃうってのと、この前の旭の時みたいに当てられちゃうことがある、くらいですね」

「それ以外にも幾つかあってな。雨乃の症状は心を読むだけじゃない、無意識下の言葉になっていない思いや、人の感情も読み取れる」

「凄いですねそれ、私もそっちが良かった」

「茜さんも昔言ってたよソレ。だがまぁ、身近で見てる身としちゃ、アレほど嫌な症状はない。俺の症状がクソの役にも立たねぇとしたら、雨乃の症状は持ちたくねぇ症状だな」


 役には立つが諸刃の剣、それが俺の感じる雨乃の症状だ。俺のよりも使い勝手はいいが、そのせいで彼女は選択の幅を狭めている……狭めさせられている。


「雨乃の症状は、実はまだ完璧に制御できてない」

「へ? でも、スイッチオンにしたりオフにしたりしてるんでしょ? 私達みたいに」

「してるよ、でも完全じゃない。雨乃は無意識下で時々症状が勝手にオンになる」


 雨乃が自身で警戒しようと感じた時は、基本的にスイッチは雨乃の手に委ねられるが……それ以外の場合、要するに彼女が気を抜いている時、急に話しかけられたりすると症状が勝手にオンになったりする。


「それって……」

「そう、つまり見たくもねぇ本音や感情が見えちまう」


 それは地獄だと俺は彼女を見てきて理解していた。

 友達と思っていたやつが自分の事を嫌いだったり、信用していた人間が嘘をついていたり、子供が持つにしちゃ随分と酷い症状だと思う。


「症状が目覚める前、雨乃は物静かだったんだが……それでも友達はいっぱい居た。それが目覚めた後どうなったと思う?」

「減った?」

「減ったなんてもんじゃねぇ、全滅だよ全滅。アイツが信用したのは俺達幼なじみの四人だけ。友達だけじゃねぇ、先生も親も一時期は信用していなかった」


 まだ幼い雨乃にとって、口から出る言葉と心に隠した気持ちや言葉が違うのは、それだけで拒絶に値した。

 特に、症状に目覚めて日が浅かった雨乃にとっては親も他人も関係なく、大人と言うだけで恐怖の対象になっていた。


「今こそあんだけ毒舌吐き散らかすくらいに社会復帰できたけど、当時は酷いもんだった……だから俺が雨乃と暮らすことになった」


 今にして思えばあの選択が正しかったか分からない、けれど少なくともあの時の雨乃には俺が必要だったと思ったから傍に居る選択をした。

 瑛人でも静音でも夢唯でもダメだった、同じ日に同じような訳の分からない力に目覚めてしまった俺だけが、彼女にとって世界で1番信用できる他人だったから。

 

「小学生が終わる頃には随分と明るくなった、親への誤解も解けて親以外の大人なんてそんなもんだって割り切るようになった」


 だが、同年代に関しては最悪の一言に尽きる。

 小学生・中学生ぐらいの年の頃は無垢なまま他人を傷つけてしまう。

 雨乃のように容姿が優れているというだけで、同性からは僻み妬みの対象となり、異性からは下卑た感情を向けられる、そして更にそれが同性の不況を買うという最悪のループ。

 

 それ故に、彼女は幼なじみ以外との関係値を断ったのだ。

 いや違うな、断つというよりは初めから構築しないという方が正しい。彼女は極身近な人間以外はこの世に居ないものとして扱った。

 

「分かるだろ? お前も」

「何がです?」

「可愛いんだから、そこそこモテるだろ冬華」

「か、可愛い……まぁ可愛いですけど! 可愛いから喋ったこともないような奴から告白されたりしますけども!」


 何故か声を大にして可愛いを強調した冬華は胸を張りながら答えた。


「それだよ、それ。雨乃も似たようなもんで死ぬほどモテた、限られた人間としか喋らねぇのが更にミステリアス感を助長させてな」


 人形みたいに綺麗な彼女は、その立ち振る舞いだけで周囲を魅了した。喋らない、喋っても無表情なのもミステリアスだと周囲は受け取り、一部じゃ「令嬢」だなんて言われたりもしていた。


「だからこそ雨乃は人を更に信用しなくなった」

「へ? なんでです」

「雨乃に言いよって来る男がみんな……雨乃を見てなかったから」


 誰も彼女を見ていなかった、彼女の本質に触れようとする奴は居なかった。

 あるものは彼女をまるでトロフィーのように誇示したいと思い、あるものは酷く下卑た感情を雨乃に抱いた。


 そして、それを拒絶し続ける雨乃を同性の奴はよく思わない。いくら外面を取り繕って内心を隠そうが、雨乃はそれをふとした瞬間に感じ取ってしまう。

 例えば、親切にしてくれた子が雨乃を憎んでいたり、相談に乗ろうと話しかけた子が雨乃を下に見ていたりと……まぁ様々だ。


 それが悪い事だとは言わない、言葉にせずに表面を取り繕って相手に悟らせないのなら。人間なんてみんな、心に色々と抱えているものだ。

 だが、人の内側が分かる雨乃にとって、それは何よりも堪えがたい苦痛になる。人の感情に誰よりも聡い彼女だからこそ、それは刃となって彼女を貫く。


「何度も信用しようとして、何度も裏切られ続けた……だからアイツはああなった。自分の世界には他人は要らないって、そう思ってたんだよ」


 俺が長い長い独白のような言葉を淡々と話す間、冬華はただ静かに聞いていた。

 本当に聞いているのかと疑うほどに静かな冬華の足を抱える手には力が籠っていた。

 怒っているのか、悲しんでいるのか、分からないけれど……彼女が雨乃を思ってくれている事だけは理解できる。


「まぁでも一年前、それをぶち破られたんだがな。茜さんと月夜先輩に」


 俺達じゃ出来なかった事だった、雨乃を肯定して寄り添う俺達と違い、月夜先輩達は真っ向からソレをぶち破った。

 なんのかんの言っても、雨乃が部室に顔を出すのは、月夜先輩のことを本気で嫌ってはいないからだ。

 彼女が人を嫌いになる時は、もっと冷たくて機械的だから。


「夕陽先輩はそれまで」

「あぁ、何もしてねぇ……ただ傍にいただけだ、ずっと傍にいて雨乃を肯定してただけ」


 彼女が望むなら、他者との関わりを強要せず。

 彼女が苦しむのなら、その障害を排除した。

 俺にとっては雨乃が全てで、彼女の意思が絶対だったから。

 月夜先輩の言葉を借りるなら、俺は心の読める孤独なお姫様を、本当の意味で一人にしたくはなかった。


「一年前、雨乃と月夜先輩の間で何の話があったかは俺は知らない。その間、俺は命懸けで茜さんと殴りあってたから」

「は!? あの茜先輩相手にですか!?」


 廃墟で不良共をちぎっては投げ、ちぎっては投げしている茜さんを見ている冬華は信じられないと言った様子で声を張上げた。

 その気持ちは分かる、だって茜さんが無双してた不良相手に無抵抗で殴られ続けて最終的にぶっ倒れたのが俺だし。


「死ぬかと思ったよ、肋骨と両手の骨折れたし」

「えぇ……なにしてんですか」

「本当に何してんだろうね……まぁでも気持ち分かるだろ? 冬華も」


 俺が呟くと冬華はキョトンと小首を傾げた。

 え、マジで分かってないの? 君達とのファーストコンタクトのアレですよ。


「お前らも月夜先輩に話しかけられた時、そして俺達と話した時に思ったろ? 外敵が来たって」

「あぁ……あー、確かにそうですね」

「俺らもそうだったんだよ。本音の部分じゃ俺はどっちでも良かったけど、雨乃はそれを拒絶したから俺もそっちに回った」


 まぁ俺はそれ以外にも初対面でいきなし背後から南雲にぶん殴られた……という一件もあったのだが。大まかな部分では雨乃が月夜先輩達との関わりを持ちたがらなかったのが大きい。


「という訳だ、後はお前もよく知る雨乃の出来上がり。ちょっと無愛想で人見知り激しいけど、話してみると意外と優しくて面白くて面倒見のいい女子高校生」


 まぁ無愛想も人見知りもちょっと所の騒ぎじゃないけどな。暁姉妹とも「活動」が絡んでなきゃ関わってないだろうし。

 雨乃がこれほど短期間で心を許したのも、俺が気絶してた間に暁姉妹が嘘じゃなく本気で俺の身を案じてたのもあるだろう。

 

 ん? こう考えて見ると、俺が無抵抗でボコボコにされたおかげで暁姉妹はちょっとだけ更正し、雨乃には可愛い後輩が出来たのか。


「あっ、私雨乃先輩じゃないですけど夕陽先輩がバカなこと考えてるの分かりました」

「凄いねお前、夕陽さん検定三級をやろう」

「え、要らないです」

「可愛くねぇ後輩だなぁ」


 俺が吐き捨てると冬華は楽しそうに笑う。

 西日に照らされる冬華の笑顔が少しばかり眩しくて、俺にしては珍しく本気でドキッとしてしまった。


「ま、俺が言いてぇのは雨乃とこれからも仲良くしてやってくれってこった。きっとお前らが良いヤツらだから雨乃も信用したんだろうし」

「いい子ですかね、私」

「積極的に他人の心を読まねぇようにはしてるが、ふとしたタイミングで見えちまうことがある……それでも雨乃がお前らを可愛がってんのはそういうことだよ」


 きっとこの子達は本気で雨乃の事を好いてくれてるのだろう、先輩として友達として……それが俺には自分の事以上に嬉しかった。


「でも雨乃先輩良かったですね」

「何が?」

「だって、ずっと夕陽先輩が一緒に居たんでしょ?」

「そうだけど……それが良かったかは分からねぇんだよな」


 たまに思うのだ、雨乃が今のような感じになったのは俺のせいなのではないかと。

 

 俺が雨乃の傍に居続けて、彼女を肯定し続けた。

 そのせいで彼女が問題と向き合うことをせずに、他者との関わりを切る方向に行ったんじゃないかと。

 間違ったって彼女の前じゃそんなこと言わないが、最近になって、暁姉妹とジャれてる雨乃を見ると柄にもなく、そんなことを思ったりしてしまう。


 俺がいたせいで、彼女は選択をしなかった。折り合いをつけて人と関わる方を選ばずに、俺を選んだのではないかと。

 結果的に俺が雨乃の未来を潰した、俺が雨乃に出来るはずだった人間関係を壊したのだと。


「良かったですよ、それだけは言えます」


 妙に力強く断言した冬華は、立ち上がると慈しむような顔を俺に向ける。


「私も症状が出た時……本音を言うと怖かったです。髪色もそうですし、訳わかんない力を持ったり色々」


 冬華は昔を思い出しながら、懐かしむような声で思いを口にする。ポツポツと雨だれのようにゆっくり言葉を選びながら。


「でも、傍に夏が居てくれた……夏だけはずっとずっと私の味方で居てくれた。辛い時ってそうじゃないですか」

「……」

「誰かが隣に居てくれるだけで、ずっとずっと心強いんです、何よりも救われるんです。雨乃先輩もそうだと思いますよ」


 冬華は改めて俺に向き直り、両手で俺の頬を挟む。

 挟まれた頬は冬華の体温で徐々に熱を帯びて行く、じんわりと心を溶かすように。


「だから夕陽先輩は雨乃先輩にそんなこと思っちゃダメなんです、絶対に。夕陽先輩が居たから、私達の好きな雨乃先輩が居てくれるんですから」


 その言葉に救われた気がした。

 これほど時間が経ってから不意に、あの日の決断を肯定された。それも、当時を知らない後輩の女の子にだ。

 

 あの日の選択は間違っていないんだと、太鼓判を押して貰えた、その事実がどうしようもなく嬉しかった。


「お前……いい女だね」

「あれ? 知りませんでした?」

「初めて知ったよ、小生意気なクソガキと思ってた」

「前言撤回、夕陽先輩が良くないです」

「おい、俺の感動返せよ」


 冬華は俺の声を無視して出口の方に歩き出すと、振り返りながら舌を出す。


「夕陽先輩なんてリレーで転ければいいんですよーだ!」

「人を呪わば穴二つって言うだろ、転けるのはお前だ!」

「うっさいですバーカ! ご褒美、ご馳走様でした」


 冬華が去っていく背中に手を挙げて送り出し、静かに天を仰いだ。


「ご褒美ねぇ……俺の方がご褒美貰っちまったよ」

「何のご褒美?」

「うおっ!? 真剣にビビった! 居たのかよ雨乃!」


 俺がぼんやりしていたら体感温度の下がる声がした、屋上の出口にはいつの間にやら雨乃が立っていた。


「さっき冬華にも同じ反応されたわ、傑作ね人が驚く顔って」

「最悪な趣味だ、今すぐ直せ」

「嫌よ、私のアイデンティティだもの」

「アイデンティティを見つめ直せ!」


 ったく……口ごもりながら立ち上がり、恐る恐る雨乃に視線を向けた。冬華が驚いたということは、少し前から屋上付近に居たと思われる。問題はどこから聞いていたかだ。


「アンタがご丁寧に人の過去を暴露したのは知ってるわ」

「止めろよ……」

「別に止めることないでしょ、冬華が知りたがってなら聞かせてあげればいいし。それをアンタが喋っていいって思ったなら私は止めない」


 コチラに顔を見せずに、雨乃はぶっきらぼうに呟いた。


「最後の方も聞いてた?」

「さぁ、なんの事だか?」


 あぁー、聞いてたなこりゃ。俺としたことがしくじった、過去語りなんてのは若輩にはまだ早かったようだ、よりにもよって一番聞かれたくない所を聞かれたらしい。


「ま、でも冬華の言う通りよ」


 雨乃は耳まで赤くしながら言葉を続ける。


「救われてたんじゃない? 多分、まぁ、知らないけれど」

「なんだよそりゃ」


 人の本音は隠した部分まで読むくせに、自分が口から出す言葉の本音は隠そうとするチグハグな幼なじみ。

 俺は溜息にも似た笑みを吐き出して、大きく大きく伸びをした。

 結局いつも、他人に救われてばっかりだなぁなんて思いながら。


「夕陽、一回しか言わないから」

「ん?」

「ありがとね、そんだけ」


 一緒に同じ家に帰るというのに、彼女は足早に屋上から去っていく。余っ程恥ずかしかったんだろうな、彼女があんなに真っ直ぐに「ありがとう」なんて言うとは……人間、成長するもんだな。

 

 雨乃と冬華、二人に望外なご褒美を貰った俺は雨乃を追うようにして歩き出す。

 昔のことを、大切な宝物を開けるように思い出しながら。

 


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