32話 game
「つーわけよ」
あの後、俺達の楽園を勝手に賭け金にした月夜先輩をぶん殴ろうとした俺を、遅れてやってきた雨乃が見つけるなり羽交い締めにして止めた。
やってきた雨乃に諸々の事情を説明して今となる。
「よし、埋めるわ」
「よし来た!」
「やばい! ストッパーが居ないぞぅ!」
雨乃も月夜先輩こそ嫌いなものの、ここで飲めるタダのコーヒー(しかも普通に美味い)やクッキー、そして先輩後輩との雑談にもってこいの部室を失うのは嫌らしい。
「まって! まってよ雨乃ちゃん」
「辞世の句は死んでから読みなさい、月夜先輩」
「死んだ後だと辞世の句じゃないじゃん!」
今にも殺しそうな勢いで月夜先輩に躙り寄る雨乃、まぁ最近の諸々で月夜先輩へのヘイトが高まっている雨乃ちゃんは本気で月夜先輩を殺しかねないので、ここら辺で止めてやるとするか。
「僕は僕の身の安全と正当性を主張するぞ!」
「認められないわ」
「ちょっと待ってよ! 発言権くらいあるはずだろう僕にも!?」
「認められないわ」
「嘘でしょ!?」
「ここは治外法権よ、そして法は私よ」
「夕陽君、君の幼馴染だろう!? なんとかしてくれ!」
「今日も可愛いね雨乃ちゃん、そろそろやめたげな」
「チッ……仕方ないわね。感謝なさい月夜先輩、貴方の後輩が貴方の分の責め苦も受けるそうよ」
「よし、やってやろうぜ雨乃! あいつ殺そう」
「君は誰の味方なんだい!?」
決まってんじゃん、俺はいつだって可愛い方の味方……つまり雨乃の味方だ。なぜなら逆らうと怖いからね、ブロッコリーと食わされそうだし。
「君達がいつも飲んでるコーヒー! このお金はどこから出てると思っているんだい?」
「茜さん」
「茜さんだろ、月夜先輩の金じゃねぇ」
「うっ、痛いところを突くね」
いや、見え見えすぎるだろ、その痛いところ。自ら露出してんじゃん。
「この潤沢な設備も、場所も僕が確保してるんだぜ? たまには協力してくれてもいいだろう?」
「え、俺協力してるし、なんなら足刺されたし」
俺の不用意な発言にその件を思い出した雨乃の額に青筋が立った。あっ、やっべこれガチで思い出してキレてるやつだ。
「その節は大変ご迷惑おかけしました……あれ? これ僕どう足掻いても負けじゃないか?」
「なんで勝てると思ってんだよ」
呆れ混じりに呟いてコーヒーを啜ると月夜先輩はウンウン唸って俺と雨乃の顔を見つめる。
「明日、もう一度ここに来てください……本物の先輩ってやつをお見せしますよ」
美味しんぼか、趣味が古いんだよなこの先輩。
今日はもう虐められたくないのか、明日また来いとだけ言い残して俺と雨乃は放り出された。
なんだあの先輩、絶対協力なんてしてやんねーからな……と言いたいのは山々だがこの部室がむくつけき野郎共に奪われるのも癪である、しかも相手があの北山先輩と来れば尚のこと。
どーしたもんかね、と雨乃の顔をチラリと見れば、どうやら彼女も似たようなことを考えているらしい。
俺達二人は顔を見合せてため息をついた、落ち着く間のなく厄介事の数々である。平和な学生生活を送れるのはもうちょっと先になりそうであった。
・・・
翌日の放課後、俺と雨乃……それから暇人の暁姉妹と南雲夢唯カップル、そして茜さんは部室に集合した。静音と瑛人は部活なので不参加、相坂は退院してから顔みてないな。
部室に入ると既にみんな揃っており、月夜先輩は見事に頭にたんこぶを浮かべていた。察するに勝手に部室を賭け金にしたことを茜さんに咎められたらしい。
「みんな集まってくれてありがとう、もうみんな聞いているとは思うが、この度我々は体育祭での部活対抗リレーでサッカー部と勝負することになった」
にこやかに話す月夜先輩とは対照的に、集められた我々は皆やる気がない。一応は来てやった……くらいの感じだ、誰一人として部活対抗リレーで勝とうという気概はない。だってめんどくさいもんね!
「あ、茜ぇ」
我々の連れない反応に心が折れたのか、早々になっさけない声を出して茜さんに泣きつく月夜先輩。
泣きつかれた茜さんは大変良くない顔をしながら咳払いと共に我々の顔を見た。つーか絶対ダメ男に引っかかるタイプだろ茜さん、もう引っかかてるけど。
「さて諸君、まずは月夜の身勝手を詫びよう」
そう言って茜さんは深々と頭を下げた。
そうそうこれこれ、これがねーんだよ月夜先輩には、身勝手やらかしたんだからまず謝罪があるべきだ。
「アンタが言うわけ?」
隣では不機嫌そうに鼻を鳴らして雨乃。
いや違うでしょ雨乃さん、敵はあっちだよ俺じゃないよ!
「だが私は言いたい、このままでいいのかと!」
茜さんはバンっと机を叩いて声を張上げる。
「いいか、私達は舐められているんだぞ北山に! ひいてはサッカー部に! こんな部活ならば余裕で勝てると、楽に部室を巻き上げられると」
つーか部室の巻き上げって生徒間同士で勝手にやっていいの? 負けたら負けたでそこら辺逆手にとってごねれば良くないか?
「私もそう思う」
「だろ? まぁ考えてんだろうなそこら辺」
そこは裏工作がお得意の月夜先輩の事だ、どーせハナから部室を明け渡す気などサラサラないに決まっている。
「それでいいのかお前達!」
茜さんの演説は続く、その熱い語り口に帯びた熱は思わず、面倒くさいと思っていた俺の心を動かす。
「悔しくないか! あの程度の奴に舐められて泣き寝入りでいいのか? 南雲! お前はどうだ!」
「んなもん、ぶちのめすに決まってる!」
「いい気合いだ! 雨乃、あの程度の男に舐められてていいのか!」
「いいわけないわ、完膚なきまでに叩き潰す」
「よし、暁姉妹!」
「「サー! イエッサー!」」
「夕陽! お前はどうだ!」
「ぶち殺せ!」
「夢唯! お前は!」
「ひゃ、ひゃい!」
「よし、なら話は簡単だ! サッカー部ぶちのめして体育祭での部活対抗リレーに勝利するぞッッッ!」
茜さんが右手を高く掲げる、俺達も思わず立ち上がり大きな声を張り上げながら右手を上げた。
そんな団結の外にいるのは、状況に困惑しながらも恐る恐る右手を上げる夢唯と自身の人望の無さにしょぼくれる月夜先輩の姿だけだった。
まんまと演説に乗せられた我々の狂騒が解けないうちに、茜さんはすかさず体育祭の打ち上げを提案した。
なんと、茜さんの実家の豪邸の庭でBBQをしてくれるらしい、しかもタダで。
流石は男よりも漢らしい、人間よりもゴリラらしい森の賢者。暑く燃え盛るような闘志もありつつ、飴と鞭も忘れない指導教官の鏡である。
あれ? 茜さんってなんだったっけ? ゴリラだっけ? 軍の指導教官だっけ? 生徒会長だっけ?
というわけでその流れで作戦会議、どうやら数日後に部活対抗リレーの予選があるらしい。走る人数は決まっており、5人の走者を各部活選出しなければならないようだ。
「雨乃さん、燃えてるとこ悪いけどさ」
「なに!?」
「走れんの?」
「……私、足遅いんだった」
その場に崩れ落ちる雨乃、頭を撫でてやりながら俺は暁姉妹に目を向けると意図を察したのか、双子は満面の笑みでピースする。
「私ら双子は運動大好きっ子ですよ。ね、夏」
「そうですよ、ドーンと任せちゃってください」
かくしてアッサリと走者は決定する。
茜さん、南雲、暁姉妹、俺の5人だ。
運動音痴の夢唯と雨乃と月夜先輩は除外、静音も瑛人も各々のメインの部活のリレーに出るだろうから除外だ。
正直言って、瑛人と静音が厄介極まりない……奴らは人格は置いておいても運動神経だけならそこそこの物だ。
それにしても敵方のサッカー部に瑛人がいるのが厄介だな。性格上、勝負事に手を抜く奴ではない、特に体育祭なんていいとこ見せればモテるイベントで必死にならない訳が無い。
「どうする南雲、足折っとくか?」
「可哀想だろ、ヒビくらいにしてやらねぇと」
「なに二人とも真顔でおっかないこと言ってんのよ」
茶化しちゃいるが実際ちょっと本気だ。
あの野郎は足の速さだけなら陸上部に負けないと豪語している、昔からかけっこで負けた所を見た事がない。
「ま、大丈夫だろう」
厄介事持ってきた癖に戦力外の役立たずこと月夜先輩は笑顔で茜さんを指さす。
「最悪、茜がなんとかするよアンカーで」
あぁ、確かに茜さんなら半周差がついてようが症状使えば涼しい顔してごぼう抜きするな。
俺の淡い期待を裏切るように茜さんが口を開く。
「あぁ、悪い月夜。そりゃ無理だわ」
茜さんが困ったように頬をかいてアンカーを拒否した。
「まだ確定じゃないが生徒会との折り合いでな、走るなら第一か第二にして欲しい」
「……予想外だな、どうしよう」
「アンタほんとに役に立たねぇな! 月夜先輩!」
・・・
アンカーはノリで決める事となり、一応はその日の活動は終了した。久しぶりに厄介事だが雨乃に怒られないタイプの活動で心底ホッとしている俺。
「大体、アンタが私を怒らせる速度が異常なのよ」
「俺が1人でうろちょろすんだけで怒るくせによ」
「1人でうろちょろさせて厄介事引っ張って来なかったことがある?」
うーん、直近で振り返っても何事もなく終わったことの方が少ないな……うん、この話やめやめ。
俺が一方的に話を打ち切ると、雨乃は溜息をつきながら夕食作りを再開する。
今日のメニューはどうやら洋食らしい、先程雨乃がかぼちゃのポタージュを作っているのが見えた。
「どうやったら運動得意になる?」
雨乃はどうやら戦力外な事が悔しいのか、珍しくそんなことを聞いてきた。
基本的に負けず嫌いを拗らせている雨乃は勝てる勝負にしか乗らない傾向がある、本人もそれを気にしている素振りはなかったが、今回のように皆が団結しているところで役に立てないのは悔しいらしい。可愛いヤツめ。
「うっさい」
「まぁ俺も別に得意なわけじゃねーからなぁ」
「嘘よ、基本ある程度何でもできるじゃない」
「ま、紅星家の人間なんでね……勉強はからっきしだが肉体となると強いのよ」
ここら辺は間違いなく親父の血だろう。
兄貴は何やらせてもある程度所か100点に近い数値をたたき出す、そして姉貴共も運動は持ち前のセンスで得意なのだ……ま、姉貴共の場合は兄貴に運動も勉強も勝てねぇから、コミュ力やら人心掌握やらに全フリしたのだろう。
と、なるとやはり紅星家の落ちこぼれの夕陽君は「ある程度」止まりの半端者である、理論に裏づけされた努力でもない、親から受け継いだセンスなので人にも教えてやれない。
「自己分析してきたら悲しくなってきちまった。雨乃たーん、辛いから頭撫でて〜」
雨乃の傍に近寄ると、ニッコリと笑った雨乃の手に握られた包丁が室内の灯りを反射した。
「包丁で?」
「掻き回す気? 脳味噌を」
おっかねぇ。
ドメスティックバイオレンス幼馴染、略してDVOである。あれ? ドメスティックって家庭って意味だったけ? じゃあ被ってる? いや、被ってはねぇのか。
「ゴミみたいな情報を私の脳に流し込むのはやめて、私が脳味噌掻き回したくなってきたわ」
俺の軽口に渋い顔を浮かべながら、雨乃は鶏肉を慣れた手つきで切っていく。どうやらチキンステーキらしい、やったね。昨日はハンバーグ、今日はチキンステーキとは豪奢な事だ。
「ま、心配せんでも雨乃の分も俺が走るから」
「首位独走?」
「……頑張って走るから」
「首位独走?」
「いや、分かんないけど、できる限りやるから」
「首位独走?」
「圧のかけ方が怖いよ! 可愛く小首傾げても無理なもんは無理だって! つーか包丁置け!」
なんともおっかない幼馴染ですこと。
「ま、私の分までやるってんなら」
雨乃は勝気な面して俺を見る。
俺が何かしらやらかすことを、信じて疑わないような真っ直ぐな目。
「もちろん、私に勝利をくれるんでしょうね?」
「ま、適度に頑張るよ適度にな」
「瑛人に負けたらカッコ悪いぞ」
「負けねぇよ!」
雨乃は俺の言葉に「そう」と短く返すと、心做しか嬉しそうに夕食の準備を再開する。
あーあ、まーた約束しちまった。体育祭まで柄にもなく走り込みでもやろうかな? なんて考えながら、俺は静かに台所を後にした。




