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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ2

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29話 confession


「ねぇ、夕陽」


 頬を赤らめた雨乃が俺を呼ぶ、その仕草に胸が高鳴り、彼女の香りがすぐ近くにあるのが慣れなくて目を逸らしてしまう。彼女は俺の肩に手を伸ばして、優しく掴む。

 あぁ、もう無理だ……俺は静かに両手を上げた。降参とでも言わんばかり。


「もう嫌です!」

「馬鹿言うな! とっとと続き解くの!」


 はい、色っぽいことなどあるわけもなく現在テスト勉強中。

 ゴールデンウィークを終えた俺達普通の高校生に待ち受けていたのは中間考査という名の死刑宣告だった、学生の本分が勉強? ふざけんな、学生の本分は遊ぶことと眠ることじゃい! と言いたいが、背後にいる雨乃先生が許すわけもない。

 普段から真面目に不真面目な学生をしている俺は、テスト期間になる度に地獄の鬼家庭教師雨乃さんに虐められている。家庭教師ってなんかエロいですよね、なんて言おうものなら全力のゲンコツが飛んでくるのだ。


「まいっかい毎回! こうなる度に面倒見てあげてんのに、なんで授業真面目に受けないの!」

「雨乃ちゃんとちょっとでも一緒に居たくて」


 俺がウィンクして呟くと雨乃は溜息を吐きながらコチラを睨む。


「死にたいなら素直に言いなさい」

「嘘です! 勉強します! 勘弁してください!」

「せめてテスト前一週間は勉強すればよかったのに」

「忙しかったでしょ!」


 ゴールデンウィークが明けても俺の生活が落ち着くことは無かった。瑛人と南雲と夜釣りに行ったり、雨乃に近づく害虫駆除に勤しんだり、月夜先輩達とだべったり、雨乃をストーキングする害虫を駆除したりと。


「その件はお世話になりました」

「なんもなんも、気にせんでいいよ」

「でも、瑛人達との夜釣りいらなかったよね? 結局何にも釣れなかったんでしょ」

「うん、釣れ無さすぎてイライラして殴り合いの喧嘩した」

「三馬鹿」

「少なくともアイツらよりはまともだと思いたい!」


 一緒かギリ上くらいだ、断じて下ではない。


「はい、とっとと数学の問題解いて」

「もう数字見るだけでゲロ吐きそう」

「馬鹿言ってないで解く! 明日が最終日なんだから」

「うわーん! 三平方の定理とかいつ使うんだよぉぉ!」


 絶叫と共に、夜は老けていく。


 ・・・


 やった! やっと乗り切った! スパルタ雨乃先生のおかげで半分くらいは解けたぞ!


「睡眠時間あんなに削って教えたのに、なんで半分しか解けなかったの……」


 隣では絶望しながら雨乃。


「雨乃はまた夕陽の面倒見たの? 懲りないねお前も」

「うっ……だって泣きついてこられたら」

「優しいこった」


 ケラケラと笑いながら既に部活用の服に着替えを済ませた瑛人が俺と雨乃の幸せ空間(俺だけ幸せ)に割り込んでくる。

 汗臭い、どっか行け。


「瑛人は? テスト大丈夫だったの?」

「あ、うんモチロン」


 爽やかな笑顔で瑛人が呟くと、雨乃が怪訝な顔をして俺を見た。


「夕陽、翻訳して」

「「あ、うんモチロン出来てないよ」だろ、瑛人」

「うん、記号問題だけは埋めた」

「え、記号問題とか無かったよな雨乃」

「瑛人、あんた何を解いたの」


 呆れ顔で雨乃が呟くと瑛人は視線を上にあげて暫くフリーズして首を傾げた。


「あれ、もしかして俺死んだ?」

「ご愁傷様でした、行こうぜ雨乃! こんなバカほっといて」

「瑛人、あんた自分を見つめ直した方がいいわよ、バカの大王にバカ扱いされるなんて」

「雨乃さーん? なんで俺が馬鹿の大王なんすかね!?」

「なんだ王じゃ不満か? 馬鹿神様とかにしとく?」


 ニヤニヤと肩を組んでくる瑛人の腕を振り払い、バッグを放り投げた。

 この野郎、失恋神の癖して俺に舐めた口を叩くとは……今一度俺の恐ろしさと言うやつを見に刻まねばならないな。


「俺が馬鹿神なら貴様は失恋神だろうが! おい、お前がなんでモテないか教えてやろうか? 頭が悪いからだよ!」

「て、テメェ……幾ら幼馴染と言えども許しておけん! ここでぶち殺してくれるわ!」

「かかってこいやぁぁぁあ!」

「死ねぇぇぇぇえええ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら瑛人といつものようにもみくちゃの喧嘩をする事数分、二人してぜぇはぁ言いながら背後を振り向くと雨乃は既にいなかった。


「あれ!? 雨乃は!?」

「さぁ? お前の馬鹿さ加減に呆れて帰ったんじゃない?」

「雨乃さん舐めんなよ、この程度序の口だぞ」

「俺は雨乃の胃が心配でならねぇよ」


 キリキリいってそうだな雨乃の胃腸、昨日も俺があまりにも馬鹿すぎて頭抱えてたし、まったく出来ない幼馴染を持つと苦労するな。


「雨乃ならさっき三年生に連れられてどっか行ったよ、ボク見たし」


 ひょこっと教室の入口で顔を出した夢唯が俺と瑛人に教えてくれた、珍しいなお前が放課後に上に来てるの。


「龍……南雲が見当たらなくて、二人ともどこ行ったか知らない?」

「いや、知らん。瑛人なんか聞いてる?」

「ねぇ夢唯、お前南雲の事龍太って呼んだ? できてんのやっぱり? もう大人の階段登っちゃったの?」

「今のは夢唯が悪いな、隙見せたもん」


 真っ赤な顔して夢唯は「よ、呼び間違えただけだ!」とブンブン首を振って否定するが、失恋神こと瑛人は夢唯に肉薄しながら「おい、付き合ってんのか」と問い詰めていた。どんだけ人の幸せが憎いんだお前は。


「その辺にしとけ瑛人、この前決めたろ? 夢唯をからかうのは一日一回までって」

「おい! ボクの居ないところで何を話してるんだ!」

「うっ、すまねぇ夕陽……俺としたことが」

「瑛人も納得するなよぉ!」


 消えた雨乃に見当たらない南雲……はっ! わかった! 雨乃を連れ去ったのは南雲か!?


「くそ、許さねぇぞ南雲……必ず殺してやる」

「何があったらそうなるんだい!?」

「どーせ夕陽のことだから南雲が雨乃連れてったと思ってんだろ?」

「瑛人正解」

「夢唯の話聞いてなかったのか? 三年だって言ってたろ、夢唯、どんな人だった?」

「なんか筋肉あってウザそうな人だったね、運動部っぽい人、肌が焼けてた」

「あー、あー、 あーあ」


 夢唯の人物像に思い当たる人間が居るのか、瑛人はうんうん唸るとニコッと笑ってバッグを取った。


「んじゃ! お疲れ!」

「ちょいちょい! 瑛人、テメェなんか知ってんな?」

「嫌だね! 面倒事はごめんだ!」

「おい夢唯、出口抑えろ!」

「がってん!」


 夢唯は両手両足を大きく広げて出口を塞ぐが、身体の小ささ故か小動物が威嚇しているようにしか見えない、だが瑛人もそんな夢唯をどかすのが可哀想だと思ったのか諦めたように立ち止まった。


「ふっ……俺の負けだよ夢唯」

「ナイス小動物だ夢唯」

「その褒められかた嬉しくないぞボクは!?」


 しゃーっ! と威嚇する夢唯はほっといて、瑛人に事情を聞くと、どうやら連れ去ったのは瑛人のサッカー部の先輩らしい。やたらとしつこく雨乃と俺の関係性に付いて質問を繰り返して、その質問に飽き飽きした瑛人が「いやー、知らんすねー! もう告ればいいんじゃないっすか!」と適当言ったことが発端らしかった。


「殺す!」

「わー! まてまて! 悪かった! だってしつこいんだもんあの人!」

「こうしている今にも気の弱くてか弱い雨乃のことだ、きっと苦しんでいるに違いない……今すぐぶっ殺してやるから待ってろ雨乃!」

「ねぇ瑛人、ボクらの知ってる雨乃と夕陽の知ってる雨乃って別人だったりする?」

「言ってやんな夢唯、恋は盲目って言うだろ? もしくはアイツ雨乃に目を潰されてんだよ」


 雨乃さん、なんて酷い言われようだろうか? 後でチクろう。

 まぁでも告白程度は邪魔するのもアレだな、器が小さいな、俺ってば雨乃と付き合ってる訳でもねぇし。どうせ振られてすごすご退散すんだろ。だって雨乃さん怖いし、今頃多分すんごい無表情で「興味無いです、さようなら」とか言って男の子を傷つけてる。


「止めに行かねーの?」

「行っちまったもん割り込んで止めんのもな、付き合ってねぇし」

「ま、そうか。んじゃ、俺は部活行くわ……先輩フラれてめんどくせぇだろうな」


 溜息をつきながら瑛人が部活に向かう。

 というかその先輩可哀想に、振られることが確定しているなんて。

 俺も荷物を持ってとりあえずは部室で時間でも潰すか。


「夢唯は? どーすんの? 俺は部室でタダコーヒー飲んで帰っけど」

「部室はまだ見てないな……よし、ボクも行こう」

「んじゃ行きますか」


 夢唯とゲームの話題で盛り上がりながら部室の扉を開けると、中には暁姉妹がぐでーっとしながらコーヒーを飲んでいた。


「おっす、二人とも」

「あっ、ゆー先輩とめー先輩、お疲れっす〜」

「夕陽先輩と夢唯先輩、お疲れ様です〜」

「二人ともおつかれー」


 ゆー先輩はわかるけどめー先輩って誰だ、夢唯か……ユメだからめー先輩か、上手いこと考えるね。


「あれ、月夜先輩は?」

「あー、なんか茜先輩に呼ばれてどっか行っちゃいました」

「あっそ、コーヒーは自分で入れますかね」


 俺がコーヒーを取りに行くと、あれよあれよと双子後輩の間に連れ去られて撫でられる夢唯。いいのかお前、先輩の威厳とかまったくないけど、まぁ気持ちよさそうな顔してるからいっか。

 

「二人とも、南雲見てない?」


 今度はしっかりと龍太ではなく南雲と呼ぶ夢唯、そんな夢唯の問いかけに暁姉妹は「さぁ?」と首を傾げていた。

 本格的にどこいったんだ南雲、どっかで喧嘩でもしてんだろうな。


「あれ、ゆー先輩1人なんですか? あー先輩は?」

「雨乃さんは告白タイムだよ、今年に入って4回目」

「雨乃先輩ってモテるんですね!」

「そうそう」

「その割にはゆー先輩余裕そう」

「そんじょそこらのぽっと出に落とせてたまるか、難攻不落の雨乃城だぞ」

「とか言ってタカくくってると持ってかれるよ夕陽」

「なんだ、自分は南雲落としたからって自慢か?」


 夢唯のセリフに俺がイラッとして反撃を繰り出すと、夢唯の両サイドの暁姉妹は「きゃー!」と年頃の反応を見せ夢唯にあれやこれやと質問攻め。

 さながらピラニアの群れに肉を投げ入れた気分だ、存分に喰らい尽くされるがいい。


「ちょ、夕陽! な、なんてことを!」

「しらなーい、きこえなーい! コーヒーうめぇな!」


 アイスコーヒーを飲みながら、そんな女子陣を眺めて居ると部室のドアが乱暴に開く。はぁはぁ言いながら息を切らして立っていたのは静音。


「ユッヒー! あーちゃんが!」


 その言葉に思わず俺は椅子を倒しながら立ち上がった。


「何があった!?」

「あーちゃんに告白してた三年の先輩があーちゃんの腕掴んで!」


 俺は出口に向かいながら静音に「場所は!?」と叫ぶ、すると静音が俺を止めて最後まで聞けと促した。

 くそ! こうしている間にも雨乃の白絹のような肌にクソ野郎の指紋が付いていると思うと許せん!


「そこにたまたま通りがかったナグモンが胸ぐら掴んでんの!」

「そっち!? 別ベクトルでやべぇ! 急ぐぞ!」


 やばいやばい、ちょっと目を離した隙に厄介事を連れてくるのは雨乃も対して変わんねぇ!

 南雲の名前が出たとこで、慌てて夢唯も着いてきて、野次馬根性丸出しで暁姉妹も着いてくる。

 静音の先導の元、現場に向かうと胸ぐらを掴んだまま先輩を壁に押付けて凄む南雲とそれを必死に止める雨乃の姿があった。


「雨乃! 無事か!?」

「この現場目撃して出る言葉まずそれ!?」


 え、だって雨乃が一番大事だし。

 俺達の到着に気がついた南雲がいつもの調子でヘラヘラ笑いながら「おーす!」と言っていた、俺以外ドン引きである。俺も若干ドン引きだ。


「お、おい、離せよ!」

「あ? お前何言ってんの? 女の腕掴んで乱暴しようとしてたよなぁ! なぁ!? どう落とし前つけんだテメェ!」

「ち、違う! 触ったのは悪かったけど、おいお前らも見てねぇで止めてくれ!」


 完全にカツアゲの現場だ、三年生は俺に助けを求める視線を向けてきた。

 俺は南雲の肩を叩いて、とりあえず状況を聞く。


「何があった?」

「俺が通りがかったらコイツが伊勢の腕掴んで「いいから! な!」とか言ってたから、とりあえず蹴り入れて今」

「雨乃は?」

「やめてくださいって言ってた」

「抑えてろ南雲、ソイツは俺が殺す」


 悪党死すべき慈悲は無い、雨乃を害する奴などこの世に存在しなくていい、できるだけ苦しんで死ぬべきだ。


「ちょっと静音! なんでよりにもよって夕陽呼んできたの!」

「ちがう! 私はあーちゃんが心配で!」

「静音、本当は?」


 しくしくと泣いたふりする静音に俺が問いかけると、さっきまでの心配そうな面はどこに行ったのか、ペロッと舌を出して静音が呟く。


「だって面白そうなんだもん」

「ちょっとしーちゃん!?」


 あまりの堂々たるカスっぷりについつい昔の呼び名が飛び出る雨乃。

 さて、問題はこのカスの処遇だ。

 どうしようか、足に砂糖でも塗ってヤギになめさせるか? 腰に縋りついて俺を止める雨乃を無視しながら思考に耽った。


 

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