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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
3/15

2話 symptoms

2話


 都心部の駅はこの時間は随分と人が多い、出勤するサラリーマンに高そうなリュックを背負った中学生、そして我々のように阿呆な面を晒す学生諸君。

 まぁ、そんなこんなで本日も電車は満員。当然座れるはずもなく、私と雨乃はいつものように窓際に追いやられる。幼なじみの役目として雨乃を守るためにいつものように彼女の前にででんと立ち塞がり、そんな彼女は私の胸に頭を預けていつものように小説を読みふけっていた。


「酔わないの?」

「酔わないの」


 耳元で囁くと鬱陶しいような顔をして私を軽く睨む彼女は今日も今日とて美しい。


「気持ち悪」

「モノローグぐらい自由にやらせて」

「モノローグだけじゃなく自由にやってんだろ」


 それはまったくその通り、私は諦めたように両手を上げて降参のポーズをとるも彼女の興味は既に私から失われ小説に集中していた。なんともまぁ悲しきことか。

 耳に刺しているイヤホンが奏でる音楽を目を瞑って聞き流すと気がつけば最寄り駅、小説の世界に入り込む彼女の方を数回叩くと文庫本をポケットにしまって足早に私の横を通り過ぎて駅に降りた。


「ねみぃ」

「昨日の夜何してたの」

「朝まで南雲と瑛人とゲームしてた、バトロワのやつ」

「あー、アレね。あんまり夜更かしするようだと没収するから」

「勘弁してくれよママ」


 鋭い痛みが俺の臀部を襲う!


「いってぇ! なにすんだ!」

「イラッときて」


 全くもって酷い女だ、俺の軽口に一々目くじら立ててたら身が持たんだろうに。

 そう思うとコレは雨乃さんからの愛情表現ではなかろうか? ということに気がついた、あぁ俺って愛されてる。


「愛してない、哀れんではいるけど」

「軽口だけじゃなくて思考にまで口出してちゃ本当に身が持たねぇだろうに」

「誰のせいだ誰の!」


 いつものような軽口を叩きあって(俺が一方的に)いるといつの間にか学校に着いていた、下駄箱で靴を履きかえてから雨乃に通学バッグを渡すと不機嫌そうな顔をしたが一応は受け取ってくれた。


「んじゃ、バッグ頼んだ。先輩のところ行ってくる」

「物好きめ」

「いいんだよ、タダで飲み食いできんだからアソコは」


 ヒラヒラと手を振りながら雨乃とは別行動、教室がある階段を登る雨乃を見送ってから職員室脇を通り抜けた先にある階段を登り、科学準備室と銘打った部屋にノックもなしに入室した。


「ノックくらいしなよ夕陽君」


 俺を出迎えたのは指定の制服があるというのにいつも私服で真っ黒のカーディガンを羽織る変人。

 伸びきった灰色の髪を一つ結びにしている、線の細い背の高い男……早乙女 月夜、俺達の先輩だ。

 

「気にすんなよ俺と先輩の仲だろ」

「そんなに親しかったっけ? 僕達」

「いやーん、照れちゃって殴りあった仲じゃないの」

「僕が一方的に殴られたんだ!」

「ありゃ、そだっけ? まーいいや、コーヒーちょうだい」


 科学準備室は彼の個室と化している、個室というか本来は俺も雨乃も在籍する化学部の部室なのだが。


「月夜先輩、砂糖は入れてね」

「はいはい、入れるたよ。ほら、どうぞ」

「あんがとー」


 暖かいコーヒーを受け取って一口飲むと、軽く甘くて大変美味しい。もう春も終わったというのに異常気象のせいか随分と寒いので暖かいコーヒーは俺のオアシスであった。


「そんで進捗は?」

「まぁ新入生にも数人それっぽいのが居たよ、しばらく調査は必要だろうけど」

「へぇ〜、どんな子達?」

「派手なピンク髪」

「うっそ、マジ? 気合い入ってんね、良かった〜俺は茶髪で」


 俺は自分の前髪を弄って呟いた。


「別に本人達もなりたくてなった訳じゃないだろうからね。君達もだろ?」

「ま、俺はね? 雨乃さんは知らないけど」

「そっちの方も進展はなしかい? 一つ屋根の下だってのに、心の読めるお姫様に随分と苦戦中らしいね」

「恋心の隠し方なら一家言あるぜ俺は」


 心の読めるお姫様とは雨乃の事だ。

 彼女にはまぁ常人では考えられない力がある、それは人の心が読めるのだ。感情、映像、何を考えていて、何を隠しているかまで彼女の前ではお見通し。

 故に、月夜先輩は雨乃のことを『心の読めるお姫様』と呼んでからかっている、そして雨乃はそんな先輩が嫌いである。


「君らの能力の事も、早いとこ解明したいんだけどねぇ」

「能力じゃねーよ」

「おっとそうだった、悪いね。君らの病気……症状だったね」


 俺や雨乃が持っている力を俺達は能力とは呼ばない。

 能力というのは本人にメリットをもたらすものである、だが俺も雨乃もコレに目覚めてからメリットよりもデメリットの方に苦しめられている。現に、俺達はこの力に目覚めた時に生死の境をさまよっている。

 だから、能力ではなく病気……そしてそれに伴う症状が俺達の持ってる不思議な何かだ。


「アレ、でもなんで髪の毛で判別してんだっけ?」

「随分と前に教えたろ」

「いやぁ、俺の脳味噌は全部雨乃で埋まってるから」

「なのに報われないとは悲しいねぇ」

「ぶっ飛ばすぞコノヤロウ!」

「はいはい、じゃあおさらいしとこうかな。一年の子らが症状持ちだった場合、君達にも動いてもらうから」


 そう言いながら月夜先輩はホワイトボードに何かを書き込んでいく。

 早乙女 月夜(さおとめ つきよ)、彼の正体を俺達は知らない。

 彼と出会ったのは去年の春、色々と一悶着があり結果的に俺達は化学部に入部したが彼の本当の目的はまだ知らない。

 何故、彼が俺達のような症状持ちを集めているのか、その何が目的なのか……まぁだが一先ずは遠ざけるよりも身近に居た方が得るメリットも大きい。もしかすると雨乃の症状を治すキッカケにもなるかもしれない、そう思える程には彼は真剣に『病気』を解明しようとしている。


「さて、まずは何故僕が髪色で症状持ちかどうかを判別しているかだけれど。まず、症状持ちには親と子の関係がある」

「へぇー」

「もう2、3回くらい君には説明してるんだけどな! まぁいい話を戻そう」


 彼はホワイトボードに親と子と書いて、雨乃と俺の名前をその下に書き込んだ。


「まず、親に症状が発症すると連鎖的にその時一番親しい者に症状が伝染する。伝染した症状持ちは子となり、髪色に変化が表れる」


 俺と雨乃の場合は親が雨乃で子が俺、雨乃が心を読めるようになった後少しして俺にも症状が生まれた、俺のは雨乃のとは違い全くもって日常的には使い物にならないゴミだ。


「症状は脳に宿っていると考えられる、その結果感染した子の症状持ちには激しい痛みが襲い髪色が根本から変わる。君の場合は茶色にね」


 なぜ髪色が変わるかまでは流石の月夜先輩でも不明らしいが彼が立てた予測としては脳に未知の負荷が加わることで起こるショック症状の様なもの……と考えられるそうだ。


「そして、症状にはいくつかのデメリットがある。雨乃ちゃんの場合は君以外の人間の読心は五分と持たないだったね?」

「五分以上続けようと思えばできますよ、鼻血ボタボタ垂れますけど」


 親と子の関係のせいか、雨乃はデメリット無しで俺の思考を読む際は24時間365日自由に覗き見できるのだ、故に思春期男子的な思考もたまにバレる。


「くぅ、なんて厄介な症状なんだ! これでは雨乃であられもない妄想もできやしない!」

「最低だな君は、とっとと告白してしまえばいいのに」

「シャラップ! 自分は茜さんと上手くいってるからって! いいですか!? 俺と雨乃は幼馴染でひとつ屋根の下なんですよ! 振られたらクッッソ気まずいだろうが!」

「うるさいし熱量がすごい」


 興奮気味に月夜先輩に詰め寄ると彼は心底鬱陶しそうな顔をして俺から距離を取った。


「というわけで今年の新入生の中にも高校生には似つかわしくない派手な髪色の生徒がチラホラ」

「んで、一番可能性が高いのがピンク髪?」

「そ、双子だよ双子」

「げっ……双子かよ」

「双子に何か嫌な思い出でもあるのかい?」

「上の姉貴が双子なんだよ、それはまぁおっかねぇ悪の化身だ。故に俺は宗教上の理由で双子は苦手なの」

「なんの宗教だなんの」


 俺が崇拝する神は雨乃ちゃんただ1人だ、可愛くて可憐で天使のような笑顔を向けられればたちまち昇天してしまう。まぁ、そんな笑顔めったに見れないんだけれど。


「で、双子のどっちがピンクなの?」

「二人ともだよ、恐らくは片方は染めてるんだろうね」

「ほーん、姉妹仲よくって素敵だねぇ。んで、何すりゃいいの」

「平和的に話を聞きたいところだけど、症状持ちってのは基本的に他者に踏み入られるのを酷く嫌うからね。去年の君らみたいに」

「なんかあったけ? 忘れちまった」

「君が僕をぶん殴った事だよ!」

「仕掛けてきたのは先輩の手先である茜さんの手先の南雲だろうが! 正当防衛だ! だがこれ以上は俺の立場が悪くなりそうなのでお暇します! コーヒーごち!」


 一息にコーヒーを飲み干してから足早に部室を去ろうとする俺の背中に月夜先輩が声をかけた。


「近いうち、全員に集まってもらう予定だから雨乃ちゃん達によろしく言っといてよ」

「えー、雨乃さん月夜先輩嫌ってるしなぁ」

「そういうの本人に言わないで、傷つくから」


 ケラケラと笑いながら俺は科学準備室を後にする、ポケットのスマホで時刻を見るとまだホームルームまでは余裕がある。双子の症状持ちを抑えるにあたって去年のような暴力沙汰を起こさないように我が部の狂犬君に釘を刺さねばなるまい。

 階段を2回ほど登り、人気のない非常階段へ躍り出る。そこからさらに上に登り、鍵の壊されたドアを開けると高校生だというのに我がもの顔で煙草を吸う男がいた。


「よぉ、南雲」

「ん、なんだ夕陽かおはよう」

「不良のくせして朝から学校来るとは偉いねぇ」

「いやー、卒業出来んのは不味いから偶には朝から来ねぇとな」


 へらへらと笑いながら頬のカサブタをかいて笑う。

 南雲 龍太(なぐも りゅうた)、彼とは高校入学直後に起こった月夜先輩達との事件で知り合い仲良くなった同級生のどうしようもない不良少年である。このご時世に未だに複数人で徒党を組んで動く古き良き不良少年、ここら辺ではちょっと名の知れた喧嘩大好きの蛮族だ。


「お前今なんか失礼なこと考えてた?」

「いや、全くもって考えてない」

「んで、なに朝からわざわざ」

「あー? 昨日俺にボロ負けした雑魚を煽りに来ただけだよ」

「お前言っとくけどね、回線速かったら勝ってたの俺だからねアレ」

「はいはい雑魚乙」

「おい、直接勝負で勝敗決めるか?」

「喧嘩はしません、なぜなら雨乃さんスタンプが7個も溜まっているからね!」


 説明しよう! 雨乃さんスタンプとは俺が何かやらかす度に蓄積するスタンプカードのことである! 十回でそれはもう酷いお仕置が待っていて、現在既に7個も貯まっているのだ! このままじゃまずいね、マジで!


「吸う?」

「吸わない、喫煙は雨乃さんスタンプ2個だから」

「高校生のくせに尻に敷かれてるようで何よりだよ」

「雨乃のおっきくて柔らかい尻に敷かれるなら本望じゃい! 」

「柔らかいって触ったことあんの?」

「いやないけど」

「もうなんか悲しくなっちまったよ俺は」


 喧嘩は雨乃さんスタンプが3つ溜まるが、一方的な暴力なら1個くらいで済ませて貰えないだろうか?


「お、なんだやるか? いいぜ、お前には負け越してるからな、決着つけようか」

「やらねぇって言ってんだろうが! 出てくる作品が違ぇんだよ戦闘狂め、何が楽しいんじゃ喧嘩の!」


 ブーたれながら「んじゃ、なんの用だよ」という南雲、どんだけ喧嘩したいんだコイツ。

 この男のヤバいところは喧嘩が本当に楽しいらしく、負けても勝ってもニコニコしているところだ、もっとこうなんか格闘技とかやればいいのに。


「新入生に症状持ちっぽいのがチラホラ居るらしくてな、近いうち色々やるそうだから釘刺しとこうと思って」

「男? 女?」

「女の子らしい」

「んじゃパース、女の子には優しくするのが古き良き不良少年なんで」

「ま、言うと思ったけどね。一応釘刺しとこうと思って」


 言いながら立ち上がると丁度よくホームルームの予鈴がなった、そろそろ教室に戻らなければ。


「お前も行くだろ?」

「おう、行く行く。ホームルームでて保健室行って夢芽とゲームする」

「何しに学校来てんだか……」


 言いながら扉を開けると雨乃さんが立っていた。

 

「また、悪巧み?」

「……いつからいた訳?」

「雨乃のでっかくて柔らかそうな尻に敷かれるなら本望ってとこ辺りから?」

「なんでよりによってそんな最悪なとこ聞いてんの、ごめんね謝るから打たないで!」

「打たないわよ、手が汚れる」

「やめてよ! そんなバイ菌みたいな扱いやめてよ! 泣いちゃうよ!」

「泣くがいいわ!」


 そう言いながら、どこから取り出したか分からない消臭剤を俺の全身に組まなく吹きかける。


「煙草臭いのよ」

「俺吸ってないよ」

「知ってる、南雲君のでしょ」

「イチャついてるとこ悪いけど俺にも消臭剤貸して」


 タバコを吸い終えた南雲がぬぼっと私の後ろから出現した、雨乃は少し迷ったあと南雲の顔面に消臭剤を吹きかけた。


「ぐわぁ!? 何すんだ伊勢テメェ!」

「雨乃さん!? 俺にも掛かってるんですけど」

「二人して臭いのよ、私の制服に煙草の匂いが着いたらどうしてくれんの」

「夕陽、お前の彼女おっかないのね」

「そうなんだよ南雲、俺の彼女おっかないの」


 舌打ち混じりにもう1発、顔面に消臭剤が飛んできた。ついでに雨乃さんスタンプが1個溜まった。


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