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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1.5

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26話 stab

26話


「いやーそれにしても、その男に協力するなんて正気っすか? やめといた方がいいっすよ」

「旭……! 君は」

「喋りかけんな、いつまで兄貴ズラしてんだよお前ッ!」


 敵意を剥き出しにして旭が月夜先輩に叫ぶ。


「やーん、嫌なとこ夕陽さんに見せちゃったす」

「夕陽……コイツが」

「あぁ、旭だよ最悪だろ」

「おっかねぇ」


 旭は瑛人を見るとウンウン唸っていた。


「あっ、思い出した! 瑛人さんっすね?」

「知ってんの俺の事」

「もちろん! 夕陽さんの腰巾着」

「夕陽、俺あの女嫌い! 顔が良くて乳がデカくても嫌い!」

「判断基準が顔と乳だから変な女に騙されんだよお前は」


 コイツはほんとに学習しない男である、だからモテねぇんだよお前は。


「んで、後ろの何?」

「あぁ、兵隊っす! ほら、ウチか弱い女の子なんで」

「タチ悪ぃもん引き連れてんねぇ」

「夕陽さんと瑛人さんはどうぞお帰りください、ウチの目的はそこのカスです」


 妹に酷い言われ様である。


「旭、僕は君を助ける為に」

「お前の言葉には中身がねぇーんすよ、薄気味の悪い偽善者……そうやって何人苦しめて来たんすか?」

「違うんだ旭!」

「あぁもう、うっさい! やっちゃって!」


 いつもより余裕が無い……というか容赦がない、俺と話している時とは大きな違いだ、旭が俺のことを気に入っているとはいうのはあながち嘘でもないらしい。

 旭の号令一つで兵隊と呼ばれる男たちはこちらに意志のない瞳を向けてきた。


「瑛人、月夜先輩守って逃げろ!」

「お前は!」

「コイツらぶっ飛ばして旭とっ捕まえる!」

「怪我すんなよ!」

「無理な相談だ!」


 判断力が鈍って話にならない月夜先輩は瑛人に任せ、俺は症状をオンにして臨戦態勢を取る。

 人形のような男達は恐らく旭の洗脳下に入っていると見える、その証拠にみな生気のない顔に服装も何もかもバラバラの普通の人達。


「でまきすか? 王子様に罪のない人達を傷つけるなんて」

「ほんっとお前って加害者の癖にそういうことばっか言うよね」


 スーツ姿の会社員の男がまず走ってこっちに突撃してくる。


「ちなみになぁ、できるぜ俺は!」


 振りあがった拳を難なく避けて腹部に蹴りをぶち込む、よろけた男の背後から更に大学生の男達が二人飛び出してきた。避けられない、そう判断を下して攻撃をモロに食らう……だが痛みは今すぐやってこない。直ぐに二人の体制を崩して距離をとった。

 男達は痛みを感じていないのかよろめきながら立ち上がり、直ぐに次の攻撃に移ろうとする。


「痛みを感じない者同士、どっちが勝つんすかね?」

「最悪だぜテメェ!」


 5対1、旭を入れれば6対1だが彼女は動く気配がない、それでも5対1は随分とキツイ。

 もう既に何発かいいのを貰ってる、コチラの攻撃は効いているのか居ないのかよく分からない、埒が明かない。

 作業服を着た男が腰を低くしてタックルの体制に入った、申し訳ないが遠慮なく蹴らせてもらう。


「らッあぁ!」


 適当に蹴りを繰り出すとどうやら顎に入ったようで作業服を着た男は倒れて動かなくなった。


「気絶すりゃ……止まんのね」

「むぅ、流石は夕陽さん一筋縄じゃ行かないっすね……でもでも」


 旭は悪辣に笑うと両手を広げる。


「さらに人数が増えたらどうです?」

「うっそでしょお前!」


 さらに3人追加、1人倒して3人追加は割に合わなすぎる。つーかどんだけ用意周到なんだこの女!

 反応するまもなく一斉に男達に取り囲まれた俺は為す術もなく袋叩き、痛みは無いが最悪の気分だ。


「あははははっ! ボッコボコにして気絶してお持ち帰りっす!」


 7人相手じゃ一人一人気絶させるなんて芸当できやしない、多少喧嘩が強くて痛みを感じないとは言え、この人数差じゃ勝ち目はない。

 どうするか頭を回転させていた時、バイクの排気音が響き渡る。


「……ん? なんすか、この排気音ってうわぁぁぁ!」


 薄暗い公園にバイクのヘッドライトが照射され、排気音がけたたましく響きながら公園内に突入してくる。とっさに回避行動を取る洗脳された男達と俺の間に割って入ったバイク。

 そして、メットを外す見慣れた男。


「間一髪か夕陽?」

「AKIRAかテメェ……助かったよ」


 軽口を叩きながら伸ばされた手を掴み立ち上がる。

 こういう時に頼れる男……我らが南雲龍太が現れた。


「お前いっつもボコボコにされてんね」

「俺は盾だからね、鉾じゃねーの」

「あん? よく分からん。んで、あの女が旭か?」

「そう旭、つーかお前なんで……」


 南雲は俺の言葉に「あー」と言うとスマホを投げた。

 夢唯とのトーク履歴には「龍太、夕陽がやばい。至急迎え」と夢唯からの伝令があった。その下にはご丁寧に今俺たちが居る公園の住所。


「さっすが夢唯、頼りになる」

「たまたま昼寝してたら見たんだとよ、感謝しろ」

「つーかやっぱお前ら出来てんだろ?」

「その話はあと……今は」


 南雲は凶悪な笑顔をむき出しにした。


「喧嘩の時間だ、この前は茜さんに取られて消化不良だったんでな!」

「コイツら洗脳人形は任せる、俺は旭抑える」

「了解、コイツらのコツは?」

「気絶させりゃ止まる、逆に言えば気絶させない限り止まらん、俺みてぇな奴らだ」

「タチ悪ぃな! まぁでもお前とやるよりゃ楽そうだ」


 南雲は肩を回しながら楽しげに、心底楽しげに声を張り上げた。


「かかってこいやぁッッ!」


 そのまま南雲は男達の群れへ突貫する、あっちは南雲に任せていい、俺の仕事は。


「ちょ、ちょいちょい夕陽さん!? 嘘でしょ、ウチ狙うんすか!」

「お前ぶっ飛ばして洗脳解いた方が速いだろ」

「女の子っすよ!」

「雨乃以外はどうでもいいんだよ、俺はッ!」


 つーか男達使って俺のことボッコボコにしてくれたんだ、1発ぐらいぶん殴らせろ!

 俺が走り出すと南雲と戦っていた洗脳人形達は俺を止めようと走り出すが、それを許す南雲ではない。正確に人形達の顎や頭を狙い、その動きを止めていく。

 これで旭を守る奴は一人もいない、とりあえず旭を行動不能にする!

 俺の手が怯える旭に伸びた瞬間、彼女はニヤリと笑って舌を出した。


「甘いっすよ夕陽さーん!」


 俺の伸びた手を掴み、俺の勢いを利用して綺麗にぶん投げる旭。視界がぐるりと回り勢いそのまま公園の砂の上に叩きつけられて息が詰まる。


「ウチ、こう見えても強いんすよ」

「ッ……タチ悪ぃな!」


 すぐさま起き上がって息を整える、痛みは無いがこういう攻撃が何気に一番厄介だ。


「月夜の方にも一体向かわせてます」

「そりゃ残念、三体は差し向けとくべきだったぜ……瑛人に守らせてんだから」

「南雲さんの介入は予想外ですが、私としては月夜殺すのも夕陽さん持って帰るのも同じくらいの最優先事項なんすよ、だから月夜はどうでもいいです」

「お前ら兄妹ってば俺のことなんだと思ってんだよ」


 兄はヒーロー呼ばわり、妹は王子様呼ばわりと来ている、頭の中のお花畑具合はさすが兄妹。


「あんなやつ兄じゃねーっすよ」


 心底不快そうに旭。


「ま、どうでもいいっす! 夕陽さんを私がボコして持ち帰ります」

「南雲はどうすんだ? ありゃつえーぞ?」

「洗脳した夕陽さんと私で戦えば勝てるっすよ、症状も持たないあんな奴」

「舐めてんねーお前、心底ムカつくぜ」


 喋りながら繰り出した蹴りを旭は余裕の表情で躱すと、お返しと言わんばかりに俺の鳩尾に鋭い蹴りが刺さる。


「ッッ……!」

「痛みがないけどキツいっすよね? こういう攻撃」

「対策練ってきてんのかよ」

「そりゃ勿論!」


 身軽な動きで旭は俺に肉薄すると俺の服を掴んだまま足払い、よろめく俺の喉に肘を当てて押し倒そうとしてくる。この女、俺の呼吸潰して気絶させるつもりか。

 真意に気づいた俺は片足で旭の腹を蹴り飛ばして地面を転がる。


「痛ッ! ひっどい夕陽さん、乙女のお腹蹴るなんて」

「人の気道潰そうとした女がよく言うぜ」


 すぐさま体制を整えて突貫する旭、俺は右足を振り上げて回し蹴りの体制を取ると、待ってましたと言わんばかり足を掴まれる。


「これなーんだ」


 悪辣な笑みを浮かべて笑う旭、彼女の手に握られていたのはナイフだった。

 ミスった、本能的にそう思って逃げようとするが、もう遅い。


「お前まさか」


 間抜けな音と共に俺の足に灼熱が宿り……そうして真っ赤な血が流れ出す。

 自分の身体から血が流れる光景はいつ見ても慣れない、痛みが無くても……いや、痛みがない分ゾッとする。


「痛みはなくても足は動かない、機動力を潰されてウチに勝てますか?」


 痛みは無いが右足が上手く動かない、治りはするだろうが今すぐに治るものではない。旭の言う通り、しばらくは跳んだり跳ねたりができそうにもない、機動力が潰された。


「やりやがったな旭……ガキの喧嘩じゃすまねぇぞ」

「まだガキの喧嘩のつもりだったんすか? ウチはね夕陽さん、月夜を殺したいんすよ」


 見誤った……というよりも想像できていなかった。彼女の可愛い顔に騙されて俺は判断を見誤ったのだ。

 敵だと思っていながら、彼女がナイフを使うなんて思っていなかった。


「ふーん、あっそ」


 だが旭もまた想像ができてない。

 南雲龍太という男の出鱈目さに。

 旭が振り返った瞬間、彼女の右頬に南雲のストレートが炸裂した。


「女は殴らねぇ主義だが、刃物持ち出したんなら喧嘩じゃなくて防衛だ。覚悟、出来てんだろうな」


 南雲の背後では旭の操り人形が一人残らず伸びていた。

 俺が旭一人に手こずっている間に南雲は七人を速攻で気絶させたのだ。


「ッ! 南雲龍太ァ!」


 旭はナイフを持ったまま南雲に肉薄するが、残念だが男女ではリーチが違う、旭のナイフが刺さるより速く南雲の蹴りが旭の腹に突き刺さる。


「没収だ」


 旭の手から離れたナイフを奪い取って投げると、嘔吐く旭にボディブロー……威力が強かったのか旭の体はくの字に曲がり地面を転がった。


「やりすぎだ南雲」

「足刺されといてよく言うねお前」


 南雲は溜息を吐きながら旭への追撃を辞めると、俺の方に歩み寄ってくる。


「めっちゃ血出てんじゃん、大丈夫なの?」

「大丈夫に見えるか」

「見えない……痛みはねぇんだろ?」

「あぁ無い、どうせすぐ治る」


 それより今は旭だ……あの女をここで捕まえられれば話が早い。


「南雲、旭を!」

「……時間切れだ、ズラかるぞ夕陽」

「あ? 何言って」

「警察来てる、この状況見られたら俺らが悪者だろ? 逃げるぞ」


 確かに、伸びた男達と嘔吐く女の子……そして不良。この絵面は問答無用で捕まる。

 南雲に肩を借りてバイクの方に歩き出すと旭がよろめきながら起き上がって俺の名を呼んだ。


「夕陽さん……悪いことは言わないっすから月夜と関わるのはやめとくっす」

「人の足刺してよく言うねお前」

「すみません……でも、私は夕陽さんのこと傷つけたくないっす、刺しちゃったけどそれしか無かったていうか」


 妙に歯切れの悪い旭のセリフに引っかかるが南雲に急かされる。公園の近くに赤灯が光っているのが見えた、恐らく誰かが通報したんだろう。


「夕陽さん、また会いましょう」

「二度と会いたくねぇよお前とは」


 南雲のバイクに乗って、俺達は急いで現場を離れた。



 ・・・


 月夜先輩と連絡を取り、南雲のバイクで合流場所に向かうと、そこには瑛人と月夜先輩……それから伸びてる男がいた。


「そっちは? 大丈夫か?」

「おう、何とか気絶させた……つーか南雲来たの?」

「あぁ、夢唯がな」


 そのセリフだけで2人は納得した。


「っ!? おい夕陽、足!」


 血がダラダラと流れる俺の右脚を見ながら瑛人が叫ぶ。


「刺された」

「お前大丈夫なのか!?」

「すぐ治る、それよりだ」


 俺は月夜先輩に言葉を投げる。


「旭はアンタを殺そうとしてる、何があった」

「恐らくは旭は洗脳されてる、今彼女が持つ症状によって」

「どういうことだ?」

「僕の症状を奪い取った犯人が旭に洗脳を施してから、その症状を旭に渡したんだろう……そうとしか考えられない」


 月夜先輩は悲痛な面持ちでそう呟くと俺の足を見て深々と頭を下げた。

 というか症状の譲渡ってなんだ、そんなことできんのか?


「僕の妹がすまない」

「いいよ、死なねぇからこんぐらいじゃ」


 背後では南雲が「いや、状況によっては死ぬだろ」と呟いた。うるさい南雲、南雲うるさい。


「いよいよ笑えなくなってきたな月夜さん」


 南雲が月夜先輩を呼ぶと、彼は深く頷いた。


「あの子の狙いは僕だ、普段は茜と一緒に居るから彼女も中々手が出せないんだろう」


 南雲に簡単に洗脳人形が倒されたところを見るに、茜さん相手では話にならない。つまり今日の襲撃は俺が茜さんから月夜先輩を引き剥がしたために起こった事態とも言える。やはり、俺の行動は裏目裏目に出てしまう、最悪だ。


「つまり、こんな襲撃は早々ないと?」

「確かなことは言えないが、そうだと思うよ。あの子の最優先目標は僕だろうからね、それ以外に手を出すとは思えない」


 旭の最後のセリフを思い出す、彼女は月夜先輩と関わるなと言っていた……俺のことを傷つけたくもないと。

 まぁでも刺されてるんですけどね脚、ガッツリ。


「詳しいことは後日にしようぜ、俺疲れた」


 足刺された以外にも全身くまなくボッコボコである。

 あー、嫌だなぁ明日……くっそ憂鬱だ、絶対昼過ぎから地獄じゃねぇか。

 というかマジで雨乃連れてこなくて良かった、雨乃連れてきてたらと思うとゾッとする。


「てか夕陽お前さ」


 瑛人が俺の足を指さしながら呟く。


「それ、雨乃になんて説明すんの?」


 ズボンには血がべったりと付いている、傷口からは未だダラダラと血が流れていて塞がるまでは少なくとも数時間は掛かりそうだ。


「……誰か泊めて」


 瑛人はニッコリと笑って俺の両肩を掴む。


「大人しく怒られろ」


 あぁ、憂鬱だ……本当に憂鬱だ。

 これ、なんて説明しよう。

 

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