24話 golden week5
「ったく、兄貴め」
雨乃との甘酸っぱい青春模様を致死量まで弄り倒される夕食を終えた。半べそかいた雨乃は部屋に引きこもり、大人共は酒盛りに切り替わった隙を見て俺も離脱した。
月夜先輩との話は明日の夜になった、彼は俺が連絡すると「おっけー、飯でも食べながら話そうか」と軽い反応、恐らく俺が旭と接触しているなど夢にも思っていない。
俺はスマホの画面を操作して南雲に連絡する、大抵は3コール以内に出る暇人の癖に今回は何故か中々でない……何してやがんだあの野郎。
『んだよ』
電話口から不機嫌そうな声がした。
「はよ出ろよ」
『こっちにもお前、用事ってもんがあんだよ』
「暇人が何言ってやがんだ、月夜先輩との件だけど明日になったから都合つけてくれ」
『急だなぁ、明日は夜に相坂の退院祝いが……』
そこで俺は電話口の向こうからする聞き馴染みのある声を聞き逃さなかった。
微かにだが確かに聞こえたのだ、夢唯の『龍太』と南雲を呼ぶ声がッ!
『ッ! おい夕陽違ぇぞ今のは!』
「あっ……ふーん、はいはいそういう」
『ちげぇ、まて弁明させろ!』
「そりゃ出るの遅くなるよな、うんうん。ごめんな邪魔しちゃって、ごゆっくり」
『違ぇって! おいマジで弁明させろ』
「明日もうん、そうだよね相坂の退院祝いがあるよね、うんうん夢唯とか関係ないもんね、分かってるよ」
『そっちはマジだって! 夢唯は違ッ』
一方的に電話を切った、あの野郎……大人の階段を登りやがったのか? しかも俺たちの幼馴染相手に。
許せん、俺が雨乃との青春を妨害されているのに一人でいい思いなぞしやがって。
俺が怒りに震えていると、ドアの方には雨乃が立っていた。
「どったの」
「南雲の野郎、夢唯に手出しやがった」
「うっそマジで!? ちょっと連絡とんなきゃ」
「龍太って呼ぶ声が入ってた、ありゃガチだぞ」
「静音に知らせなきゃ」
「喚く夢唯の姿が目に浮かぶなぁ」
どうせ言語中枢がやられて真っ赤な顔で叫び散らすのだ、あの姿は中々おもろい。
「で、なんの悪巧み?」
「んだよ、話そらせたと思ったのに……聞いてやがったのか」
「南雲君、来れないんでしょ? なら私が行く」
「ダメだ、連れてかねぇ」
「なんでよ! こういう時は私の症状が役に立つでしょ」
「役に立つ……役には立つけど、何があるか分かんねぇとこにお前のこと連れてけねぇよ」
ないとは思うが月夜先輩が敵だった時に俺が雨乃を連れていくのは大きな隙になってしまう。
雨乃を人質に取られでもしたら、俺は為す術が無くなる。そうじゃなくても危険がある場所に彼女を連れてくなんて選択肢は最初からない。
「頼むから言うこと聞いてくれ」
「一人で行く気?」
「瑛人辺りに頼むよ、アイツならなんかあった時に俺の事止められるし……怪我しても微塵も心痛まない」
「最悪な理由ね、瑛人怒るわよ」
いざとなったら盾にもできるしな、南雲の方が頑丈なので本来は南雲が良かったが……こうなりゃ仕方ない、瑛人で妥協しよう。
「また危ないことするんだ」
「しねーよ、約束する」
「守ったことあったっけ?」
「……ない」
「嘘でもあるって言わないところが夕陽らしいと言うかなんと言うか」
雨乃は溜息を吐いて呆れ顔、だが駄々を捏ねない所を見るに納得はしてくれたようだ。
「家が割れてる以上、俺が月夜先輩と話行く間のお前が心配だ、明日は茜さん辺りと飯でも行ってこいよ」
「あら、茜さんは信用してんだ」
「あのゴリラに人間の知能はねぇよ……ってのは冗談として、そういう腹芸みてぇなのを嫌うのが茜さんだ、あの人は純粋に正義感だけで動いてる。信用していい」
「私もそう思う、でもゴリラ云々は報告しとく」
「嫌だ雨乃ちゃん、俺の事殺す気なの!?」
一応は怖いので静音辺りにも連絡しとくか。
本来なら夢唯にも未来観測で雨乃の安全の担保を取りたかったのだが、お楽しみ中じゃ仕方ない。
「なんでそこで自分の身の安全が出てこないの」
「死なねぇ限りはすぐ治る、そもそも死なねぇように出来てるしな俺は」
「本気でそう思ってんのが怖いのよ……夕陽は」
「経験則だよ」
死ぬほどの怪我も次の日にはケロッと治ってる、その分ほんとに死ぬかと思うくらいの揺り戻しは食らっているが。
「無茶しないでね」
「もちろん、俺も雨乃のお仕置よりご褒美が好きだから」
「あっ、そういやスタンプ1個溜まってた……お仕置しなきゃ」
「やぶ蛇!? 嘘だろ、忘れたままでいて!」
雨乃は鼻歌混じりに俺の部屋を出ると、静かに振り返り俺の顔を見つめる。
「お願いだから怪我しないでね」
「分かってるよ。おやすみ雨乃」
「おやすみ、夕陽」
彼女はそう言って名残惜しそに部屋から出ていった。
・・・
翌朝、下の階からの騒々しさで目を開ける。
スマホを確認すれば朝の11時……なんだ? 天斗さんと琴音さんと兄貴はまだ飲んでのか? 流石にないよな、もしやってたらとっくに雨乃がブチ切れそうだし。
欠伸混じりに階段を起きてリビングのドアを開けると、想像以上に最悪な光景。
「んでんで……あっ、ユッヒー起きてきた」
「おはよう夕陽、相変わらずボクより睡眠時間が長くて何よりだよ」
リビングには何故か静音と夢唯が座って兄貴とおしゃべりしていた。
「おはよーさん、なんでいんのお前ら」
「いやいや夕帆君帰ってきてんだから見に来るでしょ、ねー? ユーちゃん」
「年始も見たけどね、あの時は双子魔王も居たからマトモに喋れなかったけど」
「二人ともウチの弟妹が迷惑かけてんなぁ」
俺は溜息なのか欠伸なのかよく分からない息を吐き出してキッチンでせっせと朝食を用意する雨乃に近づいた、朝の挨拶がてら何故このような事になってるのか聞き出せなばならない。
「雨乃おはよう」
「私が起こさなかったのに意外と早く起きてきたわね」
「うるせぇもん、静音が居たから納得したけど」
「んだとユッヒー!」
「うるせぇ、兄貴と喋ってろ……んでこの状況なに」
「グループLINE見てないの?」
「すぐ寝たもん昨日」
雨乃から水を受け取りつつ、スマホのグループを見てみれば通知は99件を超えていた。
内容はくだらない雑談の数々で俺が真相に辿り着くより前に玄関の扉が開く音がして、最後の一人がやってくる。
「パンの配達でーす」
「チャイムぐらい鳴らせ瑛人」
「鍵開けてっから入っていいって言われてんの。ほい、雨乃、焼きたてパン」
「ありがとう瑛人、もうすぐ出来るから座ってて。夕陽も顔洗ってきたら?」
「……腑に落ちねぇけどそうするわ」
朝から騒がしくて敵わない、俺と雨乃の二人きりの優しい朝は何処に消えたのだ?
「おっす! 夕帆君、久々っす!」
「元気にサッカーやってる? 瑛人」
「そりゃもう。つーか、相変わらず夕陽に似てねぇイケメン具合っすね」
すれ違いざまに舐めたことほざく瑛人の後頭部にチョップを入れると、すぐさま蹴りが飛んできた。
「お前顔洗ってきたら血祭りに上げてやる」
「かかってこい、返り討ちにしてやる!」
・・・
それから伊勢家ではあまり見ない人数での騒がしすぎる朝食が始まった。
静音と瑛人がぎゃーぎゃー騒いで俺がそれに乗っかり、兄貴がゲラゲラ笑う。雨乃と夢唯も溜息をつきながら楽しげに微笑んでいた。
どうやら昼前に兄貴が経つ前に、最後に顔を見ておこうと集まった野次馬のようだ。
年始とかにも会ってるのは会っているが、みな我が姉共を恐れてすぐさま帰る。
「いいねぇ夕陽の周りは楽しそうで」
「そればっか言ってんな兄貴、うるせぇだけだよ」
「うるさい筆頭の夕陽がよく言うね……って言っても静かなのはボクと雨乃くらいだけど」
「え、俺も夕陽と同じ枠なの!?」
「ちょ、ユーちゃん!? シーちゃんをこのバカ二人の枠に入れないで!」
「みんなうるさいわよ、まったく」
やっぱりなんだかんだ言っても気心知れた連中と一緒にいる方が楽しいな……その分、今日の晩の月夜先輩が少しばかり憂鬱でもあった。
食事を終え、各々が好きに喋りまくる時間が続いていると兄貴が俺の肩を叩いた。タバコを持っている辺り、付き合えということなのだろう。
「俺未成年なんだけど」
「吸えとは言ってねーよ、ただ付き合えってだけだ」
「寂しいのか?」
「俺にしては騒がしい1日だったからな、急に1人になると寂しくなる。分かるだろ? そういう感覚」
「分かんねーよ、いっつも雨乃が傍にいるし」
玄関の前で兄貴はタバコに火をつけると、紫煙を吐き出しながら笑っていた。
「んでお前、何に巻き込まれてんの」
「誰から聞いた?」
「雨乃だよ」
「すぐ喋んだから雨乃ちゃんは」
俺は幾つかの問題を掻い摘んで兄貴に話した。正直なところ、今日どういうふうに話を進めればいいのか分からないのもあり、兄貴にアドバイスを受けたかったのだ。
「症状とか云々は俺はよく知らねーけど、アレだな」
「ん?」
「その先輩と話すんなら、逃げ道は残してやれ」
「どういうこと?」
「お前は今から人の触れられたくない部分をほじくり返しに行くんだろ?」
「言い方わっる」
まぁでも正解だ、俺はおそらく今から月夜先輩の他人に知られたくないものを白日の元に晒しに行く。
気が重い原因はそれも大いにある。
「そういう時はな、追い詰めちゃダメだ……誰だって追い詰められると変な行動に走る」
「じゃあ聞くなってことか?」
「寄り添ってやるんだよ……お前その人のこと、嫌いじゃねーんだろ?」
「まぁ、そうだな」
「戦いに行くって気持ちで行くと、やっぱどうしても勝とうとしちまう……そうなりゃ逃げ道ってのを塞いじまう」
兄貴は真剣な顔で言葉を続ける。
「だからお前は今日、戦いに行くって気持ちじゃなくて……そうだなぁ、手のかかる先輩の話を聞いてやるって気持ちで行け」
「……よく分かんねーけど分かったよ」
「大丈夫だよ夕陽、お前は俺の弟なんだから」
兄貴はそう言ってデカイ手で俺の頭を掴んで撫でた。
兄貴はよくこうして俺の頭を撫でる、きっといつまでも兄貴の中の俺は小さいガキの頃のままなのだろう。
「さて、楽しかったが……そろそろ行かねぇと」
「荷造りは?」
「荷造りってほど荷物は持ってきてねぇ、もう出れる」
そういや玄関のとこにバッグ置いてあったな、相変わらず用意がいい。
俺は玄関を開けてデカイ声で中の皆を呼んだ。
「あぁ、それと夕陽」
兄貴は俺の顔を見た、本当に今まで見たことの無いくらい真剣な表情で俺を見ていた。
「……」
思わず言葉が詰まる、兄貴の真っ直ぐな目が俺を掴んで離さなかった。
「お前、絶対死ぬなよ」
言われたセリフは当たり前の言葉だった。
んだよ、もったいぶってそれかよ……ちょっとビビって損したわ。
「死なねぇよ、死なねぇように出来てんだ俺は」
「お前……」
言いかけた兄貴の言葉は玄関から飛び出してくる他の連中に邪魔される。気がつけば兄貴はいつもの軽薄そうな笑い顔を浮かべて全員に別れの挨拶をしていた。
「夕帆兄、もう行くの?」
「おう、世話になったな雨乃……弟のこと、よろしく頼む」
「うん、もちろん任せて」
兄貴は最後に俺を見て「お前に言いたいことは、もう大概言ったわ」と気が抜ける事を呟いた。最後、兄貴は何を言いかけていたのか、聞くタイミングを見失ってしまった。
「それじゃあな若人達よ、俺のような大人になるんじゃねーぞー」
兄貴はそんな事を大声で宣うとバイクに跨り、あっという間に見えなくなる。
寂しさを感じさせないように阿呆なことを言って去っていくあたり、兄貴らしいっちゃ兄貴らしい。短い時間だったが兄貴に会えて良かった、本当にそう思った。
皆が家に戻っていく中、俺は瑛人だけ呼び止める。
「んだよ、悪巧みか?」
「おう、手貸せよ」
俺は旭との事などを全て話すと、やっぱり瑛人は呆れ顔を浮かべて俺の頭を軽く叩いた。
「なんでもっと早く言わねぇかな」
「しゃーねーだろ、お前部活で忙しそうだし」
「仲間はずれみたいでムカつく」
「女々しいねお前も」
南雲との悪巧みを瑛人に漏らさなかったのは彼が真面目に部活を頑張り、キチンとした学生生活を謳歌しているからだ。こんな危なっかしい事に巻き込むのは本意ではない。それでも、こういう時に頼れるのは瑛人だけ。
「分かったよ、月夜先輩との所に着いてってやる」
「期待してるぜ肉盾」
「おいこら、本音は隠せよせめて!?」
約束の時間まで後数時間ある、気が重い用事の前にはせめて気心知れた連中とバカ話でもして楽しむ方がいいだろう。俺は瑛人の肩を引っつかんで部屋の中に戻った。




