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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1.5

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23話 caution


 兄貴の買い物に付き合いながら色々な話をした。

 家族の事、将来の事、友達の事、その他諸々くだらないことも。

 兄貴はそのどれも楽しそうに笑いながら聞いていた。


「いいなぁ、お前は楽しそうでよ」

「ん? そうか? 面倒事ばっかだよ」

「雨乃が言うには夕陽から首突っ込んでるって話だけど」

「ま、偶にな。成り行きだよ成り行き」


 楽しいか楽しくないかでいえば、恐らく楽しい。

 充実している毎日と言ってもいい、気の合う友達に面倒見のいい先輩たち、最近出来た可愛い後輩に、それから雨乃。そして時々、スパイスのごとく面倒事の数々。


「後輩庇って殴られたんだろ? 無茶すんね」

「死ぬほど痛かったわ、症状無かったら絶対やってねぇよ」

「ソレがあるから無茶すんのか、無茶するお前だからソレが目覚めたのか、どっちだろうな」

「知らねー、俺としちゃとっとと治してぇもんだけどな」


 俺がそう言うと兄貴は見透かしたように「ほんとか?」と笑う。

 現在は買い物も一段落がつき、街の方のカフェでコーヒータイム。俺たちがたまに行く個人経営のカフェ、カウンターの席で兄貴はコーヒーを飲みながら煙草をふかした。

 その仕草はとても渋くカッコイイ、俺が数年後こうなっているなんて思えない、やはり血の繋がりすら怪しく思えてきた。マジで親父の子か? 親父ですらまだガキっぽいぞ。

 西日が射し込むカフェの店内に人はおらず、俺と兄貴の二人だけ。腰の曲がったカフェのじいさん店主は1人、カウンター内のすみっこに腰をかけて競馬新聞を読んでいる。


「雨乃、心配してたぞ」


 無言の時間がしばらく続き、俺の視線が窓の外に泳いだ瞬間に兄貴が呟いた。その声音は諭すような静かな声音で、俺は思わず眉を顰める。

 始まったと思った。


「お前の生き方に」

「……性分だ」

「自分の傷を顧みないやり方じゃ、いつか大きく道を踏み外す。お前は痛みに強いけど、傷にはどうも疎いらしい」

「兄貴の話は難しくて分かんねーよ」

「傷ついてんのが自分ばっかと思ったら大間違いって事だよ」

「知ってるよ、そんなことは」


 それでも、染み付いたものは未だに抜けてくれる様子もない……積極的に抜く気もなかった。

 俺にはこれしかないのだから、気持ち悪くておぞましい「症状」ですら使い潰さねば雨乃の隣に居られない。


「もう何年経つかね」

「……8年くらい」

「そんな長ぇのか、そりゃあお前もデカくなるし俺も老けるな」


 兄貴はそう言って髭の生えた顎を触った。


「お前の手本に俺はなってやれなかったからなぁ……」


 しみじみと兄貴が言葉を落とした、俺は苦くて重たいコーヒーを啜って外を見た。


「兄貴じゃ手本になれねぇよ、出来が良すぎて」

「そうか? 常々思うがよ、お前が俺より劣ってるなんて考えたことはねぇぞ」

「兄貴は人間出来てっから」

「人間できてたら……まぁいいや」

「んだよ、気になんだろうが」


 物事に含みを持たせない兄貴にしては珍しい、妙な歯切れの悪さが引っかかる。


「いいんだよ、この話は来年くらいで」

「長ぇような短ぇような……」


 そういうのって10年後くらいに語られるものなんじゃないのか? 来年ってなんだ来年って、来年語るなら今聞かせて欲しい。


「ま、無茶すんのも程々にって事だよ俺が言いたいのは」

「分かってるよ、雨乃にも散々言われてる」

「母さんが不味いこと言ってたぜ」

「なんだよ突然」


 嫌な予感が背筋を走った、というか母が俺に対して何かを発言した時点でもう怖い。


「夕陽を連れ戻してもいいんじゃないか……ってな」


 人生最大の無茶トップ2の内の1つ。

 俺が雨乃の隣に居るために両親の転勤を拒否し、1人コチラに残ると言った時は具体的に何時までなのか、期間を設定していなかった。なんなら8年もよく連れ戻されなかったくらいだと思う。

 母さんは「別にいいんじゃない?」ってな感じの放任主義だったのだが、突然の心変わりの理由はなんだろう。


「意外そうな顔してっけどよ、お前の無茶のせいだぞ」

「母さんがそんなんで連れ戻す話するか?」

「お前が母さんにどんなイメージ持ってるかはだいたい想像つくけど。まぁでも、覇王でも人の親ってこった……スナック感覚で大怪我負う息子を心配しねぇ親が何処にいんだよ」

「……返す言葉もねぇよ、一応口止めはしてんだけど」

「あの二人が報告しない訳ないだろ? 親友の子供預かってんだから。お前が無茶やる度にどっちも大変なんだぞ」

「んだよ、説教かよ」

「釈迦に説法だろうがな」


 嫌味なこと言うね兄貴も、俺が1番よく分かってんだろって事だろう?


「中学時代も酷かったが、高校だな。一年前、高校入学早々やらかしたろ」

「クソほど怒られたぞ、天斗さんに」


 入学して一月経たずに二週間の停学処分……だけならまだしも全身傷だらけで骨折までしたもんだから今までないくらいに大説教だった、珍しいことに雨乃まで怒られていたが。

 ちなみに我が両親はと言うと二人揃っての大爆笑、親父なんて電話越しに「流石は俺の息子だ」と言って天斗さんにブチ切れられていた。


「まぁ高校入ってから特に酷いじゃん、お前。この前のやらかしも、天斗さんが母さんに謝ったらしいし、そんで母さんが言い出したんだよ」


 今回の兄貴の来訪の目的はこれか……母さんが派遣した俺に対してのメッセンジャー。

 つまりは警告だ、あと何回かで確実にアウトってこと。


「ぶっちゃけあと何回無茶できる?」

「俺の見立てではあと2回か3回だろうな」

「マジかよ……」


 あと2回、3回の大怪我で連れ戻されるとなると非常に面倒くさい。なんせ、俺にとっちゃ過去最大の面倒事に巻き込まれている最中なのだから。無傷で切り抜けられるビジョンが見えない、この前なんて襲撃されてるし。

 

 とりあえず、この話は雨乃には秘密にしとこうと心に固く誓う。兄貴もわざわざ俺と二人の時にこの話をしたってことは雨乃に言うつもりもないんだろうし。

 重っくるしい溜息を吐きながら、コーヒーを飲もうとカップを取ると兄貴がこちらをジッと見つめてた。


「んだよ、何かついてるか?」

「いや、お前ってまだ雨乃の事好きなの?」

「……っぶねぇ、コーヒー飲んでたら噴き出してた。何言ってんの急に」

「いや、お前ってさ雨乃至上主義みたいな所あるじゃん?」

「いやあるじゃん?って言われても、なんだよ雨乃至上主義って」


 いやまぁでも確かにそうだな、俺は雨乃至上主義だな。


「お前のソレって恋なの? なんなの?」

「よくもまぁ小っ恥ずかしいことを言うね兄貴、耳の先まで真っ赤になっちまいそうだわ」

「小っ恥ずかしいか? 誰かを好きになることって」

「それを実の兄貴とすんのが小っ恥ずかしいの!」


 兄貴は昔から、なんて言うか余白がないのだ。

 その辺も俺とは真逆である。何するにしてもド直球、この男にはそういう機微みたいなもんがない。


「つーか好きだよ、悪いか」

「悪かねぇよ、悪かねぇけど……好きならもっと大事にするこったな」

「何をだよ」

「痛みをだよ」


 兄貴は伝票を持って席を立つとうたた寝していた店主に声をかけた。

 支払いをしながら、兄貴はコチラも見らずに独り言る。


「なんでも明日に回してりゃ、いつか追いつかなくなるぞ夕陽」


 投げられたヘルメットを受け取りながら、俺は兄貴の言葉に舌打ちをした。

 耳が痛い、返す言葉もない、一周まわって逆ギレかましたい気分だ。姉貴共が兄貴を苦手に感じる所はここだろう、余白がない男はいつだって見たくない自分自身を突きつけてくるのだ。


「悪かったな出来の悪い弟でよ」


 八つ当たりのように呟いた言葉にバイクのエンジンを掛けながら、兄貴が排気音に紛れるようにして言った言葉を俺は聞き逃さなかった。

 兄貴は寂しそうに呟いた。


「俺だって、お前とは兄弟喧嘩の1つもしてやれねぇ……出来の悪い兄貴だよ」


 ・・・


「どったの、暗い顔して」


 家に帰るなり、兄貴は天斗さんと琴音さんに熱烈な歓迎を受けていた。俺はすこしばかり1人になりたくて部屋に戻ったのだが、俺の様子の変化は見逃さない雨乃が部屋の中まで着いてきた。

 俺が床に腰掛けると、彼女は俺の背後のベッドに座り、上から子供のような幼い声を出した。


「あっ、分かっちゃった。夕帆兄に説教されて不貞腐れてるんだ、子供だなぁ」

「うるへー」


 雨乃はニヤニヤしながら俺の頭をポンポンと叩く。


「反省した?」

「いんや欠片も」


 雨乃はノータイムの俺の返しにイラッとしたのか、頭を叩く威力が上がった。


「んで、本当はなんで暗い顔してんの」

「読んだのか?」

「読んでないから聞いてんの」


 だとしたら最早エスパーの域だろう、どうして分かったのだろうか。


「なんで分かるの」

「なんでも分かるの、アンタの事は。何年の付き合いだと思ってんのよ。ほら、聞いたげるから話してみなさい」

「兄貴がよ言うんだよ「兄弟喧嘩の1つもしてやれねぇ、出来の悪い兄貴だ」ってよ」


 雨乃はその言葉を聞いても何も言わなかった。

 ちゃんと言いたいことを全部話せという雰囲気を感じた俺は、らしくもなく自身の整理のついてないことまで話してしまう。


「よく分かんねぇ感情だ、どうしたらいいかも分かんねぇ」

「夕陽は夕帆兄と喧嘩したかったの?」

「どうだろ、別にかな……でも、俺は家族のことあんまし知らねぇなのかと思ってさ」


 当然だ、一緒に暮らしていないのだから。

 家族だという意識はある、それでも姉も兄も父も母も……もしかしたら上手く輪郭が掴めていないのかもしれない、柄にもなくそう思った。


「それはね夕陽」


 背後の雨乃が静かに俺を抱きしめた。

 突然の密着に脳みそが緊急警報を発令する、大パニックだ、パニックすぎて言葉が出ない。

 おいおいおい、なになになに、なにがあったの雨乃さん!?


「私のせいだから、夕陽のせいじゃないんだよ」


 雨乃の優しい声音が脳内に響く。

 途端に俺は彼女がふざけている訳じゃないと理解して冷静さを取り戻した。


「私が夕陽を家族から引き裂いたんだから、私が夕陽に謝らなきゃいけないの」

「……お前のせいじゃねーよ、選んだのは俺だ」

「違うよ、選ばせたんだよ私が」


 悔いるような声だった、暖かくて重たくて、どうしようもない悔恨が秘められていた。


「夕陽は優しいから、誰よりも優しい人だから」


 彼女の顔がすぐ近くにあるのがわかる、彼女の優しい心音が後頭部を経由して伝わってくる。


「寂しい思いさせちゃった」

「俺、寂しいのか?」

「そういう感情は寂しいってやつだよ」


 馬鹿な男だ、自分の感情すら自分で理解できずに雨乃に教えてもらうなんて。


「夕陽、後悔してる? あの時のこと」

「本気で雨乃がそんなこと言ってんなら、見たことねぇぐらいキレ散らかすからな今から」

「今のは私が悪かった」

「分かりゃいい」

「なーんで上からなの発言が、下のくせに」


 今ナチュラルに俺のこと下扱いしたね雨乃さん。


「夕陽には酷い話だけどさ、私後悔してないんだよ」

「……」

「夕陽のおかげで今の私があるんだから」


 その言葉に胸が痛んだ。

 そんな言葉を掛けてもらう資格なんて無い、一番近くで彼女を傷つけて来たのが俺なのだから。

 

 俺が彼女に想いを告げられない理由はここにある。

 その資格がないから、この関係性のまま終わらせたいのだ……進展など望める身分ではない。

 もとより、高校を卒業したらこの家から出る気ではあったのだ。だけど、せめてそれまではこの家で彼女と一緒に居たい、身勝手で臆病で最低だ。

 心に渦巻く感情をどうにかしたくて、迷いながらそっと彼女の腕に指を添える、暖かくて思わず涙が出そうになる。何にも悲しいことなんてないのに。


「夕陽……!」

「勝手に触って悪かったけど、しばらくこのままがいい」

「いや、あのね、ちがくて」

「なにが?」

「いいんだけど、良くないって言うか……ドアの方見てっ!」


 視線を上げるとドアの隙間から琴音さんが覗いていた。


「……」

「……」

「いいのよ、続けて」

「できるかぁっ!」


 ニヤニヤしながら続きを促す琴音さんに思わず本気のツッコミが飛び出した。

 この状況ですら死ぬほど気まずいのに、親目の前にしてできるわけが無い!


「天斗さーん! 夕帆くーん! 外にご飯食べいこっか」

「待ってお母さん違う! そういうんじゃない!」

「こらー、琴音。見守ろうって言ったじゃないか、ダメだよ若い子の邪魔したら」


 慌てて琴音さんを追う雨乃、そしてドアの奥からは天斗さんの声もしていた……両親揃って見学とは恐れ入った、解釈は不要だ、潔く切腹するぞ俺は。

 雨乃達と入れ替わりで俺の部屋には兄貴が入室してくる、特大にニヤつきながら。さては兄貴も覗いてやがったのか。


「やんじゃーん夕陽〜」

「兄貴、ナイフある? 腹を切ろうと思うんだ」

「母さんに報告しねぇとな」

「やめてくれ、後生だから」

「ちなみに下2人にはもうした」

「クソ兄貴テメェ! おぉいいぜ、やってやろうじゃねぇか! 生まれて初めての兄弟喧嘩ってやつをよ!」


 やめて! これ以上俺と雨乃の甘酸っぱい青春を他所に広めないで! ただでさえ雨乃の両親に生暖かい目で見守られてた事実がキッついのに!

 その日、伊勢家には俺と雨乃の絶叫が響き渡っていた。


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