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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1.5

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22話 golden week4


「うるせぇよッッ! 雨乃の願いを叶えんのが俺の役目だ、それだけでいいんだよッ!」

 

 夢を見ている、こういう時は何故だか理屈ではなく感覚で理解できる。

 いつかの自分が額から血を流しながら叫んでいた。

 その光景に覚えはある、今から約一年と少し前に起こった月夜先輩達との出会いをキッカケにした事件。

 

 幾つもの場面が目まぐるし回り続ける。


「わ、私は夕陽にただ……」


 雨乃が静かに泣いていた。


「僕はね、夕陽君。君と出会ったことを偶然だとは思えないんだよ」


 口調とは裏腹に悲痛な面持ちで月夜先輩が俺を見ていた。


「紅星夕陽ィ! 分かってるはずだッ! お前のやり方じゃいつか行き止まりが来るってことは!」


 茜さんが拳を振り上げながら叫んでいた。

 

 随分と懐かしい光景の数々が流れる頭の中の小さな劇場。俺はどうする訳でもなく、ただその光景を見続けていた。ただ見るだけならば、コーラとポップコーンが欲しいところだ。


 恐らく、昨日雨乃が倒れた事と旭の言葉がトリガーになってこの夢を見ているのだろう。

 問題は何故、今これを思い出しているのかということ、一年前の事件に何かが隠されているのだろうか。

 もう少しで答えが見つかりそうな所だったが、どうやらタイムアップ。

 誰かが俺を呼んでいるのが何となく分かる。


『きて……夕……起き……』


 もう少し待ってくれ、そう思いながら俺の意識は明転。


 ・・・


「起きた?」


 目を開けると視界に飛び込んできたのは雨乃の呆れたような顔。

 

「おあよ、いまなんじ」

「もう12時、ぐっすり寝てたから起こすの後回しにしたらこんな時間まで寝てるんだもん」

「俺は赤ん坊の次に眠る生物なんだよ」

「起きて一発目でよく軽口が叩けるよね、素直に凄いわ」


 何か大事な夢を見ていた気がするが、やっぱり思い出せない。昔から、夢の記憶が起きた時に残っていた経験があまりないのだ。


「魘されてたけど……どーせ覚えてないんでしょ?」

「うん、覚えてない」

「いいわね馬鹿って生きやすそうで」

「雨乃もたまには馬鹿になれば?」

「嫌よ。ほら、顔洗って朝……もう昼ね。昼ご飯食べよ」

「あいあい」


 のそのそとベッドから這い出て立ち上がる。

 雨乃にしては珍しくこの時間までの睡眠を許してくれるとは意外だ、いつもなら10時には叩き起されているのだが。

 顔を洗っても、鍋底にこびり付いたコゲのように眠気が身体が落ちない。眠気も明日に遅延させられたら便利なんだけどなぁ。


「あらためておはよう、雨乃」


 リビングの扉を開けながら呟くと、雨乃も微笑みながら「おはよう」と返した。

 テーブルを見ると食卓には何故か三人分の食事が並んでいて、俺は首を傾げた。

 天斗さんか琴音さんでも居るのだろうか?


「おはよう、愚弟。あんまし雨乃に迷惑かけんなよ」


 疑問を口に出すより先に頭の上を無遠慮に掻き回すゴツイ手が、この家に誰が来ていたのかを告げていた。


「兄貴! もう来てたのか!」

「いいねぇお前、毎朝可愛い幼馴染に起こしてもらって。どこのラブコメ主人公だよ」


 振り返るといつも通りに軽薄そうな顔で笑う男。

 紅星 夕帆……我が家の唯一の良心にして顔・頭脳・運動神経・コミュニケーション能力全て揃った完璧超人、我が兄がやってきていた。


「羨ましいのかよ、20も超えて」

「男の子の夢だろう?」

「やめてよ夕帆兄、夕陽が調子乗るから」


「悪い悪い」と呟いて兄貴は食卓に着いた。

 最後に兄貴と会ったのは確か半年ほど前、紅星家総出で新年の挨拶に来た時だ。


「とりあえず、話はご飯食べながらしましょ」


 雨乃の言葉に同意して俺も席に着き、三人揃って手を合わせ、珍しい顔ぶれでの昼食が始まった。


「雨乃の飯はほんとに美味いなぁ、羨ましいぜ夕陽」

「どうも、口にあったようで何よりよ」

「そうだろ兄貴、俺もう実家で飯食えねぇよ」

「言ってやんな父さんが泣くぞ」


 我が家の料理当番は父だ、母は絶望的なまでに料理が下手くそで姉二人はやる気がない。兄貴が実家に住んでいた時は兄貴と父の二人でやっていたらしいが、雨乃の飯に勝てるとは思えない。

 俺の胃袋と味覚は既に雨乃に掌握されている。


「てか、なんで急にこっちきたの?」


 雨乃が兄貴に問いかけた。そういやそうだな、俺もなんで来るか聞いてねぇや。

 

「あー、旅だよ旅。バイクで色々回ってんの」

「んだ兄貴、就職したんじゃねーのか? クビ……はねぇな兄貴だから、辞めたの?」

「いやちゃんと働いてるよ。仕事柄、割と自由が効くんでね。時間見つけてはこうしてバイク乗ってあっちこっち行ってんのさ」

「あれ? そういえば夕帆兄って何の仕事に就いたの?」

「そう言われて見りゃ聞いてねぇな、年始にこっちに来た時言ってねぇだろ兄貴」


 俺がそう言うと兄貴は呆れたような顔をしながら「言ったよ」と呟いて笑う。


「俺の就職話よりインパクトのあることしかなかったろ、年始は」

「あぁ……確かに」

「そうね、酷かったわね毎年だけど」


 紅星家は年末に必ず伊勢家を訪れ、両家揃い踏みでどんちゃん騒ぎが毎年の恒例行事なのだが、あまりにも毎年めちゃくちゃすぎるので、すっかり記憶から消えていたようだ。


「んで、何してんの兄貴」

「世界の平和を守ってんの」

「兄貴の場合、あながち嘘でも無さそうなのが怖いところだな」

「弟からの評価が異様に高くて嬉しい限りだよ。ま、普通の会社員だよ会社員。スーツ着て出社が極端に少ないだけで」

「いいわね、その仕事」


 確かにいいなぁ、その分だけ色々できるというのは兄貴が自身で証明してるし。


「2人は? 将来の事とか考えてんの?」

「ま、一応は……」

「いんや全く」


 妙に歯切れの悪い雨乃とは対照的に、俺は微塵も何も考えていない。

 だって今考えなきゃいけないことが多すぎるし、雨乃との関係性とか月夜先輩とか旭とか。


「夕陽はちょっとは夕帆兄を見習いなさい」

「兄貴見習っても何にもなんねーよ、完璧超人なんだから」

「確かにそうね、夕帆兄は夕陽と双子を生贄にしてるから」

「ウチの弟妹すんげぇ言われよう」


 確かに言われてみると納得だ、兄貴は俺達三人に人間としてダメな部分を押し付けて誕生したと言われても微塵も違和感がない。


「つーか双子魔王は元気?」

「あぁ元気元気、昨日も連絡とったぞ。雨乃の家に泊まるって言ったら伝言預かった」

「ストップ夕帆兄、聞きたくないから言わないで」

「やめろ兄貴喋るな、聞いたら呪われるタイプの伝言だソレは」


 兄貴はそんな俺達の抗議も華麗にスルーし、絶妙に似てるモノマネを繰り出す。


「「私らも、もう少ししたらそっち遊び行くから、よろしくね〜!」って夕莉(ゆうり)が言ってた」

「夕陽、何とかして」

「無理です」

「「4日くらいお世話になるよ〜ん」って夕菜(ゆうな)も言ってた」

「夕陽ッ! アンタの姉でしょ何とかして!」

「無理だ、逃げよう雨乃」


 夕莉と夕菜……兄貴が我が家の良心だとすれば、奴ら二人は我が家の悪心そのものである。


「これから私達はあの二人の襲来に怯えながら生活するのよ……」

「やめろぉ! 気が滅入ること言うんじゃねぇ! 兄貴頼む、なんでもするから何とかしてくれ!」

「うーん、アイツら俺の言うこと聞かないからなぁ」


 というか基本的に誰の言うことも聞かない二人組だ。

 言うことを聞かせられるとしたら母か、怒った兄貴のみなのだが、兄貴が怒った所は一度しか見たことがない。

 兄貴は基本的に聖人かと思うほど温厚で、滅多なことでは怒らないのだ。


「紅星家、恐ろしいよね。上から聖人、魔王、星人だもん」

「雨乃、一応聞くけど星人って兄貴の方の聖人だよね? イントネーション微妙に違かったけど」

「いや、バカの星の人って意味よ」

「夕陽はこの星に収まる器じゃないってこったろ? な、夕陽」

「見なさい夕陽、これが聖人よ」

「ギャッ! 目が灼けるッ!」

「魔物かアンタは」


 兄貴から漂う神々しいオーラに目が焼かれる、俺もどっちかといえば双子魔王側の人間なのかもしれない。


「こんな出来た兄貴がいるなんて大変ね」

「だよね、実家で暮らしてたら嫉妬と劣等感で狂ってたかもしんない」

「二人共昔っから俺の評価異様に高いよね、なんで」

「というか昔から兄貴を知ってる人なら皆そんなもんじゃね?」


 幼馴染連中も同意するだろうし、兄貴に苦手意識のある姉二人もその点においては反論の余地がないだろう。


「母さんには「出来が良すぎて面白くない」って言われたぞこの前」

「我が親ながらだいぶ酷いな」

「父さんは胸張ってたけどな「俺の息子なんだからそりゃそうでしょ」って」

「俺、兄貴ってば父さんの子じゃねぇと思う」

「顔はともかく夕陽と性格似てないもんね、夕帆兄」


 俺の軽口に珍しく雨乃が乗っかってくる。

 すると兄貴はケラケラと笑いながら方手を振った。

 

「大丈夫だ、遺伝子調べたけどキチンと父さんの子だった」

「誰が調べたのそんなこと!?」


 俺が雨乃の家で楽しく暮らしいる間に我が家ではすんごいことが起こってた、なんでそんなことになってんだ。


「夕菜と夕莉」


 兄貴は心底面白そうに笑っていたがギリギリ笑えない気がするぞ。つーか、あの姉共……これでマジで兄貴が父さんの子じゃなかったら地獄だったぞ。


「あの二人、とんでも無いわね」

「我が姉ながらイカれててドン引きだよ。よかったぁ〜、俺この家で暮らしてて」


 もし父さんの転勤の時に家族に着いて行ってたら、兄の出来の良さに脳が壊され、姉二人に精神を叩きおられるという最悪の事態が待っていたと思うとゾッとする。

 俺がすくすく精神的にも肉体的にも健康に育ったのは、全て伊勢家のおかげだ。


「分かりにくいだけで、あの二人はちゃんとお前のこと好きなんだから、そんなふうに言ってやんなよ」

「もし仮に兄貴の言う通りだったとしても、アレはもう分かりにくとかじゃない。ちょっと頑丈な玩具だと思われてるぞ俺」

「昨今は姉萌えとかいうジャンルがあるんだろ? 旅先で知り合ったオッサンが言ってたぞ、大抵の事は萌えれば何とかなるって」

「姉は姉でも萌える方じゃねぇだろあの二人、何もかも燃やす方だよ」

「そういえば昔、ロケット花火で燃やされかけわね」


 小学生時代、ロケット花火をコチラにビュンビュン飛ばしてくる姉二人に追いかけられた記憶が蘇る。確か、俺だけじゃなく幼馴染5人揃って。


「ははははは、アイツらそんなことしてんの? ひっどいなぁ」

「笑いごっちゃねぇぞ兄貴、そのせいで静音なんてロケット花火トラウマになってんだからな」

「他のみんなは? 元気にやってる?」

「やってるよ、うるせぇぐらいだ。な、雨乃?」

「一番うっさいのは夕陽だけどね」


 昼飯を食いながら雑談していると気がつけばあっという間に一時間が経っていた。

 思い出話やら色々、話すネタは尽きない。


「つーか兄貴来たんなら、なんで俺のことすぐ起こさなかったんだよ雨乃」

「それはね……」


 雨乃は目を背けて止まる。おいなんだやめろ、まさか雨乃さんってば兄貴に惚れてるとか……


「アンタの半年間のやらかしを説明してたのよ」


 雨乃がニヤリと笑ってそう言った、まるで先生に悪事の密告をするかの如き幼い顔、少女らしい顔をするのも珍しい。

 でもよかったぁ、兄貴のこと好きとかじゃなくて。逆立ちしたって勝てる気しねぇもんな、最早殺すしかなくなる。


「お前凄いね夕陽……止まらなかったぞ雨乃、お前の話で」

「何言ったのぉ雨乃さん」

「怒られなさい、私が言っても聞かないんだから」

「愛されてんねぇ夕陽ってば」

「そんなんじゃない! やめてよ夕帆兄!」


 雨乃は恥ずかしそうに叫ぶと食器をもって洗い場に行く。


「夕帆兄、買い物行くって言ってたから夕陽もついて行きなよ」

「いいけど雨乃も来れば? てか行くにしても、洗い物はしてくよ」

「いいからいいから、折角なんだから兄弟水入らずで過ごして来なさい」

「分かったから押すなってば」


 俺が洗い場に行こうとするも雨乃に押し返されて近ずけない。なんだか珍しく俺に気を使っているようだった。


「そんでたっぷり怒られてきなさい」


 んだよ、そっちが本命か。


「んじゃ、悪いけど夕陽借りてくぜ」

「返さなくていいから」

「絶対帰ってくるぞ、どこに捨てられようがお前の傍に帰ってくるぞ俺は」

「呪いの人形かアンタは」


 酷いなぁ、相変わらず。


「今日はお父さんとお母さんも珍しく帰ってくるって言ってたから、晩御飯期待しときなさい」

「やったぁ! 兄貴、とっとと行こうぜ」

「元気だねぇ、夕陽は」


 簡単に着替えを済ませ、兄貴に投げられたヘルメットを受け取ってバイクの後ろに腰掛ける。


「んじゃ、しっかり捕まってろよ夕陽!」

「了解だぜ兄貴!」


 久しぶりの兄弟水入らずの時間はバイクの軽快な排気音と風を切る感覚と共に始まった。



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