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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
2/15

1話 good morning!

ジリリリリリッと買ってこの方まったくもって起床の役にたっていない目覚まし時計が耳元で鳴り響く。

 少しづつ甘い夢から現実に引き戻される不快感と喪失感に舌打ちをする元気もない。目を瞑ったまま枕元の目覚まし時計を乱雑にぶん殴ると今際の際の遺言のように「ズィリッ」と短い音を立てて永眠した。

 

 あぁ、目覚まし時計……君の健心は忘れないよ。

 このままもう一度甘い夢の中に飛び込むのだッ! と硬い決意を指先に込めて毛布を握りこむ。

 俺が生涯をかけて愛するのはきっとこのフワフワの毛布だと決まっていたのだ!


「決まってねーよ!」

「グェッ!」


 突如、腹部に衝撃。

 思わず先程の目覚まし時計の断末魔を思い出させるような声を上げながら目を開けると、実に不機嫌そうにコチラを見下ろす幼馴染と目が合った。

 そして、俺は彼女の目を見つめたまま顔を覆うようにして毛布を上にあげた。


「寝ています」

「起きてたじゃん」

「寝させてください」

「起きろつってんの」

「起きたくない!」

「永眠しろ!」

「グェッッッ!」


 寝起きに二発目をぶち込んでくるとは容赦のない女である。彼女は悶える俺を放置して「せいやっ!」と可愛らしい掛け声と共に俺の毛布を奪い取った。


「くそ! さみぃだろうが! 返っ……」

「あーら、朝っぱらからそんなに叫べるなんてすっかり目は覚めたようで何よりだわ」


 叫ぶ俺の顔面に彼女の足裏が激突した。

 痛みは無いがひんやりとした感触が鼻から顔につたわり「あぁ、もう春先なのに寒いんだなぁ」なんて凡庸な感想を浮かべた。


「そんなに冷たくないでしょ」

「雨乃の心くらい冷たいね」

「あら、じゃあアンタの顔が焼け爛れるくらい熱いはずよ、怒りで」

「はい、起きます、負けでいいです俺の」


 今日は負けと言うことにしといてやろう、これ以上怒らせてもメリットはない。


「今日は? 今日も……の間違いでしょ?」

「人の独白に一々ツッコミいれないで、いいの? 朝から雨乃の脳内にそれはもうすんごい妄想送り付けるけど」

「……さっさと顔洗って来なさい、朝ごはんよ」


 どうやら俺の勝ちである。


「おはよう、雨乃」

「おはよう、夕陽。朝食が冷めるわ、パッパと行動して」

「それもいいけど二度寝しよ、二度寝! 添い寝でな!」

「……」


 心底ゴミを見る目と舌打ちが飛んできた、朝からかなりハードなプレイだ、俺じゃなきゃ心が折れてる。


「無視はやめてよ無視は、いいの? 泣いちゃうよ? 朝っぱらから男のガチ泣き見たい訳?」

「ばーか」


 呟いてパタパタと可愛らしい足音を立てながら部屋を出ていく雨乃。

 そんな彼女の最後まで可愛さたっぷりなお菓子的魅力に脳ミソは完璧に活動を始め、否応なしにも朝の支度を迫られていることを自覚して、俺は朝っぱらから深い溜息を吐いた。

 こうやってぐじぐじうじうじベッドの上でもがいていても時間というのは不可逆であるため戻りはしない、至極めんどくさい。

 だが朝食が冷めたとなると雨乃の怒りは朝から超天に昇るだろう、お仕置も視野に入れる羽目になる。

 雨乃のお仕置(ご褒美)と雨乃の精神衛生のふたつを天秤にかけた結果、私はもう一度深い溜息を吐きながら制服に着替えた。

 

 階段を降りてリビングを横切るとご機嫌に朝食の準備をする雨乃の後ろ姿が見える。ご機嫌に腰を振りながら鼻歌を歌う姿は国宝といっても差し支えなく、今すぐ後ろから抱きしめたい気分に駆られるが……そんなことをすると本当に後が怖いので辞めることにした。


「懸命な判断ね」

「そりゃどーも!」


 リビングから聞こえる脅迫をいつものように軽くいなして、私は寝ぼけた顔を冷水で濡らした。ついでに寝癖が酷い髪の毛を整えてワックスとスプレーで髪を固めると鏡の前でにっこり笑う。


「うーん、今日もかっこいい」

「馬鹿やってないで早く来て、せっかくの朝食が冷める」

「今日も今日とてかっちょいい幼馴染に何か一言、お褒めの言葉があってもいいのでは? 今日も可愛いね雨乃、結婚する???」

「……はぁ、何発殴ればマトモになるかな」

「はい、俺が悪かったです。馬鹿ですみません」

 

 いつものようなアホな茶番で彼女のSAN値を削ってやると、耳を引っ張られる手痛いお仕置が来た。ドMで良かったと心底思う。


「独白を利用して私に精神攻撃を仕掛けるな」

「今日も朝から過激なお仕置で嬉しいよ」

「あぁ神様、本当に私の幼馴染をまともにしてください」

「……頼むから変な宗教とかハマらないでね」

「誰のせいだ誰の」


 テーブルに着くと美味しそうなハムエッグとトースト、そしてブロッコリーの乗ったサラダ。


「コーヒー飲む?」

「飲むー」


 そう言うと彼女はいつものようにマグカップを用意して、なんの確認もなく砂糖を2つと少しのミルクを入れて混ぜた。


「ねぇねぇ雨乃さん」

「なーに夕陽さん」

「俺の皿だけブロッコリー多くない? 気の所為?」

「気の所為気の所為」

「嘘つけお前コノヤロウ! 俺のサラダだけブロッコリーが3つも多いだろうが!」

「あぁん? 朝からお前のために準備した朝食に文句つけるな夕食もブロッコリー祭りにすんぞ」

「苦手克服の手伝いはありがたいけど! それでもサラダの上の部分がブロッコリーで覆い尽くされた朝食はやりすぎだろうが!? 俺ブロッコリー食えねぇのに!」

「はい、分かった。じゃあ私のと取っ替えてあげるから文句言わずに食う?」

「……そっからもう1個減らしてくれる?」

「いいよ」

「じゃあ頑張って食べます」


 そうして俺の皿と彼女の皿がトレード。

 あれ? 何となく得と思ったがあれよあれよと俺がブロッコリーを食う羽目になっている?


「今日も馬鹿でよかった、愛してるわよ夕陽。いただきます」

「ちくしょう! そんな汚い愛じゃなく、綺麗で優しい愛をくれ! いただきます」


 彼女はコーヒーを啜り、俺の目を見て軽くウィンク。


「当店では取り扱っておりません」


 そんなこんなで私の一日は今日も幕を開ける。

 

 ・・・


 朝食の皿を洗いながら彼女の支度を待つ。

 俺は色々と訳あって親元を離れて高校生ながら雨乃の家で雨乃と同棲……下宿している。朝は俺達より早く出て、俺達より遅く帰ってくる雨乃の両親の為に雨乃と俺は家事を分担して行っており、私の胃袋とお財布は雨乃さんに握らている。後片付けや雑用が俺の主な家事なのだ。


「夕陽ー! 準備終わったよー」

「こっちも終わった、カバンとって来るから」

「取ってきたよ」

「ありがとよ」


 雨乃が両手に学校指定のカバンを2つ持っている。やけに軽そうなのが私のカバンで、やけに重そうなのが雨乃のカバンである。


「なんでそんなに重そうなの?」

「いや教科書とか色々入れてるから」

「ほへー、偉いのね雨乃さん」

「つーか、なんでそんなに軽いの?」

「何にも入ってないから」

「カバンも頭も?」

「おいこら朝からアクセル全開でくんなよ!」


 私のカバンには雨乃手製の弁当とモバイルバッテリー、それから漫画とお菓子と携帯ゲーム機。


「なんでそんなに不必要なものしか持ち歩かないの?」

「男子高校生なんてそんなもん」

「絶対間違ってると思うんだよね私」


 履き古した靴を履くと、後ろから脹ら脛ををつねられる。


「踵踏まないの、怪我したらどうするの?」

「いや今しがた幼馴染の手によって脹ら脛に怪我したんだけど」

「怪我くらいでガタガタ言わないの男の子でしょ」

「お前よくもまぁ綺麗なまでのダブルスタンダードを振り下ろしたなァっ!?」


 誰もいない家に向けて、2人揃って行ってきますを呟いて玄関から外に出た。


「ありゃ、雨降りそうね」

「ニュース見てないの?」

「逆に聞くけど見てると思う?」

「今日の芸能ニュースは」

「新人アイドルが不倫してたらしい」

「しっかり見てんじゃない」


 まぁ、そうは言っても急には降らないものだ。


「とか言ってたら降るんだよ」


 とか言い出すと降るんだよ、と呟こうと下が時すでに遅し。雨が小雨だがポツリポツリと降り出した。


「まぁ雨乃ちゃん雨女ね」

「とか軽口叩く馬鹿は折り畳み傘要らないみたいね」


 重そうなバックから2本の折り畳み傘。俺の行動を完璧に予測して行動する幼馴染の理解力の高さに賞賛を送りつつ、その手から折り畳み傘を受け取ろうとすると。


「は? 誰が貸してやるって言った? 私が2本とも使うんだけど」

「えぇ……なにお前、怖いんだけど」

「傘を貸してくださいお願いします。って言って土下座するなら貸してやらんこともないわよ」

「お前土下座したら頭踏むじゃん」

「お好きでしょ♡」

「お好きじゃねーよ!」


 なんやかんやで優しい彼女は開いた傘を私に手渡した。


「風邪ひくと行けないでしょ」

「優しい、可愛い、美しい。うーん天使かな?」

「風邪ひいたら誰が私の小間使いやるわけ?」

「うーん、暴君だった」


 そして私は奴隷であった。

 まぁ雨乃の奴隷ならば別に悲しくもない、もはや誇らしいまである。


「うわぁ……」


 割と真剣にドン引きした顔で私を覗き見る幼馴染。


「人の脳内勝手に見といて引いてんじゃねぇよ。言っとくけどこれぐらいの思考はなんでもないからね? 見せてやろうか? 男子高校生の本気の性欲を」

「見せるなそんなもん!」

「ふははは! だったら俺の思考を読むのを辞めるんだな!」


 彼女は舌打ちを繰り出しながら何かを切りかえたようだった。試しに雨乃のあられもない姿を想像しても蹴りも飛んでこな……


「いってぇ!」

「なんか邪なこと考えてた」

「なんで分かんの!?」

「舐めんなど阿呆」


 そんなこんなで恙無く一日はいつものように始まりを迎える。傘を差す姿の似合う、他人の心がよめる不思議な彼女とふざけた私の恋の歯車が今日も今日とてゆっくりと回り出した。

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