16話 golden week1
16話
静かに目を覚まし枕元のスマホを叩く、時刻は9時40分。大きく伸びをしてから起き上がりカーテンを開けた。
清々しい朝である、土日でもないのにこの時間まで眠ることが一番気持ちいい。ちなみに休日は基本的に昼前になるまで雨乃は起こしに来ない。
「ゴールデンウィーク最高……」
むにゃむにゃと呟いて間抜けな欠伸を繰り出した。
つい先日までの荒事やら何やらが嘘のような静かで穏やかな一日の始まりだ。
今日は何をしようかと考えながら部屋を出ると、どうやら珍しくこの時間に起きてきた雨乃と鉢合わせた。
「おあよ」
「おはよ」
呂律も回らず髪もボサボサ、そんな雨乃が見れるのもこういう日ならではだ。
「ひっどいね髪」
「うっさい、ゆーひもかわんない」
「はいはい」
あっちやらこっちやらに跳ねている雨乃の髪を抑えてやりながら二人して階段を降りると何やら物音がする。
「……この時間、二人とも居るか?」
「いや、仕事だから無いね……」
雨乃の両親は多忙のため、ゴールデンウィークなんて無いのだ。故に、平日のこの時間にリビングから物音がするのが異常だ。
俺は雨乃を追い越して前に出て、彼女が差し出した箒を手に取る。何故か後ろではチリトリを持って武装している雨乃が居た。それ何? 武器のつもり? それとも盾?
「開けるぞ」
「うん」
俺と雨乃の愛の巣に立ち入るとは不届き千万、ぶち殺してやる。息巻いて扉を開けるも人影はない。
「……キッチン」
「あいよ」
恐る恐る進むとそこには。
「おあよ〜」
冷蔵庫を漁りハムを素手で食う雨乃によく似た女性の姿。
「なーにやってんすか、琴音さん」
「お母さん、なにやってんの」
片手にはハム、片手にはマヨネーズの女性の正体は、不審者などではなくここの主人の1人。
伊勢 琴音……雨乃の母の姿があった。
・・・
「いやー、しばらく忙しくなりそうだから着替えとか取りに来たんだけどお腹すいちゃって〜」
「だからってハム素手で食べることないでしょ!」
不審者ではなかったため、雨乃は顔を洗ってから呆れながら朝食の準備を進める。
俺は琴音さんの話し相手だ。
会話をしていたらキッチンから、ハムを素手で食う母の姿に呆れ気味の雨乃から厳しいお叱りが飛んでいた。
「あれ? てか二人とも学校は? はっ!? もしや……」
「もしや……じゃないっすよ! 世間はゴールデンウィークですよ」
「あれ? そうなの? ダメだなぁ、世間様と感覚がズレてるわ。まだ三月くらいだと思ってた」
「お母さん流石にズレすぎ」
ケラケラと笑いながらコーヒーを啜る、雨乃と顔はよく似ているものの性格は全く似ていない。雨乃の性格は天斗さん譲りだ。
「よかったよ、私の息子と娘が学校サボって乳繰りあってなくて」
「息子と娘が乳繰りあってたら別の方向性で問題ですよ」
「夕陽はもう私と天斗さんの息子でしょ? 紅星家に返す気ないから、あんな魔王城に可愛い息子を渡してなるものか! 雨乃、はやく結婚なさい!」
「ちょ、ばっ、馬鹿言わないで!」
そうだぞ雨乃、早く結婚して! 俺をあんな魔王城に返さないで!
「俺もあんな魔王城に帰りたくねぇーっすね」
「でしょー? 紅星家は変わってるから」
「お母さん、ソイツが紅星家の一番の変わり者よ」
「雨乃ちゃん!? 俺をあんなやべぇ人達と一緒にしないで!」
あの家でまともなのは兄貴くらいのものだ、母も父も言わずもがな……姉共なんて思い出すだけで虫唾が走る。
「それにしてもどんどん顔つきが似てくるねぇ夕紀に」
「琴音さん、俺の顔見る度言うんだからそれ。俺は顔だけなら母さんに似てて欲しい」
「あー、輝夜は美人だからね」
紅星 夕紀は俺の父、輝夜の方は言わずもがな俺の母である。父はムッキムキの変態変人なのだが、覇王たる母は面だけで言えば綺麗な顔をしている。
「輝夜さん、美人だよね」
朝食を配膳しながら雨乃が羨ましそうに呟いた。俺にとっては母親なんかより雨乃のほうがよっぽど美人なのだが……俺にとって母が美人に見えないのは威圧感のせいであろう。
「輝夜、それはもう凄かったんだよ。名前からとって輝夜姫って呼ばれてたんだから」
「雨乃だってお姫様ですよお姫様、心の読めるお姫様って呼ばれてんすから一部で」
「それ、極々一部でしょ?」
「だってお前の交友関係狭いもん」
「お母さーん? 夕陽の分の朝食食べる?」
「ごめんなさい! 無駄口叩きました! 配膳手伝います!」
朝から余計なことを言ってしまった、雉も鳴かずば撃たれまいて……とはこういことである。
雨乃の朝食の配膳を手伝い、三人揃って手を合わせて朝食を始める。
「なんか、朝ごはんお母さんと食べるの久しぶり」
「ごめんねー、寂しい思いさせて」
「いや、大して寂しい思いはしてない」
「え、母ショック」
「やかましいのがいるから」
「え、夕陽ショック」
「夕陽、お母さんに合わせるのやめて頭痛くなる」
適当に作るね……と言った割には随分と手の込んだ朝食であった。口では冷たいことを言いつつも内心は母親と朝食が食えて嬉しいのだろう。
雨乃の両親は二人とも多忙なのだが、中学一年目くらいまでは忙しい合間を縫ってでもこうして食卓を囲んでいたのだ。雨乃が料理をするようになり、俺が家事を手伝うようになってから二人とも安心して仕事に行けるようになった。
「そういや天さんに聞いたけど、夕帆来るんでしょ?」
「らしいっすね、俺も詳しいことは何にも」
「夕帆は紅星家とは思えないくらいしっかりしてるからなぁ」
「琴音さん、兄貴に負けず劣らず紅星家の割にはしっかりしてる男がここにいますよ」
「夕帆は紅星家とは思えないくらいしっかりしてるからなぁ」
「ねぇ、雨乃聞こえてないの琴音さん?」
「聞いた上で二回言ってんのよ」
うーん、やっぱり親子だけあって連携プレイがしっかりしている。朝から大ダメージだぞぅ!
「そういえば夕陽、またやらかしたんでしょ天さんに聞いたよ」
「やんべ、忘れてた」
「無茶しちゃダメだって言ってんでしょ」
「お母さんもっと言って! そのバカにもっと言って!」
「朝ごはん美味しいなぁ!」
兄貴、どうやら俺も立派な紅星家の変人のようです。
「輝夜になんて説明すりゃいいのよぉ」
「なんて説明したんですか」
「いや、息子返せって言われるから説明してない」
「おい、ほんとに雨乃と血が繋がってんの? 親父と同じ匂いするよ琴音さん」
「分かる、私も時々お母さんと血が繋がってるのか分からなくなる」
「ちょいちょい、ひっどいな我が子達は」
すっかり我が子認定の俺である、まぁ8年も面倒見てもらってりゃ充分この家の子供だな。
「お母さん、悠長に朝ごはん食べてていいの?」
「あっ、そういや琴音さん荷物取りに来たんですよね」
「そうだった! 我が子達との朝食が楽しくてすっかり忘れてた! すぐ戻らなきゃだった!」
そう言うと琴音さんは凄い勢いで朝食を平らげ、足早に自室に戻る。その後ろ姿に「かきこむと身体に悪いよ!」
とどっちが親なのか分からない声を掛ける雨乃。
「まったく、お母さんは」
「いい人だろ琴音さん」
「夕陽は血が繋がってないから言えんの」
「俺は琴音さんが母親がよかったよ、見てみろうちの親を、覇王だぞ覇王」
「まぁ……ほら、輝夜さんはほら……ね?」
「ね? じゃねぇよ、ね? じゃ」
可愛く言っても誤魔化されないぞ、でもその笑顔可愛いんで誤魔化されちゃいます! 我ながら驚きのチョロさである。
「じゃ、行ってきます!」
「「行ってらっしゃーい」」
そう言って朝食を済ませ、俺達は琴音さんを送り出した。
・・・
「夕陽、今日の予定は?」
「え? あー、南雲と瑛人と遊ぶ」
皿を洗っているとテレビを見ながら呑気に雨乃が聞いてきた。雨乃の予定は? 聞こうとしたがどうせ友達いないから予定ないんだろうなぁ。
「なんで私の予定聞かないの?」
「うっわめんどくさ! 予定は?」
「ない」
「だろうね」
「ムカつく!」
「優しさで聞かないでやったのに」
ラインを確認すると瑛人からは動きやすい服装で来いとのこと……なにすんだ? ボーリングか?
「1日何すんの? 雨乃」
「えー? 映画かドラマ見るかー、小説読むか。あと家事とか」
「ご苦労様です」
「うむ、苦しゅうない」
「ははっー!」
身支度を済ませながら雨乃とそんないつも通りのくだらないやり取りを交わす。いいね、穏やかな日常って感じだ。
「夜ご飯は?」
「あー、瑛人のやつ考えてんのかな? まぁあとで連絡するわ」
「早めにねー。あと明日予定空けといて」
「ん? いいけどなんで? デート?」
デート? デートなんですか雨乃さん? よーし張り切っちゃうぞ俺!
「いや、デートなんてしない。暁姉妹が遊びましょって」
「あー、言ってたヤツか……おっけー、瑛人達は? 誘う?」
「誘ってあげよっか、暁姉妹もそっちのが楽しいでしょ」
「だな、じゃあ今日声掛けとくわ」
「うん、お願いね」
「はーい、んじゃ行ってくんね!」
・・・
「んで、何すんの?」
集合場所に着けば眠たそうな南雲が煙草を咥えて立っていた。
「いや、俺も聞かされてねーよ。なんか動きやすい服装で来いとは言われたけど」
「あー、だからそんな田舎のヤンキーみてぇな格好してんのお前」
「え、今お前ちょっとバカにした? 殴っていい?」
俺は普通にスウェット系の格好、瑛人はどうせスポーティーな格好、そして南雲はヤンキースタイルだ。なんとも妙な三人組である、統一性がない。
「お待たせ馬鹿と阿呆」
そんな舐めた挨拶を繰り出しながら、やはりスポーティーな格好に身を包む瑛人、その手には釣竿。
「おはよう間抜け」
「おう間抜け」
「おっ、なんだ? 朝から喧嘩売ってんのか?」
「お前だろ喧嘩売ってんの」
「なぁ瑛人、ちなみにどっちが馬鹿でどっちが阿呆?」
瑛人はそんな問いかけに「やだなぁ」と微笑みながら俺を指さして「馬鹿」と吐き捨て、南雲を指さして「阿呆」と吐き捨てた。
それから数分我々が取っ組み合いの喧嘩を繰り広げたのは言うまでもない。ストッパーたる女性陣がいなければ男子高校生なんてこんな具合である。
「んで、なにすんの瑛人。だいたい分かるけど」
「釣りだよ釣り、魚が釣れる男は女も釣れる」
「聞いた、南雲? こいつ女釣ったことねぇのに」
「おいバカやめろ、笑かすな」
「おっ、なんだなんだ第2ラウンドやるかー?」
そんなこんなで三馬鹿総出で釣りに出ることとなった、ちなみに海ではなく川だ。海ならば魚持って帰って雨乃を喜ばせようと思ったのに……いや、喜ばねぇな絶対「捌くの面倒」って言うな。
「てか、今狙ってる子居るんだけど」
結局はファミレスから川に変わっただけ、釣り糸を垂らしながら駄べるくらいしかやることがない。
「狙うのはいいけど当てたことねぇだろ瑛人」
「あ、喧嘩売ってんのか南雲」
「やめろ瑛人、分が悪い」
「なんの分が悪ぃんだよ!?」
釣りというのは人生が出るのだろうか? さっきから南雲は定期的に釣る、瑛人は当たりさえこない。かく言う俺は当たりが来るだけで釣れない。
「人生みたいだなぁ」
南雲がしみじみと呟いた、俺と瑛人は即刻臨戦態勢へと移る。
「ねぇてか、お前夢唯と付き合ってんの?」
瑛人がニヤケた面でそう言うと、南雲の釣竿を持つ手が微かに震えた。
「いや、わからん」
「え、なにそれ」
「お前と同じって事だよ夕陽」
「え、一緒に住んでんの?」
「いや違う、そこまでじゃない!」
「じゃあなに」
「付き合ってんのか付き合ってねぇのかわからん」
「じゃあ夕陽と一緒じゃないじゃん」
「釣れねーからよ、次の餌お前な瑛人」
「お、やるか馬鹿?」
結局あらぬ方向に飛び火して、定期的に喧嘩が始まる。
そんなこんなで数時間経過したというのに釣果は俺も瑛人もゼロ、南雲だけ釣りまくりである。最悪だ、二度と釣りなんてやるか。
「そういや明日、暁姉妹出かけっけどお前ら来る?」
片付けしながらそう言うと瑛人は「部活ー」と呟いた。
南雲はバツの悪そうな顔をしながらタバコに火を着ける。
「俺もパス」
「なんで、暇でしょ不良なんだから」
「ひでぇ暴言だ、事実だから反論しないけど。まぁ明日はちょっとな」
「デートか?」
「おいやめろ夕陽、適当言うな……瑛人が釣竿で刺そうとしてるだろ」
「瑛人は他人の幸せが許せないから」
「オマエモ テキ」
「まーた人間辞めちゃったよ」
というわけで、明日はどうやら男連中は期待できそうにないらしい。
どうせ南雲は夢唯とデートだろうし、静音辺りも部活だろう。月夜先輩は雨乃が誘うわけないし、そうなりゃ茜さんも来ない。となると……
「俺と雨乃と暁姉妹の4人か」
「男女比どうなってんのソレ」
「オレ オマエ 殺す」
「殺すだけ流暢に喋んな怖いから」
ま、みんなで遊び行くのは別の機会だな。
すっかり馬鹿話を繰り広げ、大して面白くない釣りに時間を費やした結果夕方、解散の流れだ。
せっかくのゴールデンウィーク初日はしょーもない終わり方である。
ま、こっちのほうが健全な男子高校生らしくていいが。
雨乃に晩御飯の連絡を送り、瑛人と南雲と別れて俺は大人しく帰路に着くことにした。
・・・
はずだった。
そのはずだったのだが……
「こんばんは夕陽さん」
眼前にいるのは白と黒の二色の髪の巨乳の女が妖しい笑みを浮かべて俺の行く手を塞いでいた。
暁姉妹を襲わせたとみられる症状持ち、厄介事の元凶疑惑のある女がそこにいる。
俺は頬の傷から流れる血を拭いながら溜息を吐き出した。
「ゴールデンウィーク初日から厄介事かよ、ついてねぇなぁ」
話は少し遡る。




