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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
15/15

14話 clown

14話


 世界が逆さまに見えた。

 凄まじい速度で空を切る音はとても心地が良くて重力のままに頭から落ちる身体は「死」が迫っているのに心地がいい。

 ぐんぐんと速度を上げながら地面に着弾するその刹那、僕は確かに見た。

 ビルの隙間から指す燃えるような赤い火を。

 自分の名前にもなった美しいその太陽を。


 静かに目を瞑る。

 悲しくもない、ただ満たされたはずだった。


 地面にぶち当たるその一瞬に挟まれた、聞き覚えのある彼女の叫ぶ声がしなければ。


「死なないで、ゆう君っっ!」


 満足して死んでよかったはずなのに。

 そして僕は……

 そうして俺は……


 


 目を覚ますとカーテンを無効化するくらいに眩しい陽射しが部屋に差し込んでいた。

 随分と懐かしい夢を見た気がするが欠伸混じりに吐き出した吐息と共に夢の残滓は跡形もなく霧散した。

 ベッドの上で身体だけ起こしてぼうっとしていると部屋のドアが静かに開いてエプロン姿の雨乃が部屋に入ってくる。目を合わせるなり驚いた表情。


「おはよ、珍しいね早起きなんて」

「おはようさん、懐かしい夢を見た気がしてな」


 雨乃はその言葉に小首を傾げてフッと笑うとドアを開けたまま部屋を後にした。

 顔を洗ってこいと言うのだろう、無言の圧力に屈する形で俺は静かにベッドを出る。

 大切な何かを思い出せないままで。



 ・・・


「なんの夢見てたの?」


 やけに人の少ない電車に揺られて学校への通学中、思い出したように雨乃が呟いた。

 そうは言われても自分自身が思い出せないのだ、なんと言うかと迷いながら頭をかいた。


「さぁ、どうせ雨乃の夢さ」

「夢でまでアンタと一緒なの? 気が滅入るわね」

「ひっでぇ!」


 口角を吊り上げて俺を小馬鹿にする幼なじみ、だいたい夢でまでというが、そもそもの始まりは彼女が俺に泣きついたからで……


「そんな事実は無い」

「事実だよ、なんなら皆に聞いて回るか? 幼なじみ連中はみんな知ってんぞお前の醜態を」

「なんの話しです?」


 ニョキっと俺と雨乃の間から何やらピンク色の頭が生えてきた。基本属性がビビりな雨乃さんは随分と可愛らしい声を上げながら仰け反ったせいで電車のドアに頭をぶつけた。


「ふ、冬華!?」

「はい、可愛い冬華です。おはようございます、雨乃先輩、夕陽先輩」

「おはようさん」

「ちっ、夕陽先輩の方はあまり面白い反応じゃないですね」

「ど、どこから湧いたの?」


 雨乃さん湧いたって、そんな虫みたいな言い方。


「ずっと近くに居ましたよ、二人の世界に入り込んでて気が付きませんでした?」

「流石にニョキっと来る前に気づきそうなもんだが」

「あー、症状使いました! こう、先輩達だけターゲットにいつも通りの風景流してその隙に」

「くだらんイタズラに使うなよ……」


 冬華はいたずらっ子のように「にひひ」と笑うとポケットから飴玉を幾つか取り出して口に放りこんでボリボリとスナック菓子のような気軽さで噛み砕いた。

 

 雨乃さんといえば胸に手を当てて心臓の鼓動を正常に戻しているようだ、確かにビックリしたな。

 俺は雨乃と真反対でびっくりすると無反応になってしまうので、実は結構ビックリはしてた。

 でも、お見通しだぜって感じで澄ましてた方がカッコイイので敢えて何も言わない。


「夕陽もビビってる、顔に出ないだけよ」

「あ、おいバラすなよ」

「なんだぁ、可愛いところありますね」

「ムカつくなこの後輩」


 未だに雨乃と俺の間に居る冬華の頭にチョップを繰り出した。

 そういえばもう一人のやかましいのは?


「あれ、夏華は?」

「あー、夏ならベッドと結婚するって言ってテコでも動かない構えだったんで置いてきました。ムカつく」

「あー、分かるその気持ち。起こしてんのに起きないのムカつくわよね」

「雨乃先輩も分かってくれます!? ちょームカつきますよね」

「わかる、ちょームカつく」


 二人の視線が俺に刺さった、三十六計逃げるに如かず!

 俺は学校の最寄りに着いた瞬間、2人を置き去りに走って逃げた。


「最低だなお前」


 逃げ込んだ先はサッカー部の部室。

 朝練終わりでむさ苦しい男共が着替える中、俺は瑛人のバッグから勝手に漁ったパンを食いながら我が物顔で椅子を陣取っていた。

 瑛人の幼馴染というのは知れ渡っているので特に誰も何も言わない。もしくは俺が学内でちょっと変なやつだと思われてるせいで何も言われないのかもしれない。


「つーか先輩達いねぇからいいけど、あんま勝手に出入りすんなよ」

「お? なんだ文句か?」

「抗議だよ」

「黙れ、受け付けてない」

「暴君か!?」


 だいたい在学しているのだから俺が立ち入っては行けない場所など校内にはないのだ、変な縄張りを主張しないで頂きたい。


「つーかよ」


 瑛人は制汗剤を振りながら俺の顔を見た。


「やけに懐かれたな暁姉妹に」

「ん? そうかぁ? 意外と人懐っこいけどな」

「まぁ、最初ほどツンケンしてはないけどさお前と雨乃には結構懐いてるじゃん。知り合ってまだ数日だろ?」

「まぁアイツらもアイツらで今まで寂しかったんじゃねぇか? 」

「そうかねぇ」

「もしくはカッコよく助けた俺に惚れたとかな」

「ないない、絶対ない、あったら殺す」


 目がキマッていた。

 この話はやめよう、うん。なんか命の危険をビンビンに感じる。


「つーか俺1、2年だと思ってたわ」


 校舎を歩く最中で瑛人が突然そんなことを言ってきた、何が1、2年なのだろうか?

 ピンと来てないのが顔を見てわかったのか瑛人は呟くような小さな声で補足した。


「お前が雨乃の家に住むことだよ」

「あー、そういうことね。つーか何年目だ? 今」

「小五だろ? 確か、お前の親が東京に引っ越すことになったの」

「んじゃ、7年か8年くらいになんのかもう」


 俺が親元を離れて雨乃のそばに居ると決めた日から早いところでもうそんな年月が経ったのか。

 小五にして両親に土下座したのを子供ながらに覚えている、我が親ながら良く許可したものだ。


「あん時はさ、多分誰かが傍に居てやんなきゃダメだったんだよ」

「あんなになってもか?」

「あんなになったからこそ……だよ、俺には責任があったから」


 俺が雨乃の傍にいると決めたキッカケ、そのキッカケは全て俺が引き起こした事で全ての引き金を引いたのは俺だった。

 だから罪滅ぼしなのだ、決して消えない雨乃に対するケジメだ。もちろんそれだけが理由じゃない、俺が俺自身が雨乃の傍に居たかったのもある。


「責任ねぇ……どこまで取る気だ?」

「雨乃が望むなら何処まででもだよ」

「初恋拗らせてますなぁ」

「振られまくる奴よりマシだよ」

「おっ、喧嘩するか? 全然殴るし蹴るぞ」

「最低な脅しかけてんくじゃねぇよ!」


 教室に足を踏み入れると冬華を股の間に座らせて静かに読書に勤しむ雨乃が見えた。冬華は入ってくる陽射しが暖かいのか雨乃の机に突っ伏してうたた寝している。


「あら逃げたくせに戻ってきたの?」


 俺の顔を見るなりチクリと一言、まったく手心というのを知らん女である。


「俺が戻ってくんのはいつだって雨乃の傍だよ」

「けっ、胸糞悪い」

「悪いな伯爵、俺達は今イチャついてんの口挟まないで」

「イチャついてない」


 心底呆れ顔の雨乃の傍を陣取って瑛人にドヤ顔をすると顔面にパンチが飛んできた。

 どいつもこいつも一切容赦のない。


「それで、なんの夢見てたの?」

「やけに気にするな」


 雨乃はまたその質問。

 何故か今日はやけに諦めが悪い。


「なんだか気になって」

「言ったろ忘れちまったよ」


 嘯いた俺のほっぺたを摘みながら雨乃は不機嫌そうに鼻を鳴らす、その姿が可愛くて俺は静かに笑みを漏らした。

 思い出せない懐かしい夢、多分きっと雨乃と俺の過去のこと。

 まだ雨乃が俺の傍にピッタリとくっ付いて「ゆう君」なんて可愛らしい呼び方をしてくれていた時代の大切な思い出。

 随分と強く、図太くなったもんだと彼女を見て思う。

 もはや、俺なんて要らないくらいに強く気高くなった彼女。

 あとどれ位彼女の傍にいてやれるのだろうか、そんなことを思いながら幸せな痛みを受け入れた。






 ・・・・・




 雲の隙間に隠れた薄暗い路地裏を女は歩く。

 静かに、されど確かな足取りで鼻歌を交えながら女は軽い足取りで路地裏を往く。

 その足元には数人の男が転がっていた、口から泡を吹いて目をぐりんっと剥いて。


「ま、前哨戦ってか偵察としては十分でしょ」


 目元まで被ったフードをとっぱらって白と黒のまばらな色の髪を靡かせる。


「それにしても紅星 夕陽……」


 スマホの画面を2本の指でズームしながら女は微笑む。


「カッコイイっすね」


 血を吐きながらそれでも殴られ続ける男の姿をまるで夢見るお姫様のようなうっとりとした顔で眺めながら女は口元を醜悪に歪ませる。


「決めた、私のモノにするっす! いいでしょ、兄さん?」


 小首を傾げながら声をかける先には人影。

 地面に倒れ伏す男たちを踏みつけながら人影は女に歩み寄る。


「うーん、彼か。まぁいいんじゃない? 君の好きにしなよ」


 路地裏に陽光が差す。

 浮かび上がる人影の輪郭が露になる。


「やったー、兄さん好きっす!」

「はいはい、でも仕事はこなしなね(あさひ)

「勿論っす!」


 チープで何処か不気味さを漂わせるピエロのマスクを付けた男は女の頭を撫でながら呟いた。


「月夜を消そうか。いい加減に嗅ぎ回られるのも目障りになってきた」


 ピエロは路地裏を後にする、それに付き従うように再び目元までフードを被った女も後を追う。

 それぞれの手に握られたスマートフォンの画面には月夜と夕陽が映っていた。


「ターゲットは月夜……それと」

「紅星 夕陽っす!」


静かに、悪意が動き出す。

 

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