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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
12/15

11話 Swing back


 校門辺りで暁姉妹と別れ、一限に食い込む形で遅刻した俺達はそこそこの注目を浴びながらも雨乃の機転の利いた言い訳で事なき事を得た。

 その後しばらくして燃え尽きた状態の瑛人が入ってきたがあまりにも情けない顔をしていたので誰もそれには触れていない、可哀想な奴め。

 

 やはり昨晩の件で内蔵破裂でも起こしていたのか不自然なまでの眠気が微妙に冴えないまま、俺は途中参加の一限から昼休みまでずっと寝て過ごすことになった。

 ウチの学校はついて行く気がないやつは放って置くのが基本スタイルなので眠ってようがサボっていようが特に怒られることは無い。

 その分何故か普通に雨乃が怒る、テスト前とかめちゃくちゃ怒られる。


「ふぁ……よー寝た」

 

 空腹で目を覚ますとちょうど昼飯時、時計の針は十二時を遠に回っていたが未だ症状の激痛は来ていない。

 症状の揺り戻しに決まった時刻は無く、ただ正午を過ぎてから夕方までの間に確実に訪れるということだけが分かっている、いつ来るか分からないので気が気じゃない。


「今日は遅いのね」


 雨乃が心配そうな顔で寝起きの俺の顔を覗き込んでくる、大方俺が痩せ我慢をしていると思っていたのだろうが症状を使い勝手に心を読むと心配そうな顔をするばかり。

 まぁ何はともあれ飯は食わねばなるまい、ただ昼飯直後に痛みが来ると吐くかもしれないので憂鬱だ。

 せめて昼食前に来て欲しい、雨乃の手料理を食うのが俺の人生の楽しみだと言うのに。

 雨乃の机に近づくと瑛人も椅子を持ってコチラに来る、ついでに何故か隣のクラスから静音と南雲、その脇に抱えられた夢芽まで着いてきた。

 

 今日はいつも以上に騒がしい昼食になりそうだ。


「昨日、あの後どうだった?」


 俺が聞くと南雲は傷一つない顔でケラケラと笑いながら「茜さん連れてくんじゃ無かったわ」とボヤく、大方ほぼほぼ茜さん一人で片付けたのだろう。

 他の連中も事情は雨乃が昨晩グループチャットで話していたので把握済み、ついでに俺の馬鹿な行為も把握されていて瑛人と静音にはドヤされ、夢芽は眠いのか微妙に空いてない目を擦りながら「馬鹿だから歩いたら忘れるんだよ」と聞き捨てならないセリフを吐き捨てた。


「美談だろうが! 身を呈して後輩二人守ったんだぞこっちは! つーか俺がボロボロになったのは南雲が来るのが遅せぇのが悪い!」

「その結果後輩二人に懐かれてんだから許されない、あんな可愛い双子に!」

「瑛人、昨日暁姉妹は性格がどうこう言ってなかった?」

「黙れ南雲、顔が可愛ければ正義だ」

「うわー、シーちゃんドン引き! だっからモテないんだよエー君。一回ユーちゃんに未来見てもらったら?」

「見るだけ無駄だろ、ボクの症状は安売りしないぞぉ」

「今日も安定して俺の扱いが酷いね君達!?」


 よし、話題の矛先が俺の行いから逸れて瑛人の話にすり替わった! このまま暫くは存在感を決して飯を食べつつ、完全に俺の話題から切り離すのだ!


「みんな、そこの馬鹿が話題がすり替わるのを期待してるわよ。昨日の件ほじくり返しましょ、みんなからもなんか言ってあげて」

「馬鹿」

「馬鹿だよな」

「安定の馬鹿だねユッヒー」

「死んでも治らないタイプの馬鹿だとボクは思う」

「黙れお前ら! あの人数相手に時間稼ぐのはアレしかねぇだろ! つーかマジで南雲が隣町の奴ら放置してたのが悪い!」

「えー、俺に来んの? 助けたじゃん昨日、お前のピンチを」

「そりゃありがとな! でも雨乃連れてきてんだから意味ねぇんだよ! 連れてこなきゃバレなかったろうが!?」

「は? なにそれどういう意味? は? 」

「あっ、ごめんなさい何でもないです」


 雨乃は青筋を立てながら俺の頬を抓むとギギギっとそのまま捻りあげる、痛いですマジで。


「つーか、大体昨日の俺被害者だからね!? 巻き込まれたのに後輩二人助けたカッコイイ男な訳! なのにも関わらずお前達は口々に馬鹿だ馬鹿だと言いやがって!」

「だって馬鹿じゃんユッヒー」

「黙れ化け猫、化けの皮剥ぐぞ!」


 腹を抱えて笑い転げる静音に掴みかかろうかとしていると後方の教室のドアからピンクの髪が二つ揺れた。

 他のクラスメイトはやはり暁姉妹の噂を知っているのか警戒している。そんな空気も関係ないと何処吹く風の当人達はブンブンとコチラに手を振りながら歩み寄ってきた。


「お、でた噂の暁姉妹」

「あ、南雲先輩。昨日はありがとうございました」

「気にすんな、夕陽助けるついでだから」


 ぺこりと頭を下げる暁姉妹に南雲はなんでもないように手を振った。え、何それカッコイイ、つーかさっきまで散々騒いでた俺がダサい奴みたいじゃん。


「私は気にしないよ夕陽」

「うーん、嬉しいけれど否定して欲しい所だね!」


 二年の教室だと言うのに我がもの顔で適当なところから椅子を引っ張ってくる暁姉妹は普通に俺達の和に加わる。

 周囲の視線などお構い無しだ。うーん、君達やっぱりそういうところじゃないですかねと先輩思うんですよ。


「きゃー、可愛い! なーちゃんとふーちゃんって呼んでいい!?」


 可愛いもの大好き静音がガバッと抱きついて頭を撫でて異常な距離の詰め方をするが可愛いと言われて満更でもなさそうな二人は秒で静音と打ち解ける。暁姉妹の警戒心もコミュ力モンスター静音の前では意味をなさない。

 雨乃さんも真似しなさいよ静音みたいなコミュ力。


「つーか夢芽、お前も話しかけろよ」


 サッと南雲も背に隠れた夢芽は「ボ、ボクはいい」と人見知り発動中だった。サバンナの小型生物のようにビクビクしながらコチラを覗き込むだけ。


「てかてかアーちゃんのお弁当じゃんそれ!? いいなー! シーちゃんにも作って!」


 暁姉妹が広げた弁当を見て目敏い静音が騒ぎ出し、抱きつく静音を手で押しのけながら雨乃は呆れたように「はいはい今度ね」と呟いた。

 それに乗じて他の連中も雨乃の手製の弁当を所望し出す。

 

「あ、じゃあ俺のも頼む雨乃」

「伊勢、俺にも作って」

「雨乃、ボクも」

「黙れ貴様ら雨乃の弁当は誰にも渡さん、雨乃の弁当をタダで食えるのは俺だけだ!」

「大丈夫よ夕陽、金取るから」

「ならいいか」


 ちゃっかりしてるね雨乃さん! まぁ雨乃さんがちゃっかりしすぎてるおかげで俺のお財布まで既に彼女の支配下にあるのだが。


「つーかお前ら、なんでここ来たの?」

「なっ!?」

「うっ!?」


 何やら大ダメージ。

 自分達の教室で食えばいいのに……言った瞬間しまったと自らの発言を後悔する。コイツら雨乃と同じタイプで友達居ねぇんだった!


「あー、雨乃と夢芽タイプか」


 のほほーんとした顔で瑛人がフレンドリーファイアをぶち込んだ、そのせいで雨乃と夢芽までショックを受けている。

 すかさず静音が瑛人の頭をぶん殴り「だからモテないんだよえーちゃん!」と言ったせいで瑛人までショックを受ける始末。

 なんかバトルロワイヤルみたいになってきたな、残るプレイヤーは南雲と静音と俺だけだ、普通に負けるわコレ。

 その後もいつもより騒がしい昼食が続く、まぁ偶には悪くない、過半数死んでるけど。

 呑気にそんなことを考えながら卵焼きを口に放り込み舌鼓を打っていると背筋に悪寒が走った。

 

 来る……本能的に理解出来た、ならばこの後の行動は決まっている。

 

 雨乃達に心配をかけないために速やかに教室から離脱、そして痛みが来る前に保健室に駆け込んで痛みを消化しなければならない。

 

 急いで飯をかき込んで立ち上がり「そういや、月夜先輩に呼ばれてんだった」といつもの調子で言うと、皆反応は似たようなもので誰も疑ってはいなかった。俺が月夜先輩に呼び出されるのは割と頻繁にあるので一々そこを疑う奴もいない。

 最大の鬼門である雨乃も症状は使ってないようで「そんなに急いでかき込むと身体に悪い!」と母親のような小言を言うだけだった、これでとりあえず第一段階はクリアだ。

 

 少しずつ熱を帯びていく腹部に手を当てながら教室を後にする。どのタイミングで痛みが来るのかが分からない……保健室には五分程で辿り着けるがそこまで持つだろうか。なんたって意思があるのかと見紛うほどに嫌がらせが上手い症状だ、いつも最悪なタイミングで痛みが襲いかかってくる。

 

 最後の階段をかけ下りる途中、突然の激痛と衝撃。

 衝撃は身体のバランスを取るための錯覚のようなもので本当に起こっている事では無い、痛みが俺にそう錯覚させているだけの偽物だ。


「……ッくそが」


 思わずその場に蹲り、一発目の痛みを唇を噛んで耐える。明らかに殴られたダメージよりも重く辛い痛み、2倍位は上乗せさせれている気がする。

 よろめきながら立ち上がり重い足取りで動き出す、こんなところ誰かに見らたくない、その一心で痛みを堪えながら歩き続ける、チラリと視線をやると窓ガラスに反射する自分の顔が酷く青みががっていた。


「ッッ! くっそ、どんなパンチしてんだあの野郎」


 遅延させた痛みが一発事に架空の衝撃と共に撃ち込まれ、口の端から息が漏れる。身体を蝕む痛みは直ぐに消えずに二発、三発と重なる事に延焼するように腹部から全体へとその触手を伸ばす。

 もう保健室は目と鼻の先だと言うのに歩く事もままならなくなる、血の気が引く感覚と同時に身体のコントロールが上手く効かなくなりその場に倒れ込んだ。

 周囲の人間が居ないことだけが救いだ……こうなったら這ってでも保健室に転がり込む。この状態で誰かに見つかればちょっとした騒ぎになるし、そうなれば雨乃の耳にも入るだろう、せっかく持ち直した暁姉妹にも余計な心配をかけてしまう。

 意地だけで虫のように這いずって保健室を目指していると背後から呆れた声が聞こえた。


「素直に助けてくれって誰かに言えよばいいのに」


 振り返るまでもなく声の主は茜さんだった。


「……助けて茜さん」

「まったくお前は……雨乃に付き添って貰えば良かったろうに」

「なっさけねぇし……ッッ! くっそ痛てぇ! 心配かけんだろうが」


 茜さんはなんでもないような顔をして俺をヒョイッと持ち上げると肩に担いで歩き出した。

 今自分が周りからどう見えているのか不安すぎる、女子から米俵みたいな持ち方されてる高校生男子って超情けないよね!

 茜さんは保健室の扉を足で開いて中に誰もいないことを確認すると適当なベッドに俺をソッと置く、気遣ってくれているのかいつもよりも優しい扱いだ。


「雨乃に連絡は?」

「絶対すんな、したら茜さんでも許さん」

「強情だなぁお前」

「俺がなんのッッために黙って抜け出したと思ってんだ……つーか黙ってることバレたら怒られる」


 五発目と思われる痛みが身体を襲う、そういや昨日のアイツは五発目くらいから気合い入れ出したよな、七発目か八発目からはメリケンサック嵌めてたし……


「無抵抗で十発ってお前……」

「あー、馬鹿なことした」


 片手で顔を覆いながら呟いた、目の端から涙が零れおちているのを見られたくなかった。

 一撃一撃ごとに跳ね上がる痛みに腹の底から熱いものが込み上げてくる、これ多分八発目辺りで一回吐くな俺……昼飯食わなきゃ良かった。


「茜さんや南雲みたいになりたかったよ」


 ポツリと漏らすと何故かベッドの横に椅子を引っ張ってきて動こうとしない茜さんが吹き出した。


「お前もそんな感情あるんだ」

「あるよ……俺が茜さんみたく強かったら昨日みたいなマネしなくても二人を守れたし、雨乃に心配かけなくてよかった」

「まぁそうだな。私ならお前みたいにまどろっこしいマネしてない」


 六発目が身体を襲う。嘔吐きながら体制を横にして少しでも呼吸を確かなものにしようと心みるが広がる痛みの前では無駄だった。血管を流れる血流が明らかに加速しているのが分かり顔が熱を帯びる。


「でも、お前の選択は正しいよ夕陽」

「……なんでっすか」

「私や南雲のやり方じゃ守れても、教えられない。雨乃から連絡来てたぞ、暁姉妹随分と素直になったらしいな」

「そうなんッッ……あっ、やばい茜さん俺吐く」


 慌てて茜さんが持ってきたビニール袋にさっき食べた昼飯を全てリバース。


「お前が身体張って、そんなザマになりながらでもやったことに確かに意味はあるよ。それは私達には出来ない、お前にしかできない事だ」

「ゔ……ゔぇ……」

「締まんねぇやつだな」

「無茶言うな……あー気持ちわりぃ」


 ある程度吐き出したおかげで少しだけだがスッキリはした、痛みの方は相変わらずだが。

 ビニール袋に目をやると血が所々混じっている、やっぱり雨乃に頼らなくて正解だったとしみじみ思った。


「血混じってんじゃん、ほんとに大丈夫かお前」

「大丈夫、よくあるから……つーか人のゲロ覗いてんじゃねぇよ」

「よく吐血するって全然大丈夫じゃないだろ」

「ほぼほぼお宅の月夜先輩のせいだよ!」


 キレ気味に叫ぶとケラケラと笑いながら茜さんは俺のゲロの詰まったビニールを二重に結んでゴミ箱に放りこみついでに保健室の冷蔵庫から勝手にペットボトルの水を取ってくるとわざわざ飲ませてくれた。

 怪我してる時は優しいんだよな茜さん、普段超怖いけど。


「珍しく弱気だな、夕陽」

「珍しくねぇし弱気じゃねぇよ、ただの自己分析だ」


 涙目で呟く。

 弱気になったつもりはない、いつだって考えている事だ。俺がもう少し強ければ、俺がもう少しタフであれば……雨乃に心配かけることも無くなる。

 

 俺が傷つくと自分も傷ついたみたいな顔をして、俺が痛みに苦しむと同じくらい痛そうな顔をする女の子。俺は彼女にそんな思いはしてほしくない。


「お前は強いよ、夕陽」

「下手な慰めは余計傷つく」

「慰めじゃねーよ、大体お前しか居ねぇからな」

「なにが」

「私と南雲に勝ってるやつ」

「症状マシマシでズルしたからだよ……次の日地獄だったし。つーか周り全員巻き込んでやっと一勝だろうが、あんなもん負けだよ負け」


 去年、確かに俺は茜さんに勝っている。でもそれは一人の力じゃない上に持てるもの全てを動員してやっともぎ取ったもの、俺一人の勝利じゃない。俺が一人で茜さんと戦えば数分以内に星になる未来は見えている。


「変なところで謙虚だなぁお前は」


 少し遅れて七発目……明らかに痛みの質が変わった。殴打の痛みではない、鋭く臓器を突き刺すような痛みに脳が揺れた気がした。


「そろそろ限界か?」

「……」


 唇を噛み締めて叫びたいのを我慢したせいで茜さんの言葉にいつものように軽口も叩けない。

 チカチカと明滅しだす視界の端で茜さんが困ったように笑いながら保健室の入口を指さした。


「悪いけど私はもう行くから、お前の看病は別のヤツに任せるよ」

「……?」


 誰を呼んだのか、雨乃以外なら誰でもいいが本音を言えば誰にも見られたくはない。

 保健室に影が差す、黒い髪がチラリと見えて俺は思わず舌打ちを繰り出した。


「私よ、馬鹿」


 最悪なタイミングで最悪の人選をした茜さんを睨めつけるも涙目じゃ情けないだけ。

 俺は静かに天を仰いで両手で顔を覆うしか無かった。


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