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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1
11/15

10話 noisy morning!


「……て! ……陽……!」


 うるさい。

 体が起きるのを拒絶していた、いつもより重い倦怠感と眠気に少しづつ覚醒し出す思考が拒絶反応を示す。

 もう少しだけもう少しだけ眠らせてくれ頼むから、そんな淡い願いも額に走る衝撃と共に無に返った。


「……痛いよぉ」


 目を覚ますと朝からご機嫌斜めの雨乃の顔が目に入る、嘆くように呟いた一言も彼女の鼻息で消し飛んでしまった。


「昨日頑張ったんだから眠らせて……」

「ギリのギリまで眠らせてたわよ、いい加減起きてご飯食べないと学校遅れる」


 言い返しようのない正論に顔を顰めるしか出来ない俺は重苦しい身体をムクリと起こす、目に飛び込んでくる景色がいつもと違うために少しばかりの空白が思考に生まれるが昨日のアレやコレやを思い出して一人で納得した。

 雨乃は俺が起き上がったのを確認すると足早にキッチンに戻る、珍しくバタついている様子だ。


「おはよう」


 それだけ声をかけ顔を洗うべく洗面所に歩きだす。

 欠伸混じりに半覚醒状態の脳みそと身体の調子を確かめながら洗面所のドアに手をかけると何やら雨乃の騒がしい声が聞こえた。

 朝から愉快なヤツめ、何をそんなにはしゃいでいるのか。鼻で笑いながら洗面所のドアを開けて絶句。

 見慣れないピンク髪が二つ視界に飛び込んでくる、制服を着ようとしていたのか微妙にはだけた制服の合間合間から肌色が見え……ッッ!


「ストップッッ!!!」

「ぎゃってっっっ!?」


 直後、横腹にアメフト部もビックリなタックルが飛んできて口からは発音した事の無い音が飛び出して俺はそのまま地面に薙ぎ倒された。


 朝から食らうには随分とヘヴィな一撃をお見舞いされ悶絶していると聞きなれない2つの足音。

 ふらつく視界で見上げると呆れ顔の暁姉妹、俺の腹部には雨乃がラッキースケベを阻止しようと奮闘した結果押し倒す形で馬乗りになっていた。

 雨乃さん、早くどいて! 気道が圧迫されてます、このままじゃ窒息します!


「なにしてるんですか2人共」


 半笑いの夏華。


「あの〜、そういうのは私達が居ない時にやってください」


 呆れ顔の冬華。

 俺は気道を圧迫され朦朧とする意識の中、遺言のように言葉を吐き出した。


「……黒」

「寝てろッッ!」


 直後、意識を刈り取る雨乃の一撃と共に本当に俺は眠りについた。


 ・・・


 次に目を覚ますと何故かリビングの床に転がされていた。食卓では雨乃と暁姉妹が雑談しながら朝食を食べている、チラリと体制そのままに時計を見れば遅刻確定ラインは遠に越している。

 ムクリと身体を上げた俺に気がついた雨乃がバツの悪そうな顔で目を逸らした。


「……私が悪かった、ごめん」

「謝れて偉い、可愛い」


 いつも通り適当な軽口を叩いて身体を起こす、どうやら俺を気絶させた雨乃は諦めたのか遅刻を選んだようだ。

 後輩が泊まっていた事までは分かっていたが寝起きの回らない頭ではあのような状況を想定出来なかった、素直に俺が悪いところもあるので痛み分けとしておこう。痛かったのは俺だけどね!


「……ごめんてば」

「なんのことでしょうか? つーわけで改めておはよう、2人共」

「「おはようございまーす!」」


 元気いっぱいの双子に苦笑しつつ俺は顔だけ洗い食卓に着く。いつもは雨乃の対面に座っているため横顔は珍しい。リスみたいに口いっぱいに頬張る雨乃、可愛いね。ナショナルジオグラフィーでこんなん見た気がする。


「いやぁ、朝からお熱いですね2人共」

「ん? あれ以上に毎朝もっと凄いことしてるよ? 今度見に来る?」

「適当言うな」


 べちっと頭を叩かれながら目玉焼きに醤油をかけた。

 叩く力がいつもより優しめなのは先程の一撃から差し引いた優しさだろうか?

 冬華に目線を向けると何やら目を輝かせて雨乃手製の朝食を頬張っている。ふふふ、美味かろう雨乃の飯は、普通にこれ無しで生きていける自信が無い。


「美味しい! 美味しいです!」


 冬華は本当に美味しそうに朝食を食べ進めている、その様子をみて雨乃は珍しく柔和な笑顔で世話を焼いていた。お姉ちゃんモードだな、雨乃検定初段の俺には分かる。


「……なによそれ」

「非公式な組織、ちなみに会員は俺と瑛人と夢芽と静音だ、最近新規会員として南雲と茜さんが入った」

「ちょ、なにそれ勝手にやめてよ!」


 ちなみに初段は俺だけである、俺が会長で俺が最強なのだ雨乃の理解力で俺に勝てるものは居ない。


「ちょっとちょっと雨乃先輩もユウ先輩も、会話を最低限にした意思疎通やめてください!」

「ごめんなぁ、俺と雨乃って目と目で通じ合えるの」


 雨乃に下手くそなウィンクを繰り出すと、何やら心配そうな顔で俺の顔を掴み何やら目の辺りを真剣に見ている雨乃。ちょ、近い近い後輩見てるから!


「目にゴミでも入ったの?」

「雨乃の優しさが目に染みたの」


 悲しいね、微塵も通じ合えてなかったよ。


「……二人っていっつもそんなナチュラルにイチャついてるんですか?」


 ジトッとした目で俺達を見る冬華に夏華が乗っかった。


「確かに、電車でも二人いっつも一緒ですもんね! 校内でも殆ど一緒にいるんでしょ?」

「俺と雨乃は運命共同体だからね!」

「違うわ、駄犬が人様に粗相をしないように手網を握っているだけよ勘違いしないで」

「今日も毒舌が気持ちいいね!」

「「うっわぁ」」


 待て、ドン引きするな! なんか俺が悲しくて変なやつみたいになるだろうが!


「つーか何、電車で俺達のこと見てたの?」

「はい、ユウ先輩も雨乃先輩もめちゃくちゃ有名ですしねウチの学校じゃ」

「……なんで私も?」

「さぁ? 可愛いのにいっつも一人で居るし、隣にユウ先輩侍らせてるからじゃないですか?」


 後輩の情け容赦のない的確な意見が雨乃の胸に突き刺さったのか口を開けてポカーンとしていた。


「なんで俺も有名なの」

「二年の不良で有名な南雲先輩殴り飛ばして舎弟にして、三年の生徒会長もボコボコにしたんでしょ? そして校舎内の窓ガラス叩き割って2週間停学になったヤバい先輩だって噂ですよ」

「なんでそんなことになってんの、尾ひれ付きすぎでしょ、二週間停学以外全部嘘だからねソレ」


 人の噂ほど信用出来ないものはないなと再び再確認した。つーかなんだ校舎内の窓ガラス叩き割って回ったって、尾崎の時代の不良じゃねぇか。

 でも面白いので今度あったら南雲に「やーい、お前俺の舎弟らしいぜ〜」って煽ることに決めた。


「やめときなさい」

「なんで?」

「南雲君の事だから笑顔で喧嘩ふっかけてくるわよ」

「やめとこ、絶対やめとこ!」


 あんな喧嘩ジャンキーに絡まれるのは絶対ごめんだ。この噂の出処を見つけ出して奴の耳に入る前に潰すことを固く誓った。

 チラリと目線を向けると冬華が何やらモジモジしながら俺の顔を見ている。


「あと、夕陽先輩ってカッコイイって1年生の中で話になってますよ……」

「え、まじ? まじで? よし決めた、今日から何の用事もないけど1年生のフロア徘徊しよ」

「ただ、黙ってれば頭に着くタイプのやつですけど!」


 冬華が上げて夏華が落とす、中々どうして年季の入った連携プレイである。お兄さん、ちょっと傷ついちゃった。

 というか黙っていればカッコイイってのは眠っていればイケメンと呼ばれる瑛人と同レベルじゃないのか?


「まぁ確かに……」


 俺が真剣に考えていると雨乃がチラリと上目遣いで俺の顔を見る。あっ、可愛い好きになりそう、もう好きだけど。


「黙っていれば……イ、イ、イケ? うーん、無いわ」

「よし喧嘩だな? 買ってやるぞ!」

「はっ! 私に勝てると思ってる訳? 頭が高いわよ平伏しなさい」

「どこの王様だテメェ!?」


 こいつ何か今日随分と俺に対しての当たりが強くないか!? 昨日頑張ったのに、昨日めっちゃ頑張ったのに!

 ヤケ食い的に白米をかきこんでおかわりを取ろうとすると雨乃が俺の手を掴んで制止する。


「やめときなさい」

「え、でもお腹空いた」

「昼……辛くなるわよ」


 流石の雨乃大先生だ、すっかり自分の症状の事を忘れていた俺よりも俺の事をよく理解していて考えてくれている。優しすぎないこの子? 天使かな?


「チョロ」


 鼻を鳴らしながらそう言う雨乃に反論が出来ない、だって本当にチョロいからね俺。

 とりあえず腹八分目に届かないくらいでセーブしてご馳走様をした。俺が食器を洗っている間に雨乃はせっせと弁当を拵えている、どうやら暁姉妹の分もあるらしい。


「いいんですか!? 私たちのお弁当まで」

「私、この家の子になります」

「いいわよ、夕陽とトレードね」

「え、どっちが俺と変わんの? 夏華? 冬華?」

「アンタを捨てて暁姉妹を奪うのよ」

「うーん、蛮族だった」


 山賊かお前は……相変わらずの思考回路である、俺よりも野蛮なんじゃなかろうか。

 暁姉妹は雨乃の周りをクルクルと回りながらお姉ちゃんコールをしてはしゃいでいた、雨乃さんも満更じゃないご様子だ。


「お姉ちゃん!」


 皿を洗い終わったので俺もその輪に混ざる。


「きっしょ」

「ドン引きです、ユウ先輩」

「今のはちょっと……」


 三者三葉、口々に俺を罵る。

 こいつらやっぱ助けなきゃ良かったかもしれない!


 ・・・


 弁当も拵えて支度も終わったのでそろそろ学校に向かおうと玄関を出る。いつもは2人だが今日は4人もいる、騒がしいが目新しくて少し楽しい。

 キャッキャとはしゃぐ暁姉妹とすっかり懐かれてしまった雨乃、他人との距離感を埋めるのが苦手な雨乃からすればああやってズケズケと距離感を埋めてくれる後輩は意外と相性がいいのかも。


「あ、ユウ先輩がこっちみてる、なんですか寂しいんですか」

「そうそう、寂しいの雨乃さんが取られて」


 適当こきながら歩いていると俺の腕をサラリと取って自分の腕を絡めてくる夏華。えっ、何この子俺の事好きなの? つーか距離感の埋め方バグってるね。


「寂しいユウ先輩には夏ちゃんがいてあげましょう」

「あ、ちょ夏!」


 夏華を引き剥がそうと歩み寄ってきた冬華に夏華が「もう片方空いてるよ」と囁くと少し照れながらもう片側も埋まった。

 え、なにこの子達、俺の事好きなの? 良かった、昨日頑張って助けて、やっぱり困ってる女の子は見過ごせないよね!


「雨乃写真撮って! モテ期来た! モテ期来たよ俺!」

「噛み締めなさい、今際の際よ」

「え、俺死ぬの? 口ぶり的に直ぐにでも死ぬやつじゃん」


 つーか多分雨乃が殺すやつだなこの流れ。

 雨乃は深いため息を吐き出すと鋭い視線を更に尖らせて、閻魔大王もビビり散らす程の低い声で唸る。


「2人共、ハウス」

「「ひゃい! すみません!」」


 いつの間にそんな格付け終了してんの君たち。

 怯えきった暁姉妹はサッと雨乃に縋り付く、俺から双子を奪い取った雨乃さんはご満悦だ。つーか暁姉妹のハウスってそこなのね、いいなお前。


「夕陽、写真撮ってモテ期よ」

「お前は基本的にいっつもモテてんだろうが。俺のモテ期短ぇ!」

「というか助けてやったのよ、アンタこんなところ瑛人にでも見られてたら死んでるわよ」

「瑛人って誰です?」

「俺らの幼なじみだよ、同級生のサッカー部。つーか瑛人朝練なんだから見つかるわけねぇじゃん」

「そういうのフラグよ」

「はははっ、そんな都合よく居るわけ……」


 視線を上げてフリーズ……少し先に昨晩の不良よりも不穏なオーラを纏う人間では無い何かが居た。

 血の涙を流しながらコチラを凝視している、実家の余り物であろうパンを咥えて。


「幸せなやついねぇが! モテてるやついねぇが!」


 ブンブンと両腕を振り回しながら不穏なことを口走りながらこちらに歩み寄る化け物。

 

「最悪ななまはげじゃねぇか」

「死ねッッ!」

「あっぶね!」


 サッカー部のマジなハイキックが頬を掠めた、殺されると思って身構えていて良かった。

 つーか当たったら死んでたぞ今の。


「なにしやがんだ! つーかなんでいんだ!」

「オレ、アサレンネボウ! イエデタラ、ウラギリモノ、フタリモ!」


 あー、人じゃなくなっちゃった。

 嫉妬をガソリンに動く何かおぞましい化け物に変貌を変えた親友に哀れみの視線を向けつつ雨乃をチラリと見る。


「雨乃、お前無関係ズラしてるけど瑛人の勘定に入れられてるぞ」

「なんで!? 嘘でしょ!?」

「オデ、セイベツカンケイナイ……シアワセナヤツミンナテキ!」

「夕陽、アンタの管轄でしょ何とかなさい」


 両手に双子を侍らせて鼻を鳴らす雨乃。

 どうにもならないよ、もう殺してやるくらいしか助ける道がないよ。

 さすがにトドメを刺すのは憚られる……こんなんでも一応は俺の大切な親友なのだ、何とか人間に戻してやりたい。俺が真剣に考えていると、夏華が無邪気に指を指した。


「あ、瑛人ってこの人だったんですね知ってます! 1年の間で話題になってましたよ!」

「え、マジで? ちょっと俺の事噂してる子紹介してもらっていい? お礼は何でもするから」


 化け物から人間に即座に戻るとサッと暁姉妹に歩み寄る瑛人、お前プライドとか無いわけ?

 スカした面して微笑む瑛人に冬華が口を開いた。


「無闇矢鱈に粉かけて振られてる可哀想な人だって有名ですよね!」


 無邪気にトドメを指す冬華。

 瑛人は口から機械音にも似た声にもならない音声を絞り出してその場で立ったまま息絶えていた。


「可哀想……」


 雨乃が真剣に同情する中で俺は静かに考えていた。

 夏華が上げて冬華が下げるパターンもあるのか……中々侮れない後輩である。

 俺達は立ったまま死んだ瑛人を放置して学校を目指した。



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