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-evening rain-  作者: 輝戸
ステージ1

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9話 Bruise


 湯船に肩まで浸かり、静かに自分の腹部に目を向けるとやはり痣はもう既に色を変えていてこの調子では朝が来る頃にはいつも通りになっているだろう事は予想出来た。

 

 いつも通り、気持ちの悪い身体だ。

 それを武器にして、利用しているのだから文句を言えた義理ではないのだが……いつまで経っても気持ち悪さは拭えない。

 物理的な話じゃなくて精神的な話だ……この異常な症状も、それをいざと言う時に引っ張り出す自分自身も気持ち悪くて反吐が出る。

 湯船のお湯をすくい上げて顔を洗う。昨夜の雨乃ではないが珍しく自己嫌悪が心を掠めてしまい、良くない考えだと頭を振るった。

 南雲や茜さんのように強ければ、あんな真似せずとも守れたはずだ……今日だけじゃないずっとずっと昔から。目をつぶると脳裏に浮かぶのは幼い女の子の泣いている顔だけ、結局のところ他人に偉そうに説教できる立場でないのに。


「……夕陽、いる?」

「いるよ〜、なになに雨乃ちゃん混浴でもする?」

「ばーか。珍しく長風呂だから心配しただけよ」

「もう出るよ……なに、俺の裸見たいの〜?」

「あ、ごめん、すぐ行くから」


 恥ずかしそうにそう言って洗面所を後にする雨乃、その向こうでは明らかに夏華と冬華のはしゃいでいる声とソレを止める雨乃の声がした……騒がしいことこの上ない、これではおちおち考え事もできやしないな。

 雨乃をおちょくる側に参加するべく、俺も浴槽から疲れた体を引き上げた。


 ・・・


 本当は今にでも寝たい気分だが雨乃さんに起きてろと釘を刺された手前寝る訳にもいかず、眠たい身体を引きずってリビングでゲームをしていると三人仲良く風呂に入り終わった夏華と冬華がリビングに出てきた。雨乃はどうせ片付けているのだろう。


「お風呂頂きました〜!」

「おーう、三人は狭かったろ」


 俺がそう言うと夏華は聞いておらず俺の頭の上に顎を乗っけてゲームの行方を観察していた。

 その猫のような自由さに少しばかりドギマギしつつも、悟られないように平静を装う。


「ユウ先輩もコレやってるんですか」

「お前もやってんの?」

「やってますよ! 結構強いです、私」

「後でグループ招待してやろう、今度やろうぜ」

「夏、近いから!」


 慌てて夏華を引き剥がす冬華、まぁ確かに距離感は近かったな。ちょっとドキッとしちゃった、知らない女の子から知ってる匂いがするんだもん。


「冬華も夏華も冷凍庫にアイスあるから食っていいぞ」

「いいんですか!」

「やったー! ユウ先輩大好き〜!」


 アイスという言葉に目を輝かせて冷凍庫にかけていく双子の後ろ姿に思わず苦笑した、やっぱりまだまだ子供だな。


「私、ユウ先輩の家の子供になろうかな」

「え、ずるい夏! 私もなる」

「いや俺ん家の子ってか雨乃さん家の子なんだけどね」


 俺も雨乃さん家の子になりたい、というかキャラの濃ゆい紅星家から離脱したい。兄貴以外まともな人間が家族に居ないのだ。

 双子はアイスを取ってくるとソファに座るでもなく俺の両サイドを陣取り身体を預けてゲームの様子をみながらアイスを食べていた。うーん、随分と懐かれてしまったものだ、小型犬二匹飼ってる気分。

 距離感の近い双子にドキマギしていると部屋の温度が突如として3度くらい急激に下がる、そして底冷えする声が響いた。


「近い」

「「ひゃい!」」


 その声に弾かれるようにして暁姉妹は俺から距離を取りソファに移動する。やっぱ小型犬じゃん、じゃあ飼い主は雨乃? それでいけば俺も飼われてないですかね?


「大型犬ね」

「三食散歩に添い寝付きで頼むわ」

「庭で放し飼いよ」

「うーん、扱いが酷い」


 双子は雨乃の声で体感温度が下がったせいか明らかにさっきよりもアイスを食べるスピードが落ちていた。


「雨乃、お前また髪乾かさねぇで出てきたのか」

「長くて面倒臭い」

「伸ばしてるのお前だろうに」


 呆れながら立ち上がりドライヤーを手に取るとアイスを頬張っている雨乃の後ろに回り込んで髪を乾かしてやる。

 雨乃はいつもは自分で髪を乾かす癖に、時たま濡れたままで出てきて俺に髪を乾かさせる。甘えたい時もあるのだろうと勝手に納得しながら髪を乾かしてやるのが俺のたまの楽しみでもあった。


「……」

「……」

「なんだ、後輩ツインズ」

「いや、何を見せつけられてんのかなって」

「冬に同意でーす」


 やっぱりおかしいよね、高校生なんだから。そう思って辞めようとは思っているが雨乃が拗ねるので仕方ないのだ、そう仕方ない! 別に雨乃の髪を合法的に触れるのが好きだとかそんな変態的な何かじゃない。


「お前らも乾かしてやろうか?」

「え、マジですか」


 夏華、ドン引き。

 冬華は少し照れてる、ドライヤーの下の雨乃さんは人を殺すような目で俺を見ていた。


「うーん、やっぱ今のなし」

「ダメよ、不健全な」

「雨乃先輩はどうなるんですか!」


 冬華のツッコミに雨乃は女王様のように鼻を鳴らすと高らかに宣言した。


「悔しかった小間使いを手に入れなさい」


 拝啓、夢芽。

 どうやら弟ではなくて小間使い扱いが正しいらしい。


 ・・・


 お眠な暁姉妹を雨乃が部屋に案内してから少しして、俺もゲームを切り上げて自室に戻ることにした。随分と限界の近い身体を引きずって起きていたが、理由は雨乃が寝落ちして説教を有耶無耶にするためである。

 よし勝った、確信して部屋のドアを開けると俺のベッドの上を雨乃が我がもの顔で占領していた。


「残念、お見通しよ」

「……なんでいんの」

「今日のノルマを達成してないから」

「俺の説教ってノルマなの!?」


 雨乃はパジャマ姿でベッドに寝転んでいるし、その手には自分の枕があった。俺の枕は床に転がっている。


「なんで枕持ってんの」

「ここで寝るから」

「……なんでここで寝るの」

「部屋をあの二人に貸したから」


 天を仰ぐ俺。

 こいつ、分かってやってんのか無意識でやってんのかは分からないがどういうつもりなのだろうか。


「とりあえず、寝転がりなさい」


 雨乃はベッドから降りると俺に寝転ぶように促す。

 逆らうとあとが怖いので渋々言う通りにすると何の躊躇いもなく雨乃が俺の服を捲った。


「なにしてんの!?」

「黙れバカ、怪我の様子を見るのよ」


 雨乃は真剣な眼差しで俺の腹部を観察してから写真を撮った、その後で何度か力を変えて俺の腹部を押して痛むかの確認を取る。


「ま、いつも通り大丈夫そうね」

「だから大丈夫って言ってんだろ」

「私、夕陽の大丈夫は信用しないから」

「酷いね!」

「もっと言えば夕陽のことを信用してない」

「もっと酷い!?」


 いい笑顔でそう言った。

 雨乃は俺をベッドから引きずり下ろして、俺のベッドに腰かけて立ち尽くす俺を床に正座するように促した。

 お説教からはどう足掻いても逃げられないらしい。


「さて……と、まず初めに」


 雨乃は正座する俺の膝に足を置いて怖い顔をした。


「何考えてんの」

「……」

「事情は分かる、理由も分かる、でも納得はしてないからね私。もっといい解決法があったはず」

「俺的にはアレが一番良かったと思った、勝算もあったし」

「無抵抗で十発殴られて、血が混じったゲロを吐くのが? 自分じゃ立てないくらい身体おかしくなって、最後は意識飛ぶような事が?」


 耳が痛いし言い返す言葉は持ち合わせていない。

 ただただ下を向いて雨乃の説教に耳を傾けた。


「無茶しすぎなのよ本当に! 内臓破裂とかなってたらどうしてたの? てか、多分なってたでしょ?」

「……わかんにゃい」

「あぁん?」

「ひぃ! ごめんなさい、分かりません!」

「馬鹿が」


 吐き捨てるように雨乃は呟いて俺の頬を両手で抓る。


「どうせ後輩見捨てて逃げたくなかったんでしょ?」

「はい、そうです」

「その過程でカッコつけただけ、いつもの通り」

「はい、すみません」

「私の知らないところで、私が居ないところで……無茶も無理もしないでお願いだから」


 目線を上げると心配を瞳に滲ませる雨乃と目が合った。


「辛いのも、キツのも我慢しないで。あんなになるまでボロボロにならないで……」


 息が詰まる、言葉が出なくなる。

 下手したら今日の何よりも痛い一撃に少しだけ目眩がした。


「いい、約束して」

「何を?」

「もう無茶しないって」

「……時と場合による」

「あぁん!?」

「分かった約束! 約束します!」


 どうせ状況次第では破ることになるけどね。


「どうせ状況次第で破る気だろアンタ」

「症状使うのはズルいだろ!」

「使ってないわよ、使わなくてもお見通しだっつーの、そんくらいのこと。何年一緒にいると思ってんの」


 雨乃は俺の頬から手を離すと溜息混じりに長い髪の先を指で弄んで俺をジトッと見ていた。


「明日、昼から地獄よアンタ」

「分かってる」

「キツくなったらすぐ言って、一緒にいるから」

「……わかった」

「拗ねた子供みたいな顔しないの……まったく、説教は終わりよ。寝ましょ、馬鹿のせいで疲れたの私」

「そうだな」

「あ、あと雨乃スタンプ5個だからね今回の無茶は。そして一枚分溜まったからお仕置するから」


 おぉ、意外と温情のある裁量だった。

 十個くらい纏めて溜まるかと思ったが五個とは大変寛大な処罰だ。


「ま、無茶はしたけど身体張って後輩助けたのはカッコイイいいんじゃない? 知らんけど」


 少し照れながら雨乃がぶっきらぼうに呟く、その姿だけで今回頑張って良かったと心の底から思えた。


「はい、じゃあ電気消して」

「はいはい」


 電気のスイッチを押して俺はベッドに潜る。


「ちょっと狭い、夕陽もうちょいそっち行って」

「狭いったってお前……ん? おい、待て」


 俺はベッドから飛び起きた。

 説教からの自然な流れで一緒に寝る雰囲気になっていた、危うく騙される所だった!


「ちょい待て、ちょっと待とうぜ雨乃さん!」

「ちっ……気がついたか面倒臭いヤツめ」

「さすがに不味いでしょ!」

「私がいいって言ってんの、ほらこっちこい」


 不機嫌そうに自分の枕の半分を叩きながら雨乃がベッドに入ってくるのを促すが流されないぞ俺は!


「いやお前不味いだろ一緒のベッドは!?」

「子供の頃は一緒に寝てたじゃない」

「中学上がる前までだろうが!」

「さっき添い寝って言ってた!」

「冗談だ! 冗談じゃねぇけど冗談だよ!」


 つーか中学上がる前ってそれでも結構危ないラインだぞお前!

 瑛人にうっかり口を滑らせてドン引きされたのを幼いながらに覚えている、あれほどの屈辱は無い。


「じゃあどこで寝るの夕陽は」

「下のソファで寝る」

「……馬鹿」

「今回はお前が馬鹿だろ」


 俺は枕を拾い上げて部屋を後にする。

 まったく、人の気持ちも知らないで気軽に同衾誘ってくんじゃねぇよ。ドキマギしちゃうだろうが、思春期舐めんなこの野郎。

 部屋を出る前、俺の背中に雨乃の拗ねたような声がかかった。


「へたれ」


 ・・・


 枕片手にリビングに降りると、人影と物音。

 雨乃の父親である天斗(あまと)さんが帰ってきていた。


「お帰んなさい天斗さん」

「ただいま夕陽……ん、なんで枕持ってんの」

「雨乃にベッド取られまして」

「あー、後輩が泊まりに来てるんだってね……ふんふん成程」


 天斗さんは俺をジーッと見つめると口角を綻ばせた。


「ヘタレたね夕陽」

「アンタの娘だろうが!?」


 何を期待してんだ何を!

 自分の娘がこんなのと同衾しようってのによくもまぁケラケラと笑えたもんだな。


「ところで雨乃から報告を受けたんだけど」


 ソファに枕を放り投げて睡眠の体制を取ろうとしている俺に天斗さんが雨乃そっくりな脅迫的な笑顔で呟いた。


「また、無茶したね夕陽」

「……すみませんでした」

「どうせその様子じゃ雨乃に散々怒られた後だろうし、今日は許してあげよう。まぁ一応軽く見てあげるから服脱いで」


 言われたままに服を脱ぐと、天斗さんが俺の腹部を触りながらスマホを見ていた。恐らくは雨乃に送られた俺の写真だろう。


「相変わらず人知を超えた速度だね回復が」

「じゃなきゃとっくに死んでますよ俺は」

「死ぬような無茶、しないで欲しいんだけどね」


 たははーと笑って居たがまったくもって目が笑っていなかった、俺は即座に深々と頭を下げる。


「まぁ分かってると思うけど、ソレにかまけて無茶をしてはいけないよ」

「はい、分かってます」

「君のソレも雨乃のモノもいつ失うか分からない物だからね、それ頼りで生活しているといざと言う時に手痛いしっぺ返しをくらう」


 天斗さんは真っ直ぐに俺の目を見つめてそう言った。


「心配だから無茶は程々にね」

「肝に銘じます」

「前回も言ってたよねソレ」

「雨乃は天斗さん似だなぁ!」


 天斗さんは溜息を吐きながら席を立つと、部屋を後にしようとして立ち止まる。


「今日、君の父親のから連絡が来たよ」

「へ? 親父から? なんて?」

「近々、夕陽の兄貴が来るから一晩止めてやってくれってさ。じゃあお休み夕陽、よく寝るんだよ」

「あっ、はい、お休みなさい!」


 それだけ言うと天斗さんはシャワーを浴びるのかリビングを後にした。

 俺はリビングに置いてある膝掛けを毛布代わりにして寝転んで兄貴の事を考えていた。


「来んのかぁ兄貴」


 我が紅星家、唯一にして最高の良心。完璧超人の兄貴がやってくるのだ。

 兄貴に会えるのは少しだけ楽しみだ、いつ来るかは知らないがその事だけで明日の地獄の痛みを乗り越える多少の希望にはなった。

 枕に顔を埋めて、俺はようやく長い長い一日を終わらせる。

 

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