サンタからのプレゼント
「寒いな・・・早く帰ってご飯作らなきゃ」
もうすぐクリスマス。街はイルミネーションで飾られていて、道行く人たちも心なしか表情が明るい。
優衣は小学3年生。母の翠と2人暮らしだ。仕事で帰りが遅い母に代わり、夕飯を作ることが多かった。
「今日は寒いからシチューにしようかなあ」
駅前のスーパーへと歩きながら、北風でかじかんだ手に息を吹きかけると、優衣は今日の学校での出来事を思い出した。
休み時間に、教室でクリスマスの話をしていた時のことだった。
「えっ!?お前まだサンタなんか信じてるの!?」
クラスメイトのヒロキが大声で言った。
「えっ!?」
ヒロキはいつも優衣にちょっかいを出してくる。ちょっと乱暴で、優衣は苦手だった。
「バカだな、あんなの大人がウソついてるだけに決まってるだろ!?」
心底あきれた、という表情で、ヒロキは言うと優衣をからかうように笑った。
「やっぱり・・・そう・・・だよ・・・ね」
優衣はちょっぴり悲しくなってうつむいた。
3年前のクリスマスの日、優衣の父は交通事故で死んでしまった。サンタからのプレゼントはそれきり届かなくなった。
「サンタなんて、やっぱりいないんだ」
優衣がそう呟いたとき、ふいに後ろから声がした。
「俺になんか用か?」
「キャッ!」
びっくりして振り返ると、そこにはサンタ服を着た背の高い青年がいた。
「全くこの時期、いい迷惑だぜ。みんなして人の名前を呼びやがって」
青年はうんざりした顔をしながら文句を言った。
「え?まさか、あなた・・・サンタさん・・・!?」
優衣が言うと、サンタ姿の青年はつまらなそうな顔をしながら答えた。
「確かに俺はサンタだ。まあ、お前が思ってるサンタとは違うサンタだけどな」
ぶっきらぼうに答える青年に優衣は尋ねた。
「それってどういうこと?」
青年は少しかがんで優衣に視線を合わせると言った。
「俺の名前はサンタ。クリスマスに生まれたからって、じいさんがつけたんだ」
近くで見ると、とても整った顔をしている。サンタというよりは王子様みたい、と優衣は思った。
「そもそもクリスマスに生まれたのはサンタじゃなくキリストなんだよ。それをじいさん、勘違いして」
やれやれ、と言った面持ちで、青年は姿勢を正した。
「そう、ですよね・・・やっぱり、サンタさんなんていないんですよね」
優衣の目から涙がこぼれた。
「ちょ、なんで泣くんだよ。俺が泣かしてるみたいじゃねえか。それに俺はサンタがいるともいないとも言ってねえし」
サンタは優衣の涙に慌てた。
「ちょっと待ってろ」
サンタはそういうと、近くにあった自動販売機で温かいココアを買ってきた。
「ほら、これでも飲んで元気出せ。俺はいわゆるサンタクロースじゃないけど、話ぐらい聞いてやるぞ」
サンタから渡されたココアを受け取ると、優衣は泣きじゃくりながら、父が死んだこと、それからサンタのプレゼントがなくなったこと、ユウタからサンタなんていないと言われたことを話した。
話を聞き終わったサンタは、手に持っていた袋から『割引券』と書いてあるチラシを取り出し、裏側に何かを書くと小さく折りたたんで優衣に渡した。
「明日これ持って、あそこの角のケーキ屋に行ってみな。お店に着くまで裏は見ちゃだめだぞ。約束守れたらいいことあるかもよ」
そう言っていたずらっぽく笑うと、優衣の頭をぐしゃぐしゃと撫で、サンタはどこかへ行ってしまった。
翌日、優衣はサンタにもらったチラシを手に、ケーキ屋に行った。このお店は、まだ父が生きていたころ、誕生日にケーキを買ってもらったことがある。父がいなくなってからは、来ていなかったな、と思い、優衣はちょっぴり寂しくなった。
色とりどりのケーキや、ジンジャーマンクッキー、クリスマスの装飾が施された店内は、どこか懐かしい感じがした。
「あの・・・こんにちは」
店内に入って、声をかけると、店の奥からサンタクロースにそっくりなおじいさんが出てきた。
「いらっしゃいませ!」
「あの、これ、昨日もらったんですけど」
優衣は、サンタからもらったチラシを取り出すと、おじいさんに渡した。渡されたチラシを広げると、おじいさんはチラシの裏を見た。そして、ふっと笑うと優衣を見た。
「サンタから聞いてるよ。ちょっと待ってね」
そういうとケーキ屋のおじいさんは店の奥に入っていった。優衣はドキドキしながら店内を見回し、おじいさんが来るのを待っていた。
「お待たせ」
そう言って戻ってきたおじいさんはクリスマスケーキを手にしていた。
「わあっ・・・!すごい」
白いクリームの上にはイチゴがたくさん飾られていて、お菓子で作った雪だるまとクリスマスツリーも乗っていた。
「チョコレートのプレートに名前を入れるからお名前を教えてくれるかな?」
おじいさんはニコニコしながら優衣に尋ねた。
「わ、わたしですか?優衣です」
「ゆいちゃんね。メリークリスマスゆいちゃん・・・と。ん?このプレートどっかで見たことがあるような・・・」
出来上がったプレートを見ながら、おじいさんは首をかしげると何かを思い出そうとしていた。
「もしかして、3年前にお父さんを亡くしたって・・・」
「はい、クリスマスの日に交通事故で」
「そうか・・・それじゃ、あのケーキは君へのプレゼントだったんだね」
おじいさんは何かを思い出したように言った。
「どういうことですか!?」
優衣が驚いて尋ねると、おじいさんは答えた。
「あの日、君の名前をプレートに入れたケーキの予約が入っていたんだが、その人はケーキを取りに来なかったんだ。忘れたのかと思っていたけど、それで来られなかったんだね」
「え・・・じゃあ、3年前にパパがケーキを予約してたのはこのお店だったんですか?」
父は3年前のクリスマスの日、予約したケーキを取りに行く途中、事故に遭って亡くなったのだ。
呆然とする優衣におじいさんは言った。
「そうか・・・これも何かの縁だね。このケーキ、元々サンタから今日チラシを持った女の子が来るからプレゼントするようにって言われてたんだけど」
「え?サンタさんて、あのお兄さんが?」
見ず知らずの私にプレゼントしてくれるなんて、なんて優しい人なんだろう。優衣は嬉しかった。
「よかった。3年越しに渡すことができて」
おじいさんは優衣を見ながら優しく微笑んだ。
「ただいま」
今日はクリスマスだというのに、また遅くなってしまった。優衣に一人で寂しい思いをさせてしまった。
翠は残業で遅くなった自分を呪った。
「おかえりなさい!」
優衣が満面の笑顔で迎えてくれる。
「優衣、ごめんね。クリスマスだっていうのに遅くなっちゃって」
生活のためとは言え、まだ年端も行かない子どもに寂しい思いをさせてしまっていることに、罪悪感を感じてしまう。
「今日はね、チキンを買ってきたよ!ブロッコリーでサラダも作ったんだよ!それとこれ!」
優衣が得意げに指さす先には二人で食べるには大きなクリスマスケーキがあった。
「このケーキ、どうしたの?」
「サンタさんからのプレゼント!」
そのころ、ケーキ屋では。
「ふぅ・・・クリスマスが終わると1年が終わった気がするな」
店の片づけをしながらサンタはひとりごちた。
「おい、サンタや」
「なんだよ、じいちゃん。今日は疲れただろ。早く寝ようぜ」
片づけをしているサンタにおじいさんは言った。
「今日、あの子来たよ」
サンタは手を止め、おじいさんのほうに向きなおった。
「おお、よかった。一番スペシャルなクリスマスケーキにしてくれたんだろうな」
「もちろんだよ」
それを聴いて、サンタはにっこりと笑う。
「喜んでただろ?」
「ああ。とっても嬉しそうだったよ。それに、3年越しで渡すことができて、わしもほっとしたよ」
「やっぱりそうだったんだ」
昨日、優衣から話を聞いて、3年前店からそう遠くない交差点で交通事故があったのを思い出したのだ。酒気帯び運転で、被害者は亡くなったと聞いていた。その日、引き取りのない予約のケーキがあった。その時は、よくあるキャンセルかと思ったのだが、優衣から話を聞いたときに、もしかして、と思ったのだ。
「ところでチラシの裏に書いてあったが、『支払いはサンタの出世払い』って。いつ払ってくれるんだ?」
おじいさんが言うのも聞こえなかったかのように、
「さあ、店も片付いたし、じいちゃん、風呂でも入って来いよ」
と言って、サンタはにやりと笑った。