2025 出会い
2025年 ジャカシティ
眠らない街、ジャカシティでも寝ている住人はいる。否、彼は「寝ようとしている」
いつもならばラルフは夜中までギャンブラー「マッキー」として「仕事」をしている。カジノで大金を作るという「仕事」だ。
だが今日は満月。彼にとっては最悪の日だ。「もう一人の自分」が目覚める日だ。ラルフは今ベッドに体を縛り付けていた。痛いが、これから起こることを考えれば仕方ない。
カーテンの隙間から月光がラルフの顔にかかると、ラルフは舌打ちした。「いよいよか!くそ、体中が燃えるように痛い!」ラルフの体の節々が痛み始め、変形する。そしてうめき声は唸り声に代わっていった。耳はとんがり、ズボンのチャックがはじけ飛び体毛が急速に成長する。
同時刻
街の別の場所でもうなり声をあげる女性がいる。「ああ・・・血が、うう・・・」そう言いながらホームレスの女は廃墟の床に倒れた。
闇ブローカーから購入した血を切らしてしまったことに気づいたがもう遅い。血が、血が欲しい・・・
その衝動のままに飛び出た元風俗嬢のベラは夜の闇の中に消える。
2時間後
とあるカジノの裏手にバンが一つ停まる。すると裏口の用心棒が近づいて話しかける。「よお、来たか。お前らの奪った金は俺等デストロイウォーターズに分けてくれるんだな。」するとバンの助手席に座っていた男が答える。「勿論だ。金庫の場所は?」「それは俺等でもしらねえ。だけど支配人室なら知ってるぜ。ここの用心棒は俺の手下だ。支配人室の警備が手薄になるように手配しておいたぜ。」「ああ、そりゃあ助かる。で、本当にここはリタリオが経営主体なんだな?マドリオだったら承知しねえぞ。」「そりゃあ大丈夫だ。俺等はヤクをマドリオから買ってるからな。」「そういうことか・・・マドリオに恩を売るためにリタリオを潰そうってか。」「余計なこと言わねえでさっさとやっちまえ。」「はいはい。よし、お前らいくぞ!」
バンの中から覆面を被った4人の男が出て来た。助手席の男も運転手を残すと覆面を着用し、バンから下りた。そしてトランシーバーに向かって言う。どうやら彼が覆面男のリーダー役らしい。「そっち、gps見れるか?」「ええ、大丈夫よ。プエルトリコ人さんから頂いた地図もあるわよ。」と女の声が聞こえる「よし、金庫の場所を支配人に聞くぜ。」
それと同時、用心棒が裏口の扉に設置されているタッチパネルに数字を打ち込み、扉を解除した。「よし、行くぜ!」とリーダー役が言うと覆面の一行はカジノに侵入した。
「よし・・・」用心棒がドアを閉めると自動ロックされる。「あのギャングどもを雇ったのはどいつか知らねえが金持ちなのは間違いねえ。」とつぶやいたとき、目の前を何かが高速で駆け抜ける。「!?」用心棒はピストルを抜き、警戒する。だが目を凝らしてもなにも見えない。「あん?気のせいか。」と彼がつぶやいたとき、突然「グワー!」という唸り声がして怪物が暗闇から現れた。
それは本当に「怪物」と形容するしかないものであった。けむじゃらの大男が登場したのだ。頭部は狼のもので、手足には鋭い爪が生えている。その大男は用心棒に飛び掛かる。そして彼の顔をひっかいた。顔の皮膚がはがれ、用心棒は痛みにうめいた。
それを尻目にお男は壁に飛び移るとそのまま二階の窓を破ってカジノ内に侵入した。
同じころ、カジノの正面玄関にいる警備員は1人の女を制止した。「ちょっと待て!ここはあんたみてえな薄汚ねえ女が来るところじゃねえ。帰りな。」
その女は先ほど血を求めてさまよい出たホームレス、ベラだった。彼女は目の焦点が定まっていない。「おい、聞いてんのか!?」と凄む警備員。するとベラは「血を・・・血を頂戴・・・」と言っている。「あん?ヤク中かよ・・・」そう言って警備員がベラを追い払うために腰から警棒を抜いたと同時、彼女が飛び掛かって来た!警備員の首筋にかぶりついたのだ!「血、血だ・・・」そういうベラの目は赤黒く光っていた。
息絶えた警備員を押し倒し、彼女は中に侵入した。
カジノの中では大勢の人間が今日も一攫千金を狙って目をギラギラさせながら遊んでいる。
カジノの内装は中世のヨーロッパの大聖堂を模したような造りになっており、1階にはポーカー台・スロットマシン・ルーレットなどが沢山並ぶ。四階まで吹き抜けになっており、2~4階には1階を見下ろすように壁際に回廊が作られている。
回廊には酒を飲みながら談笑する人々と酒を配って回る従業員、秩序を保つために回る用心棒、そして一文無しになった人々を狙って違法な金貸しをしようとする業者が行きかう。
いつもと変わらぬ風景・・・の筈であった。裏口から入った従業員用エレベーターを使って4階に現れるまでは。
まず強盗の銃を見た人々が悲鳴を上げ始める。「黙れ!」と言って強盗のリーダーが天井に向けて撃った銃の音でさらに混乱がひどくなる。カジノ中に響き渡る銃声により全ての階の客がパニックに陥ってしまったのだ。おまけに天井に撃たれた弾がシャンデリアに当たり、それが1階に落ちてポーカー台にいた客とディーラーを押しつぶす。
「くそ!どけ!」強盗1行は銃を構えて大勢行きかっていた人々に道を開けさせる。「支配人室は何処だ?」とのリーダーの問いかけにトランシーバーの向こうから声が聞こえる。「4階の回廊の突き当りにドアがある筈よ。その向こう側の廊下を通った先ね。」「よし、てめえら急ぐぞ!」そう言って強盗一行が走り始めたとき、突然回廊に面した窓ガラスが割れた。
「な、なんだこいつは!」強盗達の目の前に狼男が立ちふさがる。「な、なんだ!ふざけた変装しやがって!てめえも金狙ってんのか?」狼男の返事は唸り声だった。「くそ、俺が始末する!」そう言って強盗の一人が銃を狼男に向けて撃つ。だが弾丸は全て跳ね返される。狼男は慌てる強盗のリーダーを掴んで回廊から投げ落とした。
「こりゃあひでえな。」機動部隊を率いて入って来た警官は溜息をついた。カジノの中は大混乱だ。人々が出入口に殺到し、奥では衝撃音と響きが鳴る。
そのとき、機動部隊員の一人が叫ぶ。「なんだあの女!」
警官はそちらに目をやり・・・絶句した。異様に肌の青白い女が倒れた女性客の首筋にかみついているのだ。その女性の隣には首筋から血を流すディーラーは倒れている。さらにそこに折り重なるように男性客も倒れている。こちらも血を流している。
「おい、手をあげろ!」警官と数人の機動部隊員が女に銃口を向けたときいきなり強盗の身体が飛んできた。それは機動部隊員にぶつかる。
「グルワアアアア!」強盗を放り投げた狼男が4階の回廊からスロットマシンの上に降り立つ。そして近くを逃げ惑っていた従業員を掴み、放り投げる。その身体がたまたま血を吸っていた女に当たる。「うっ!」ベラは驚いて顔を上げる。
狼男が見つめていた。そして突進してくる。「キャッ!」ベラは正気を取り戻し、逃げ出す。狼男はポーカー台を投げ飛ばし、浴びせられる銃弾をものともせずにベラを投げ飛ばそうと向かってきた。
「いったん撤退だ!」警官が叫び、機動部隊員も出口に向かって走り出す。
4階の回廊から階下を見下ろす支配人。その額には脂汗が浮かぶ。「こりゃどういうこった・・・」困惑顔の支配人は携帯電話を取り出し。どこかに電話を掛ける。「ボス、レックです。カジノが大変なことになってやす。へい、へい・・・それがうまく説明が出来ねえんです。強盗の連中が押しいってきたと思ったらなんか・・・怪物が現れやがったんですよ。サツの連中と交戦中です。それから、ゾンビ女もいます。いや、ボス、俺だって自分がヤクをやってるんじゃねえかと疑ってるくれえです。でも嫌に現実感がありやがる。」
「あの女を捕まえろ!」警官が叫び、数人の機動部隊員がベラを狙い撃ちする。そのうちの一つがベラの額をかすめる。
ベラは必死だった。いつ死ぬかもわからない。沢山の弾丸が飛んでくる。
そのとき、「グワー!」と大声がしていきなり狼男が追い付いてベラを押し倒す。「キャッ!」
ベラは目の前に迫る狼男の牙を見て目をつむる。自分は死ぬんだ。
だがそのとき、狼男が後ろを振り返って機動部隊員に飛び掛かる。狼男は機動部隊員が浴びせる銃弾が気にくわなかったようだ。怒りの大声を上げて機動部隊員の顔を割き、胴体を放り投げる。全員女を捕まえることなど忘れて逃げ出している。
ベラはゆっくり立ち上がった。謎に勇気が湧いてきた。私も戦おう。
ベラは狼男から逃げる機動部隊員に飛び掛かり首筋に歯を突き立てた。
「くそ!」リーダーの警官はいつのまにか自身のパトカーに乗り込んでいた。「まさか・・・あいつらはラングストンが始末したんじゃねえのか?とりあえず、急いで報告だな。」そう言うと警官は携帯電話を取り出す。
「すみません、助教様。『監視者』ライドです。緊急のご報告があります。異端者、まだ生きてます!ええ・・・私が対処した強盗事件現場に現れやがった!かなりの大混乱が起きましたからニュースになる筈です。カジノ『ゴールドガーデン』の強盗事件です。機動部隊の連中を利用して吸血女を捕まえようとし・・・ん?助教様、吸血鬼の生き残りの性別は?何ですって!?私が見たのは若い女です・・・まさか!くそ!」
警官、いや「監視者」はくちびるをかんだ。事態は彼ら「迫害者」にとって厄介な方向に進んでいた。




