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初めての食卓

「さあ、お好きな方に座ってください」

 ダイニングテーブルの上には、二人分の食事が向かい合わせでセットされていた。体格からしたら長月の方がよく食べるのだろうが、量は二つとも同じに見える。

「何か変なもの、入れてないよね? 毒とか」

「毒?」

 長月が意外そうに、やや目を見開いた。「そんなもの入れてどうするんです?」

「私を眠らせるとか、こ、殺すとか」

「あなた、ヒトの話聞かないですね。言ったでしょう、危害は加えないと」

「言ったけどそのあと“必要以上には加えない”って訂正してたでしょ」

「ああ、そうでしたね。ではその必要が生じないよう、早く席について食べてください。あなたが変に反発しないでいてくれれば、俺だって何もしません」

「……むかつく」

 何を話しても、軽くいなされているような気がする。年齢差だろうか。男は三十代前半くらいに見える。じゃあ、私は? 私は何歳なのだろう。体感だけではよくわからない。

 二席のうちのひとつを選んで腰かけながら、目についた自分の手の甲をまじまじと見る。年齢は手に出ると聞いたことがある。だが、特に皺やシミがあるわけでもなく、つるりとしていて、十代にも二十代にも三十代にも見えてしまう。

やはり顔をよく見なければ。食事を終えたら洗面所の鏡で見てみよう。

「いただきます」

 習慣だったのだろうか。無意識に口にしてしまい、言わなきゃよかったと思った。正面に座り、黙々とスプーンを動かし始めていた長月が、驚いた様子でこちらを見たからだ。

「いや、別に、あんたに感謝して言ったわけじゃなくて」

「はい」

「ただ言っただけ。意味なんて無いから」

「はい。……いただきます」

 長月は私の真似をしてか、食べている途中のスプーンを置いて両手を合わせた。

 よくわからない。この男はなんなのだろう。

 白い皿に綺麗に乗せられたオムライスは、洋食屋のそれとまではいかないが、家庭で出てくるには十分すぎる良い見た目をしていた。薄く焼いた玉子でケチャップライスを包む昔ながらの形式だ。炒められたケチャップとバターの香りが食欲をそそる。

 楕円形の一番端をスプーンで切り取り、口に入れた。

「熱っ」

「大丈夫ですか」

 少し上を向き、はふはふと口内で冷やしながら咀嚼する。ケチャップライスの甘じょっぱさが、熱とともにじんわりと体に染みるようでホッとする。

「お味はいかがです」

 何を期待するでもなく、ただ淡々と長月は問う。

「別に……美味しい、けど」

 悔しいが、嘘はつけない。つく理由も無かった。

「そうですか。よかったです」

 それだけ言って、長月はまた静かに食べ始める。武骨な見た目とは裏腹に、一口ずつ丁寧に、綺麗な食べ方をする男だと思った。

 私も黙ってスプーンを動かす。最初の一口が呼び水になったのか、急にお腹が空いてきて、皿の上は瞬く間に空っぽになった。コップの水を飲み干して、ひと息つく。先に食べ終わっていた長月が、私をじっと見て、

「足りましたか」

 と聞いた。私は頬がカッと熱くなるのを感じた。それほどガッついて見えたのだろうか。気まずくて答えあぐねていると、長月は自分の食器を持って席を立った。

「デザートがあります」

「いや、あの、欲しいなんて言ってない」

「いらないですか」

 食器をシンクに下ろして長月は振り向く。「プリンなんですが」

「いや」

「固めプリンです」

「た、食べ、ようかな」

「よかったです、無駄にならなくて」

 言いながら、長月はシンクの中で何かを洗っていた。すぐに水音が止まる。シンクから取り上げられたのは、先ほど目にした包丁だった。長月はそれを布巾で拭き、シンク下の収納にしまう。他の食器はすぐには洗わないところを見ると、包丁だけは特別なようだった。

 長月は冷蔵庫を開け、中からマグカップを二つ取り出す。それをそのまま両手で持ってきて、一つを私の前へ置いた。

「手作り、なんだ?」

「ええ。何かを作っていると気晴らしになるので」

「気晴らし?」

 気を晴らしたいのは監禁されてる私の方だ、と言いたいが、ここで喧嘩腰になっても仕方ないので黙っておく。

「いえ、忘れてください。不適切な言い方でした」

「別に、咎めたわけじゃないよ。ただ、あんたって人がよくわからないから」

「わからない……そうでしょうね」

「長月、って呼べばいいの? でも本名じゃないんでしょ」

「本名は名乗れないんです。すみません」

 長月がデザート用のスプーンを置いてくれる。私はそれを手に取り、プリンを口に運んだ。固めの食感。濃厚な卵の味と、滑らかな舌触り。

 名乗れないというのは、名乗らない、ではなく、名乗ることが不可能ということなのだろう。それは、私がこの部屋を脱出したあと、警察に彼の名を言ってしまわないためなのか。

 いや、そもそも長月は私がここから出られるとは思っていないはずだ。鎖で足まで繋いでいるのだから、外部から助けでも来ない限り不可能だろう。もちろん私は脱出する気でいるが、普通ならば不可能と考える。ならば本名を告げてもいいのではないか。長月の目的は不明だが、仮にこの監禁が、私という女に愛情を持ってのことならば、私に本名を呼んでほしくはないのだろうか。

 スプーンが、空になったマグカップの底を突く。考えごとをしながら、すっかり平らげてしまった。

「美味しかった。ごちそうさま」

 この状況下でも、自然とそう呟いてしまう。覚えてはいないが、自分はずいぶん行儀よく育てられたのだなと自嘲気味に思った。

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