U・H が原因で婚約破棄された転生聖女。
R-15は念のため。
具体的描写はほぼ出てきませんが、BL要素を多分に含んだ用語が頻出します。
苦手な方は曲がれ右をしてダッシュで逃げて下さい。
このお話はファンタジーであり、実在する人物、花、神様、等とは何も関係ありません。
「ルピナス! お前との婚約は破棄させて貰う!」
それは突然の出来事でした。我がフラワード王国の王太子であらせられる、タチアオイ殿下が壇上から私を指さしてそう宣言なされたのです。
殿下は光り輝く金髪に、空の色を思い起こさせるような綺麗な青い瞳。高い鼻に艶のある赤い唇、白い肌は透き通るようで、身長も高く鍛えられた体はまるで芸術品のよう。理想の王子様と言えば十人中九人は殿下の事を言うくらい、容姿の整った方。こんなにも美しい方が私の婚約者に、と決まったときには喜んだものです。
対する私は黒くて長い髪を腰まで伸ばし、やや吊り目がちの紫色の瞳をしていて、整ってはいるもののどこか冷たく暗い印象を与えると言われています。
黒い修道女服を着ると、ますます暗くて魔女のようだと言われることさえもありました。
今日は殿下の婚約者として参加しているので、いつもの修道女の服ではなくドレスですけれど、久しぶりに着ると動きにくいですわ。
それにしても、本来なら婚約者である私を殿下がエスコートするはずだったのに迎えに来て頂けなかったので嫌な予感がしていたのですが、見事に的中してしまいました。
「そ、そんなタチアオイ殿下、婚約破棄だなんて、私が何をしたと言うのです!」
「何をしたか、だと? その胸に手を当てて良く考えてみるが良い」
怒りに満ちた殿下の声と顔に、私は胸に手を当てて考えます。
まさか、私が転生者であるということがバレてしまったのでしょうか。
そう、私は日本からこの世界へと転生した元日本人で、前世ではしがない会社勤めをしていた社会人でした。
ブラックな会社とは気付かずに入社してしまい、来る日も来る日も、終電に乗れずに会社に泊まることはざらで、帰りたくても仕事が多くて帰れずに会社に居続けることも毎度のこと。
偶に帰れた日はお風呂と睡眠に時間を取られ、ろくに家事も出来ない毎日。楽しみと言えば、お昼御飯を食べるときにおトイレでするソシャゲくらい(食事中にも用事を言いつけられるのでトイレに逃げていた)。
そんな生活をしていた私は久しぶりにアパートに帰り、ぼろ雑巾のように疲れた体をベッドに横たえ、泥のように眠りへと落ちたと思った瞬間、この世界に生まれ変わっていました。
この世界では伯爵家に生まれ、治癒魔法の使える希少な光の魔力を持っていた為に聖女として教会に引き取られることになって。
そして前世の記憶でもって色々と国に貢献していたら、聖女であることも相まって王太子殿下の婚約者に選ばれたのです。
実家が伯爵家だったので寄り親の養子になって爵位の調整をしたりはしたものの、大した問題もなくここまで過ごしてきた筈なのに、今更どうして?
やはり、実は私が転生者だとバレて、気持ち悪がられてしまったのでしょうか。
しかし、ここで転生者であると自分から言ってしまう訳にはいかないですわ。
それにもしかしたら違うことかも知れないもの、心当たりはないのだけれど。
「殿下、申し訳ございません。私にはとんと心当たりが見当たらないのです。知らずのうちに殿下の御心を傷つけていたのなら謝罪致します」
「心当たりがないのに謝られてもな。ルピナス、最後にもう一度聞くぞ? 本当に婚約を破棄される覚えはないと、そう言うのだな」
確かに何が悪いのかも分かってないのに謝られてもって思うわよね。誰だってそう思う、私だってそう思う。
とはいえ、本当に心当たりがない。聖女としてのお努めは頑張ってたし、王太子妃教育だって真面目にしていた。
はっ!? 問題って、遅々として進まない王太子妃教育かしら。遅々として進まないと言われていたけど、聖女として頑張っているからそこは仕方ないって殿下も分かってくれてると思っていたのに。
「もしかして、王太子妃教育が進んでいないことでしょうか? こればっかりは聖女としての務めもありますので、誠に申し訳ないのですが……」
「違う。それに関してはそなたが聖女としての活動に力を入れているから、私としても仕方ないと思っているので気にしていないし、気にしなくて良いとも言ったであろう? ふぅ、どうやら本当に分からないようだな」
王太子妃教育のことではないとすると、本当に分からない。私は何をしてしまったのでしょうか。
困惑の表情を浮かべて殿下を見ていると、殿下は呆れたように溜息を零し、後ろに控えていた側近の方から紙袋を受け取って中に入っていたものを私の前に放り投げました。
「それが! 婚約破棄の! 原! 因! だ! 知らぬとは言わせぬぞ、ルピナス!」
投げられたそれらは、薄い紙の束で。近づいてみるとそれは薄い本であり、表紙には……ああ、表紙には!
「あぁぁぁぁぁぁぁ!! 殿下、何ということを! これも、これもこれもこれも! 私が大事にしている本ではありませんか! 私と仲間達の血と汗と涙と妄想と涎の結晶を投げるなんて、信じられませんわ!」
その薄い本の表紙には、それぞれ殿下と近衛騎士があられもない姿で抱き合っているものや、側近の文官の方が殿下を壁ドンして顎クイしているもの、武官の方に組み敷かれて殿下の衣服が乱れているものと言った、男性同士の絡みが描かれている本であったり、国王陛下が宰相、近衛騎士団長に屈服させられている国王様総受けの本でした。
これらは全部、私が忙しい合間を縫って原案を出し、絵や文章が得意な修道女に協力して貰って作った薄い本ではないですか!
ある方なんて、鼻血を流しながらペン入れして下さったんですよ!?
それを無造作に放り投げるなんて、まさに神をも恐れぬ所業!!
「貴様の執務机の一番下の引き出し、三重底にしてあったところから発見されたと報告を受けた時には、何かの間違いだと思いたかった……だが! その本の最後に貴様のサインがしてあるのを見て貴様が書いたものだと確信したのだ!」
「違いますわ! 私は原案を出しただけ。絵と文章を書いて下さったのはそういうのが得意な腐女子仲間です! 私と違って絵心も文才もある素敵な仲間ですわ。というか殿下、乙女の引き出しを漁るような真似をされたのですか!? サイテーです!」
でも、本棚に隠した表紙を二重にして隠したのは見つかっていないみたいね。後で部屋に戻った時に回収しないと。
「ふ、ふじょし? 言葉の意味は分からんが、それはどうでもいい。つまり、貴様以外にも王家に叛意を持つものがいるということだな?」
「お受けに叛意? つまり掛け算の前後の解釈違い?」
「王家だ! 発音が違う! それに掛け算だの前後などと訳の分からないことを言うな!」
はっ、しまった。薄い本を見たせいで腐女子の本能でつい。でも、これが何で婚約破棄の理由になるの? まさか、この世界まで私の趣味を否定するって言うの? 前世の私にとって癒しだったけど、理解してくれるどころか気持ち悪がられて否定されて。それをまたこの世界でもされるっていうの?
「国王陛下や私が、宰相、騎士団長、側近に、く、組み敷かれているようなものを作っておいて、王家に叛意が無いとは言わせぬぞ! それはいつか王家を打倒せしめんということだろう!」
「え? 殿下、まさか読んだんですか?」
やだ、まさかの登場人物の元ネタの人に読まれちゃうなんて……気まずい上に恥ずかしいったらないわ。
「読みたくはなかったがな! 中身を検めないと貴様の罪を数えられんだろうが! 兎に角、貴様は王家に恨みがあるということだろう! そのような者と婚約は続けられん、破棄させて貰う! そしてその穢らわしい書物も焼いて破棄させて貰うからな!」
「そ、そんな!? この素晴らしい本を焼くなんて神罰が下りますよ!?」
集めた本を胸に抱いて抵抗する。みんなで作ったこの本を焼くなんてとんでもない!
「神罰だと? 一体、どのような神が私に神罰を下すというのだ。そもそも、その穢らわしい書物を書いた者にこそ、神罰が下るというものだろう。もし、私に神罰を下す神がいるというならこの場に降臨して欲しいものだな」
『う腐腐腐腐、ここにいますわー!』
殿下が言った瞬間、その場に女性の声が響き渡り、床に眩く神々しい光が広がっていって、とても芳醇な発酵臭をさせながら女神様としか言い表せないお姿の方がご降臨されました。
そのお姿は真っ白な貫頭衣を纏い、目元は前髪で隠れているけれど美しい造形なのが見える部分だけでも伝わってきて、真っ黒な髪をお尻が隠れるほどまでに伸ばし、紫色のオーラを漂わせたとても見目麗しい女神様でした。
「うっ、なんて臭いだ……」
「げほっごほっ、苦しい……」
「あら、とてもいい香りなのに、どうして?」
「ええ、本当にとても素敵な香りですわね」
女神様がご降臨されて、人々の反応は二つ。悪臭と感じて気持ち悪がったり、酷い方は吐いていたり、逆にとても良い匂いと感じてうっとりしている方や平気そうな顔をしている方。
前者は男性に多くて、後者は女性に多いですわね。
「あ、あなたは一体……?」
あら、殿下も意外と平気そうですわね。駄目そうな男性と何が違うのかしら。
『我は、腐敗と発酵の女神。貴腐神とも呼ばれている女神よ。貴方が神罰を下す神がいるか、というから出てきてあげたのよ。さぁ、神の罰を受けなさい』
女神様がそう言うと、口から紫色の煙が吐き出されていき、部屋中に充満してから消えていきました。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!? あ、あれ? なんともない……?」
煙が晴れて姿が見えるようになった殿下は確かに見た感じ何も変わったところはないようでした。でも、なんというか、得も言われぬ色香を感じるような……?
どこかおかしなところはないかと、ご自身の身体を見回したり動かしたりして、何もおかしくなっていないと安心した殿下は女神様の方を見て笑います。
「神罰というから何かと思いましたが、何もないではないですか?」
『う腐腐腐腐腐腐、本当にそうかしら? 周りを良く見てみなさいな』
女神様の言葉に殿下が周りを確認すると、何人かの女神様の匂いが平気だったり良い匂いと感じていた男性がふらふらと殿下に近づいていました。
「殿下、お慕いしておりました……」
「どうか殿下のご寵愛を私めに……」
「殿下、俺、殿下のこと前から……」
「僕も殿下を見た時からずっと……」
上から順に、側近でいらっしゃる、眼鏡を掛けたクールな宰相閣下のご子息、生真面目で堅物な神官長のご子息、気さくで大らかな兄貴分的存在の騎士団長のご子息、子供っぽいけど抜け目ない腹黒な大商人のご子息ですわね。
殿下と側近の方々のカップリングは掛け算も、掛け算の前後も色々と考察されていて素敵な作品がたくさん生まれたのよね。
解釈の違いによるぶつかりあいもたくさんあったけど、それも今となっては良い想い出だわ。
「なっ、お前ら、何を……おいっ、抱き着くな、すりすりするな、くんくんするな、ふにふにするな、ぷよぷよするな! 服の中に手を入れてくるんじゃないっ! ズボンに手を掛けて何をする気だ!? ええい、みんな正気に戻れ! 貴様、何をした!!」
あらあら、殿下ったら。神様に貴様なんて、恐ろしい口の利き方をされるのね。
『私は貴方へ懸想している者達の欲望を増幅しただけよ。精神的なものは少しスキンシップ過多に、肉欲的なものは欲望に正直になるように、ね』
「こ、この邪神めっ! こ、こら、引っ張るな、どこへ連れていく気だ……放せ、放せ、は・な・せー!」
四人がかりで引きずられては流石の殿下も抗えないですわね、一人は体格的に殿下よりも逞しいですし。
ごめんなさい、殿下……私、妄想や書物で見るのは好きなのですけれど、実際にそういうことをしているのを生で見るのは駄目なんです。
二次元にするから良いのであって、三次元はちょっと……もっとも、それを言うなら実在の人物、つまり生モノで書くな、という話ではあるのですけれど。
『さて、そこの貴女。そう、聖典を抱えているそこの貴女よ』
「は、はい、女神様っ。何でございましょうか」
聖典、というのがこの本のことを差すなら、私のことでしょう。本を大事に抱えたまま立ち上がり、女神様に一礼する。
『貴女をこの世界に聖女として転生させたのは私です。これからはその貴い教えを貴女が広めるのです。信者の選別方法は簡単。貴女は腐女子、貴腐人の素質のある女性か、潜在的に受けか攻めの素質のある男性を見分ける能力を持っているのです。そういう者を探し出して聖典を作り教えを広めなさい。期待していますよ、う腐腐腐腐腐腐……』
そう仰って女神様は現れた時と同様、ゆっくりと光を放ちながら床に沈み込んでいって姿を消されていきました。
「つまり、私が薄い本を作る仲間を見つけることが出来たのはその能力のおかげだったのね。そして私が薄い本のモデルにした方達はそういう素質があるということかしら……」
素敵な男性でも、本のネタにしようと食指が動く方と動かない方がいたのはそういうことだったのかしら。え? つまり国王陛下や殿下達はそういう素質があったってこと?
「ま、まぁ、深くは考えないことにしましょう! これから忙しくなるわ、まずは同士を集めなくちゃ」
まずはこの会場で女神様の香りを吸っても平気そうな方達に声をかけて腐教、もとい布教をしていかないと。高位貴族の方も多いですし、広まるのはあっという間かも知れないですわね。
「女神さま、私、頑張ります! まずはこの国を腐海に沈めて見せますわ!! そしていつかは世界中に信仰を広めて、この世界を腐界にして見せます!」
一瞬、おいバカ辞めろ! という殿下の声が聞こえたような気がしますが無視します。
その後、王妃陛下もまた貴腐人であることが分かり、その後ろ盾を得て布(腐)教は順調に進んで国内を満たしていくことになりました。
隣国にも外交を通じて王妃陛下が広めていき、どんどんと世界中に教えは広まりました。
今では淑女の社交場には薄い本を携えて腐女子や貴腐人達が様々なカップリングや掛け算について語り合うのが流行となり、隆盛を極めていきました。
私は最期まで聖女として腐教活動に尽力し、初代大聖女として神殿に祀られることになりました。
きっと私の死後もこの教えは広まり続け、世界を満たしてくれると信じています。
ああ、女神様。今、貴女の御許へと……参ります。頑張った私を褒めて下さいますか……?
歴史書に曰く。
大聖女が没した後、教会は幾つかの宗派に分かれ、「オレ様系王子教」で「傲慢ガン攻め派」と「ヘタレ受け派」の派閥争いが勃発し、そこに「ショタ系王子教」の「無知なふりして腹黒攻め派」と「小犬みたいな純粋受け派」が加勢し、「クール系鬼畜眼鏡教」や「熱血系脳筋兄貴教」、更に「ノーマル男子と男の娘教」、「薔薇で作った百合の造花教」までもが入り乱れる魔境と化し、その勢力を急速に縮小して地方に小さな神殿が残るのみとなってしまった。
もし、大聖女であったルピナスがこの惨状を見たならこう言ったであろう。
「みんな違ってみんな良い。汝の萌えを愛し、隣人の萌えを愛しなさい」と。
U・H:薄い本
ルピナス:名前の元ネタは昇り藤とも呼ばれる花。花言葉は多くの仲間、想像力、いつも幸せ、貪欲。死後、腐敗と発酵の女神の使徒として天界に召される。苦手な絵と文章の勉強の為、現在は芸術と文芸の女神の下で修業中。
タチアオイ:名前の元ネタはアオイ科の多年草。花言葉は気高く威厳に満ちた美、開放的。名前はタチだがどちらかと言うとネコ。側近達と真実の愛に目覚めた。国王即位後、ルピナスと協力して同性婚を認める法律を作り施行、側近達と結婚。世継ぎは血縁を養子にして王権を繋いだ。