最終話、北村直樹はかく語りき
朝が来た。
私にとっての特別な朝だった。
ローカルTV局の地方ニュース番組に出演する、今日はその収録日だ。
酢好田泣菫賞を受賞したのだ。大都会岡山の産んだあの文豪の名を冠した名誉ある文学賞だ。知らぬ者はあるまい。いや、じつは私は知らなかったのだが……。
スタジオに入ると、そこそこ綺麗な女子アナウンサーからインタビューを受けた。モデルのカニちゃんに似ているのでカニちゃんと呼ぶことにする。
インタビューの途中でカニちゃんに聞かれた。
「北村さんが純文学を志したきっかけは何だったんですか?」
もちろんそれはあのアメフト部の部室で洛美原先輩の立派なタマを見たことだった。あの神々しいタマをもつ先輩の口から聞かされた純文学というものに、私は憧れをもったのだ。
トーコとのブンガク行為の影響も大きかった。私が筆を下ろした時、彼女の雪のように白い裸体が電流を受けたように震え、そのブンガクが私を感動させたのだ。
しかしもちろんTVでそんな真実は口に出来ないので、私は当たり障りのない作り話を答えた。
やがてカニちゃんは、遂に私にそれを聞いた。
「北村さんにとって、純文学とは何ですか?」
背筋を伸ばした。
私は長い旅を超えて、その答えを口に出来るようになっていた。
「純文学とは難しい、高尚なものだと一般には認識されていると思いますが、そんな凄いものではないんですよ。私は純文学作家ですが、ただの人でもあります。さまざまな体験をし、さまざまな知識を得て、さまざまなことを自分の頭で考えて生きてきましたが、それはつまりただの普通の人間ということです。そんなただの人が、誰もの上に広がっている空を、無垢な心で描けばそれが純文学となります。つまり、空を見上げる人の数だけ純文学はあり、裏返すなら純文学とは『空』であり、それぞれがそれぞれの空に創り出すべき、底の抜けたものなのです」
カニちゃんは意味がわからないように「はぁ」とだけ言ったが、私は満足していた。
現在の自分にとっての『純文学とは何か』を、カネの話などの汚い言葉は使わずに言い切れた、そんな満足感があった。
私が出るニュース番組の放送日、トーコと私が暮らす6畳の狭い部屋にみんなが集まった。
親父、ばあちゃん、心美、諏訪とヒカリさんの夫婦、母ちゃんもちょうど長距離仕事から帰ってきて、一緒にTVを見た。
「出世したねぇ、直樹」
「さすが俺の子だよ」
「これで心置きなくギャンブラーを卒業できるわい。もうブラックサンダーで生きる人生は終わりじゃ」
TV画面に私が映ると、アイドルでも登場したかのようにみんなが沸き上がった。トーコが特に興奮して喜んでいた。
収録には1時間ぐらいかかったはずだが、放送枠は5分足らずだった。
テキトーに作って答えた『純文学を志したきっかけ』はしっかり放送されたのに、答えたあとに真摯な個人的陶酔のあった『純文学とは何か』の部分はカットされていた。
……まぁ、いい。
その答えは、これからも人生を続ける中で、変わり続けていくものであろうから。
〜 了 〜
どうもありがとうございましたm(_ _)m