五十九、蹴りたいお腹
「北村直樹くん、赤ちゃんが今、お腹を蹴ったよ」
トーコがそう言って嬉しそうに私を見る。
私も笑顔になり、尻を横にすべらせて彼女に近づくと、そのお腹に耳を当てた。
「あっ、聞こえた!」
トカトントン、と、中からママのお腹を蹴るかわいい震動を確かに感じたのだ。
「トーコのお腹は『蹴りたいお腹』なんだね」
結婚6年目にしてようやく出来た我が子だ。女の子だと既にわかっていた。私にとってはそれは間違っても蹴りたくないお腹だった。
二人で住みはじめたアパートの部屋は狭いが幸せに満ちている。
やがて育児に疲れ、二人の愛も冷めて、私も浮気をするようになるのだろうが、子はかすがい、きっとこの子のために私たちは結婚生活を続けていくのだろう。
テレビで若いアイドルグループが歌いはじめた。
トーコが声をあげる。
「あっ! 『男手の新曲だ!』」
トーコはアイドルヲタクになっていた。
ブンガク行為をすることもなくなり、暇を持て余したのだろう。正直アイドルを追っかけ回すような目になる時のトーコは背中を蹴ってしまいたくなるが、それが彼女の趣味なのだと割り切って許している。
「推し、萌ゆ萌ゆ!♡」
へんなテンションになったトーコを放置して、私は執筆に戻る。
私は本名『北村直樹』の名前で純文学作家としてデビューしていた。地方ではそこそこ有名人だ。
しかし純文学だけでは食べていけないので、エロ小説とエログロホラー小説も書いている。全国的にはどちらかというとそっちでのほうが有名だ。
代表作は『桜の森の満開の下ネタ』、もちろん純文学ではなく、エログロホラーのほうだ。
次回、最終話の予定です