五十一、童河
童河 〜 どうぞ Pakka と発音してください 〜
ばあちゃんが少しボケはじめた。
パチンコ台の釘の見方も衰えてきている。
「あたしが美少女だった頃のことさ」
誰も何も聞いていないのに喋りはじめた。
「山の中を一人で歩いてたのさ。なんでそんなことをしてたかはよく覚えとらん。綺麗な川がさらさらと流れとった。その清らかな流れに見とれながら、ふと振り向くと、そこに……」
芥川の『河童』によく似た話だと思った。
頭のおかしなやつが一人で山歩きをしていたら、河童に出会い、不思議の国のアリスのように河童の国へ落ちる話だ。同じようにばあちゃんが河童に出会う話かと思ったら──
「トレンチコートの前をPakkaと開いて醜いものを見せつけとるおじさんが立っとった」
「それが父さんだったんだよね?」
親父が聞くと、ばあちゃんは懐かしそうに目を細め、「そうじゃ」とうなずいた。
どうでもいい話だったので私は今夜の予定について切り出した。
「今夜、みんなで飲みに行こうよ。たまには家族でパーッとやろう」
「そんな金はないぞ、直樹」
親父が悲しそうに言う。
「いきなり何を言い出すんだ。いいことでもあったのか?」
「今までばあちゃんのパチンコの稼ぎに甘えすぎてたからね、たまには俺がみんなに奢ろうと思ってさ」
文学新人賞の話はまだみんなには伏せてあった。知っているのは私とトーコの二人だけだ。
ボケはじめたばあちゃんの稼ぎに頼るのはもう、無理だろう。
これからは私が家族を支えて行くんだ。