五、諏訪家のほうへ(一)
北村直樹はアメフト部を辞めた。
自分に合わないことをしていても仕方がないと思ったし、何よりやりたいことが見つかったからだ。
彼は純文学を書こうと決意し、その使命感に燃えていた。彼のイメージでは現在、純文学とは、高い塔の上で仙人達が、大衆にはわからない高尚なものを取り囲み、「ほっほっほ。これは良きものじゃ」「大衆という名のブタに与えてやるにはもったいないものじゃ」「真実など大衆は知らなくて良いのじゃ」と優雅にひとりごとを呟いているようなものであった。大衆のために、面白い、それでいて真実を描いた純文学作品──それを書こうと燃えまくっていた。洛美原先輩に会うのはアメフト部を辞めても出来る。しかし純文学作品を書くためには時間と体力が必要だったのだ。
部を辞めると直樹は家族で暮らすワンルームアパートの隅っこのひとつを占有し、スマートフォンと睨めっこをしはじめた。家は貧乏だがたまに祖母が獲ってくるパチンコの景品でブラックサンダーは肥えるほどにあった。
ブラックサンダーを齧りながら、部屋の片隅でだんだんと肥えていく直樹に、無職の父が話しかける。
「直樹。大学をきちんと卒業して、いい仕事に就いて、父さんを養ってくれ」
ブラックサンダーを齧りながら直樹はうなずきながら、スマホを見ながら考えていた。真実とはなんだろう? まずそれを知らなければ純文学は書けない、と。