五十、ニチャリン
公園で諏訪と会った。
東屋に並んで座り、紅葉がくす玉から舞う紙吹雪のように散る中、穏やかな会話を交わした。
「僕は横光利一氏のファンでね」
舞い落ちる紅葉を見つめながら、諏訪が言う。
「彼の醸し出す新感覚は、現代でも立派に新鮮なものだよ。川端康成氏もいいが、僕は横光利一氏のほうが、現代でもより新しいと思うね」
横光利一は読んだことがなかったので、素直にそう言うと、お勧めの短編作品を二つ、紹介してくれた。
「入手しやすいのはまず、筒井康隆氏が編纂した『人間みな病気』というアンソロジーに収録されている『盲腸』だね。さっぱり意味はわからないが、間違いなく面白いんだ。あのセンスは現代にも通じるものだぜ?
それからこれは代表作とも言われているらしいんだが『日輪』という作品がある。邪馬台国を舞台にした話なんだがね、使われている言葉がまるで読者を古代大和の国へ誘ってくれるほどにイカしてるんだ。以前、しいなここみが『ウンバラサーガ』という即興短編で物真似しようとしていたが、無理があったようで30ptくらいしかつかなかったよ」
「今度読んでみるよ、ありがとう」
東京行きの金を全額出してもらった礼もあり、私は素直に彼の勧めを受け入れた。もちろんウンバラなんとかではなく、横光利一を読んでみることをだ。
「ところで何をしに東京へ行って来たんだい?」
「ああ……。審査員の先生に挨拶に行って来たんだ」
「なるほど。汚い手でも使ったのかい?」
「まさか! そんなことをして獲れるような腐ったものじゃないよ、新人賞は。ハハハ……」
諏訪が意味ありげにニチャリンと笑った。
突然、公園に威厳ある女性の声が響いた。
「汝を吾は見つけたぞ、諏訪三郎」
ヒカリさんだった。女王卑弥呼みたいなコスプレをしている。
「あれは?」
私が聞くと、
「『日輪』を読ませた影響でね、卑弥呼になってしまったんだ」
そう答えて、諏訪も邪馬台国っぽい演技をヒカリさんに返す。
「女王よ! 吾は今宵、汝の肉叢に穴を穿たん!」
そうか……。
良い文学というのは、読んだ者を登場人物になったような気分にさせてしまうものなのだな。
私もそんなものが書きたい、と思った。