四十九、若きキタムラの悩み
警察が二人の審判員をしょっ引いて行った。住居不法侵入と暴行罪だ。
トーコが言った。
「よかったわ。北村直樹くんが人妻に恋をして、叶わぬ恋に自殺しちゃうストーリーになっちゃうのかと思った」
私は笑い飛ばした。
「ゲーテの『若きウェルテルの悩み』じゃあるまいし……。ほんとうに、その奥さんには『美人だ』と思う以外、何も感じなかったんだよ。俺が愛しているのは君だけさ、トーコ」
「北村直樹くん♥」
トーコに蛇のように抱きつかれながら、内心私は悩んでいた。
彼女とは結婚の約束をしている。しかし、ほんとうにこれでよかったのだろうか?
純文学の新人賞を獲れば、私はそこそこの有名人になるだろう。
そのうち芥川賞なんか獲ろうものなら、きっと女性からモテモテになるだろう。
浜辺美波さんが私の小説を読んでファンになってくれ、私の小説を原作とした映画で彼女が主役を演じ、会えることになるのかもしれない。ひょっとしたら結婚することになったりして?
これでよかったのだろうか。
早まったのではないだろうか。
私はトーコのことを果たして愛しているのだろうか?
色々と助けてもらい、恩を感じているだけなのではないだろうか……。これは愛とは違うもので……
……いや、何を考えているのだ北村直樹!?
おまえはそれでも純文学作家か? いやそれ以前に人間か?
これだけ尽くしてくれる女性が他にいると思うのか? 浜辺美波だってここまで尽くしてはくれまい!
急激に自己嫌悪に駆られ、窓を開けてベランダから飛び降り自殺をしようとした私のシャツの裾をトーコが掴んだ。
「逃がさないわ! あなたを失ったら私はたぶん一生独身だもの」





