四十八、審判員
使命を終えて東京から戻り、自分のアパートの部屋のドアを開けると、二人の黒スーツの男が立っていた。
「だ……、誰ですか?」
「私たちは審判員」
「といってもレフェリーでもアンパイアでもなく、『ジャッジ・メン』です」
「不法侵入ですよ」
トーコがそう言ったのを揺らぎもせずに受け流すと、二人の審判員は私とトーコを台所の椅子に無理やり座らせ、向かいの席に腰を下ろした。
「さて、北村直樹さん。私たちはこれからあなたを裁判にかけます」
「嘘偽りなく、正直に発言してください。黙秘権はありますが、それを行使すればご自分が不利になることはご了承ください」
「私が何をしたというんですか? 心当たりがまるでない! 不条理だ!」
そう言いながら、心当たりはもちろんあったので、ドキドキしていた。
「さて……あなたの罪状ですが──」
「あなたは先日、道を歩いていた時、ころころと転がってきたビーチボールを拾いましたね?」
「えっ?」
確かにサザエさん一家に似たひとたちにビーチボールを拾ってあげたことがあった。しかし、あれが何だというのだろう。
ともかく新人賞獲得のために賄賂を贈ったことが発覚したのではないと知り、私は胸を撫で下ろした。隣を見るとトーコもおおきな胸を撫で撫でしていた。
審判員の一人が言った。
「その時、あなたは夏目漱石似の先生の奥さんを『美人だ』と思いましたね?」
私は正直に答えた。
「はい、それが何か?」
トーコに横から睨まれた。
「それでいながら、『美人だけど興味ないな』と思いましたね?」
私は正直に答えた。
「はい。好みではなかったので」
トーコがすり寄ってきた。
「判決──有罪! 不敬罪です。あれは私たちの妹でした」
「カフカ『審判』のK氏がそうされたように、犬のように殺して差し上げたいところですが、今の時代にその表現は問題がある。ゴキブリのように叩きます」
そうか。時代によって、純文学にも適当な表現とそうでない表現があるのだな。
そう思いながら、私は二人の審判員から暫くの間、スリッパで体をパカパカ叩かれ続けた。