誰が為に純文学はある(四)
「漫画……」
先輩の口から出た『呪術廻戦』ということばに、私は体から力が抜けるのを感じた。
「二十歳を超えた理屈盛りの男が……漫画ばかり読んでいるなんて……」
「漫画のほうが面白いからな。筒竹マネージャーのいう通りだ」
「しかし……! 漫画は嘘と幻想で世界を覆ってしまうものでしょう? そんなものばかり読む男ばかりになれば、この世そのものが幻想になってしまいます!」
「良いのだ。わからん者にはどうあってもわからん」
「では……、純文学とは誰の為にあるのですか!」
「我々、選ばれし者だ」
先輩は、自信たっぷりに言い切った。
「高い塔の上から民衆を見下ろし、選ばれし者たちだけで純文学を語るのだ。わからん者にはわからん。それで良いではないか」
何かが違う──と、私は感じた。
そんな純文学に存在意義はあるのだろうか? と、思った。
『人民の中へ』という石川啄木のことばが脳裏をよぎる。
私は初めて洛美原先輩に反抗した。
顔を上げると、既にボクサーパンツを脱ぎ捨てていた、そのあまりに眩しい肉体美に向かって、声を張り上げていた。
「大衆に届かなければ意味がない! 私が……! 漫画みたいに面白い純文学を書いてみせます!」
先輩は私を見下ろして、なんだか懐かしそうな目をすると、優しくフッと笑った。