三十九、吾輩は犬である
吾輩は犬である。名前は『かわいい』。
吾輩の主人は禿田高丸というオッサンである。純文学作家とかいうものを職業とし、いつも文学誌のインタビューや対談で『現代純文学の堕落を憂う』などと嘯いているが、吾輩から見れば主人が文学界で一番堕落している。
主人が審査員のひとりを務めている新人文学賞で若くてかわいい女性の受賞者が多いのは、もちろんそういうことである。主人が堕落しているからだ。
吾輩は犬小舎に繋がれているので、主人が今外で何をしているのかは預かり知らぬ。が、また家に若くてかわいい女性の新人作家を連れて来そうな予感がしている。
そのあとからたぶん、いつものように、他の審査員たちもやって来るだろう。たまに男性の新人作家もやって来るが、必ず何か高級そうなものの入っていそうなおおきな風呂敷を手にしているか、あるいは若くてかわいい妹とか恋人を連れている。そしてみんなが吾輩を見て「かわいい」と言う。だから吾輩の名前は間違いなく『かわいい』なのである。
人間様たちが家に入ると吾輩は耳を澄ませる。犬の耳は大変良いので、すぐそこの声のようによく聞こえてくる。
「君を入選させてあげよう。だから……ね?」と主人の声が言う。
「嬉しい! ぜひ、お願いします」と、若くてかわいい女性の声が答える。
「さぁ、パーティーの始まりだ。乱れよう」と、別の審査員の声がする。
また主人の声が聞こえてくる。
「現代では才能やら独創性などよりも大事なものがあるのだ。純文学作家も良識があって、コミュニケーション能力があって、従順であらねばならない。才能など二の次だ。だから……さぁ、服を脱ぎなさい。従順に、良識をもって」
そして主人の荒い息が聞こえてくる。
いつもこの時、吾輩は思うのである。
もしかしたら犬なのは主人のほうなのかもしれぬと。