大いなる女装(五)
禿田高丸氏は純文学の大家である。生憎、彼の書いたものを私は読んだことがないが──。
ちょうどよかったので聞いてみた。
「先生! 教えてくれませんか? 純文学とは何なのでしょう?」
「面倒臭いな、何だね、キミ、いきなり」
「私は純文学の求道者です。今まで私はさまざまな人からその答えを聞いてきました。しかしプロの方から聞いたことはなかった。是非、私に教えてくれませんか? 純文学とは何なのかを」
「権威だよ、権威」
純文学の大家はあっさりと言った。
「権威を得ればもてはやされる。それが純文学だ。大衆小説よりも高尚なぶん、特別にな。権威を得るためには賞を獲って泊をつける。それが純文学だ。どうだね、踊子くん。キミも権威にありつきたくはないか?」
「ありつきたいですわ、先生」
トーコが色っぽい目をしてみせた。
「それならこれから私とブンガク行為をしよう! ホテルの部屋はもうとってある! すぐ行こう! それでキミの最終選考への道は約束される!」
トーコが私のほうを見た。
私は首を横に振った。
しかし彼女は意を決したように、それでいて柔らかく笑うと、その唇に笑みを浮かべ、動かした。
「任せておいてね」──と。
夜の街に紛れて消えて行く二人の背中を私は見送った。
初老作家の腕に背中を抱かれ、トーコの後ろ姿がネオンに溶け、闇の中へ消えていく。
私は低い夜空を見上げた。
ケバケバしい紫色の看板にピンク色の文字が滲んで見えた。
高いところに堂々と掲げられた、『ホテル真実』の文字が、滲んで見えた。