大いなる女装(四)
喫茶店で待っていると、雑誌などで見たことのある初老の作家の顔が現れた。
「やぁ、北村踊子さんだね?」
手を振りながらやってきて、私たちの席に近づくと、脂ぎった黒いその顔を笑わせる。
トーコと二人で揃って立ち上がり、お辞儀をした。
「初めまして。北村踊子でございます」
トーコが礼儀正しくそう言うと、純文学の大家である禿田高丸は、それはそれは嬉しそうに笑った。
「ははは! 写真の通りの色白のべっぴんさんだね!」
化粧が濃いことにはどうやら気づいていないようだ。
コーヒーが人数分運ばれてくると、禿田さんは鼻の下を伸ばして話しはじめた。
「じつは下読みの者が選外のほうへまとめていた原稿の中から、偶然私が君の応募作を見つけてね、写真とメッセージを……あ、いや……。べっぴんさんの写真に似つかわしくないそのタイトルに、面白いギャップを感じて読んでみたんだ。そうしたら……これが掘り出し物だった! 下読みしたやつを叱りつけておいてやったよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人揃って頭を下げた。ほんとうに心から感謝していた。
「私に任せておきなさい。私のゴリ推しで最終選考までは必ずイカせてあげるよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
感謝はするが、下心丸出しの禿田氏の笑顔は直視するに堪えなかった。
「……ところで、聞くのが遅くなったが、そちらの男性は? 誰だね?」
禿田氏が私のほうを見て聞く。
「もしかして……ご主人──じゃ、ないよなあ?」
トーコが答えた。
「彼は私の共同執筆者のようなものです」
「共同……? 二人で書いたということかね?」
「彼とは毎晩、ブンガク行為なるものをしておりますの。彼とのブンガク行為なしでは、私は何も書けませんの」
「ほうほう!」
禿田氏は何かを理解したように四回頷くと、トーコに詰め寄った。
「そのブンガク行為とやら、この私ともしてくれるかい?」