二十億光年のポエム(二)
アパートの部屋に帰ると、心美は早速みんなに詩集を配った。
「なんだね、これは」
親父が期待に顔を笑わせながら受け取る。
しかし開くなり、すぐに嫌そうな顔をして床に放り投げてしまった。
「こんなものよりパチンコの攻略雑誌を買ってきておくれ!」
ばあちゃんは受け取らずに突き返した。
泣きそうになりながら心美は、最後の一人、トーコに詩集を渡す。まるでラブレターでも渡すように、緊張しながら。
「ありがとう、心美ちゃん」
トーコは詩集を丁寧に受け取ると、パラパラとめくる。
「……でもね、わたしは大衆小説の象徴なの。『そのくせにやたらブンガクに詳しくないか?』とか言わないでね。作者がブレてるだけだから」
「よ……、読んでみてください」
心美は推した。
「この詩集……、素晴らしいんです。私は眺めただけで感動しました。トーコさんならわかるはず……っ!」
そう言われて、トーコは真面目な顔になると、最初のページからしげしげと読みはじめる。しかし、すぐにクスッと笑うと、詩集を床に置いた。
「だ……、ダメですか?」
「ダメね」
トーコが優しく心美の顔を見上げる。
「心美ちゃんが感動したのはわかるわ。それほどの力のある詩だと思う。──でもね、売れないのは当然。大衆小説の象徴であるわたしには、この詩に共感できるものは何もないの」
私も詩集をめくり、うなずいた。トーコの言うことがわかる。確かに素晴らしい詩集だ。しかし──
「スケールが大きすぎるというか、視点が遠すぎるの。これは地球人の視点じゃない。火星人が火星から地球人を見て、仲間になってほしいと願うような詩でしょ? そして火星人はネリリしたりキルルしたりハララしたりしてるけど、わたしたち地球人には意味がわからないし、そんな自分とは異質な存在の視点に共感することができないのよ」
その通りだ──と、私は思った。
「それから次の『萌える』という詩だけど、これも素晴らしく力あることばの絵画みたいな作品だけど、意味がわからないの。意味がわからないものに共感することは、大衆の象徴であるわたしにはできないわ」
その通りだ──と、私も思った。
ヒカリさんの詩は、素晴らしい。だかしかし、共感できるものは何もない。ただ宇宙の広さに呆気にとられるような、突き放されるような驚きしかそこにはない。いわばこれは二十億光年のポエムだ。
「これに共感できて、感動できるのは、宇宙人だけだわ」
トーコがそう言うと、心美がショックを受けたように揺れた。そして正体を現した。
黒いカラコンを取ると、真っ赤な瞳でトーコを見、言った。
「私が火星人だと見抜いた地球人はあなたが初めてです」