三十六、二十億光年のポエム
妹の心美と街へ出た。
妹と二人きりでの外出などいつ振りであろうか。私の記憶が確かなら、私が小学校低学年、心美が幼稚園の時以来だ。
単に行き場所が一致しただけのことであったが、私はなんだかくすぐったいような、お兄ちゃんの気持ちになれて、青空を爽やかに感じた。
それまでは互いに無言だったのだが、目的地の書店の前に立つと、私は妹に言った。
「知り合いが詩集を出版したんだ。金持ちの俺の友達がそれをここの書店に置かせてる。一冊買いたいんだ。すまんが金を出してくれるか?」
心美は無言でうなずいた。『元々は先輩の生命保険金を受け取ったお兄ちゃんのお金でしょ』と言いたげに見えた。
「心美はフェレットの本を買うのか?」
心美は無言で首を横に振った。どうやら怪しげな薄い本を買いに来ただけのようだ。
店内に入ると、ヒカリさんの詩集が平積みになっていた。
詩集が平積みで売られているなど滅多にないことだろう。有名な芸能人のものでもなければさっぱり売れないのが詩集というものなのだ。
諏訪がカネの力で店に平積みにさせたのだろう。諏訪の文字で書かれた推薦文がデカデカと目立っている。しかし見たところ一冊も売れてはいないようだ。
『純金詩篇』と題されたその本を私は手に取った。繊細に凝った装丁の薄い本だった。薄い本といってももちろんBLのことではない。薄いのに千五百円もする。
心美が美形のアニキと困り顔をしたかわいい弟の絵が描かれた表紙の薄い本を手に、私が何を買うのかを見にやってきた。エロ本でないことに大層意外な顔をしている。
「俺の大学の友達の友達が出版した詩集だ」
そう説明すると、「ふーん」という顔をして、一冊手にとりペラペラとめくりはじめる。
残念ながら妹には詩のことなどわからない。圧倒的多数の一般人と同じく、心美は詩に興味の欠片ももっていない。すぐにポイッと投げ捨てるようにディスプレイに戻すだろうと思っていると、ひとつのページに目を止めて、熱心に読みはじめたので驚いた。
結局、俺はヒカリさんの詩集を一冊だけ買った。心美は薄い本と、ヒカリさんの詩集を四冊も買った。家族全員に一冊ずつもたせて洗脳したいのだという。