ブンガクおじさん(二)
ブンガクおじさんは言った。
「社会人はとにかく忙しい。路傍の花を愛でている暇さえない。そんな日常の中に、文学は一滴の非日常を垂らすのさ。人間性って、忙しい日常よりも、そんな非日常の中にこそあると思わないか? 文学を読んで、そんな人間性を取り戻すんだ。ブンガクするってのは、山へキャンプに行って星空を観るようなものなんだぜ」
「えぇと……」
私は疑問に思ったことを口にした。
「それって漫画じゃダメなんですか?」
「漫画?」
「ええ。漫画に限らず、映画やアニメ、音楽や絵画でもそういう体験みたいなものはできると思うんですが──っていうか活字を読むよりそういう目に見えたり音として聴こえたりするもののほうがとっつきやすくていいと思うんですが……」
「なるほどそうだな」
おじさんは煙草を一服吸うと、紫煙をゆっくりと吐き出しながら、言った。
「そういった漫画やアニメはつまり、文学を内包しているのさ」
「じゃあ、文学よりも漫画やアニメのほうがとっつきやすいぶん、上位の表現形式ということですか?」
「あんだって?」
「文学はとっつきにくいです。難しいものと思われて敬遠されがちなものです。音楽は『音を楽しむ』と書きますが、文学を『文楽』と書くとブンラクになってしまいます。べつのものになってしまう」
「あいーん……」
「なぜ文学のガクは学問のガクなんですか?」
「それはな……」
ブンガクおじさんは、言った。
「難しそうな、高尚そうなもののほうが好きなやつがいるからだよ」
私は叫んだ。
「だっふんだ!」