三十五、ブンガクおじさん
幕田卓馬さまの『ブンガクおじさんhttps://ncode.syosetu.com/n0460je/』よりキャラクターをお借りしました。
幕田さまからは快い「うん!」というお言葉とともに承諾をいただいております。
私は純喫茶へやってきた。
その店名を見て、ここなら純文学について、何か新しいことが掴めるかと思ったのだ。
『純喫茶 ブンガクおじさん』
銅色をしたアルミのドアを開くと、カランカランと小気味のよい鈴の音が鳴り、カウンターの奥に立つ27年前ぐらいの水谷豊に似た、しかし背は結構高い、落ち着いた印象の、優しそうなおじさんが私に言った。
「いらっしゃいませ」
店には他に客はおらず、店員もそのおじさんだけで、私はコーヒーを注文すると、ついでにお願いをした。
「私に純文学を教えてくださいませんか?」
するとおじさんは柔らかくにっこりと頷き、サイフォンで淹れたコーヒーを運んでくると、テーブル席の向かいに座り、ゆっくりと煙草を蒸しはじめた。
「文学は良いものだよ」
おじさんは、語りはじめた。
「たとえば同じ雨でも、その表現一つで様々な感情を含ませる事が出来るんだぜ」
「雨に感情はありません」
私は反論した。
「それは雨を見ているひとの感情であって、雨の感情ではない」
「だから『含ませる』と言ってるだろう?」
おじさんはまたにっこりと、余裕たっぷりに笑った。
「あんまり根を詰めてやっていると、視界が狭くなってしまうもんだ。文学だって同じなんだぜ」
私たちはまるで、客と店主というよりは、会社の後輩と先輩という感じだった。
おじさん先輩が言った。
「幕田卓馬という作家を知っているかい?」
私は即答した。
「もちろんです。芥川賞の最有力候補の、今話題沸騰中の作家ですよね」
「火を見て、日々を観る……」
「えっ?」
「その幕田卓馬の代表作のタイトルさ。小さい火を見て、そこからちっぽけだがさまざまな出来事や感情の詰まった人生の景色を観──そして果ては広大な星々を散りばめる宇宙まで想いを馳せるのさ。それが文学ってもんだ」
「よくわからない!」
するとおじさんは煙草の煙をフッと吐き出し、突然にコミカルな笑顔を顔に貼りつけ、志村けんのように、言った。
「そうです。わたしがブンガクおじさんです」