三十四、マジ卍
「北村直樹くん、先輩はあなたに純文学を書けと言ったのよね?」
トーコとのブンガク行為が始まった。
六畳の部屋がとても狭く感じるような、それは格闘技のような行為だった。
「あなたは書くべきだわ。その先輩に言われたからというわけではなく、その先輩を生き返らせるために」
「先輩を……生き返らせる?」
薄闇の中、私は荒い息に包まれた自分の声を聞く。
「そうよ。あなたの中の先輩を、みんなにも見せてあげるの。とっても大切なひとだったんでしょう?」
「そうだ。先輩こそが、僕にとっての真実だった。あのひとは僕に、美しいことも、いやらしいことも、逞しいことも、身の毛がよだつことも、すべてを教えてくれた」
「それなら先輩をあなたが書きなさい。書けるわ。だって愛していたんでしょう?」
「僕が描けば、先輩が純文学になるのかい?」
「先輩のことばが、体が、魂が──先輩のすべてが純文学になるのよ」
「やる! やるよ! そしてその小説で芥川賞を獲る!」
「それは不純だわ……。でも、意気込みはそれぐらいあったほうがいいのかもね」
「芥川賞を獲ったらカネが入るのか?」
親父がとろんとした声で聞く。
「お金も、名声もね」
トーコが喘ぎながら親父に答えた。
「じゃあそのカネ、わしに預けな」
ばあちゃんが年甲斐もなく興奮した声で言った。
「十倍にしてみせりゅっふん」
「ばあちゃんに預けても煙のように消えるだけだよ」
私はそう言うと、妹の心美に託した。
「心美よ、ブンガクとは清貧なものだ。おまえがフェレットの未来のために使ってくれるなら、俺は満足だっ」
「清貧ってことばは嫌い」
心美の声が薄闇の中で、まるで作者の声のように、天から聞こえてくるようだった。
「贅肉でいいからもっとお肉がほしい」
そして狭い六畳の部屋をさらに狭くする私たちのブンガク行為は夜が更けるまで続いていった。