三十三、痴呆人
「あっ。初めまして、雪野踊子と申します。よろしくお願いします」
そう言ってトーコが私の家族にぺこりと頭を下げた。彼女は私たちの六畳のワンルームに引っ越してきたのだ。彼氏の家族といきなり同棲生活を始めるなど、常識ではありえないような気がするが、常識をひっくり返すのが純文学なのだ。
「と、トーコちゃん……。よろしく、うへへ……」
親父が緊張しながらも嬉しそうに笑う。
「ショバ代は払ってもらうよ」
ばあちゃんがパチンコの軍資金をねだる。
妹の心美は何も言わず、白いフェレットを撫でている。
私はここで考えた。
これが大衆小説なら、私は兄である洛美原先輩の死を悼み、しばらくは楽しいことは自粛して、浮ついた同棲生活など始めてはいけないところである。世間が許してはくれない。共感に基づく『あるある』を重んじるのが大衆小説なのだとするならば、そんなことをすれば読者の反感を買い、ブラウザバックされてしまうことだろう。
しかしこれは純文学である。世間からすればけしからん同棲生活を始めた上で、その後にもしもアラビア人と抗争になり、ピストルで殺されそうになったところをそれを奪い、太陽が眩しかったからという理由で3発撃って殺したとしても、人生の不条理を描いた名作文学として歴史にその名を残すのである。
繰り返すが共感を大事にするのが大衆小説、常識をぶっ壊すのが純文学である。
私はトーコの引っ越しを受け入れ、毎晩彼女とブンガク行為をすることに決めた。