黄金異変(二)
洛美原先輩の声が聞こえてくる。
寝る前の枕元に先輩が立って、いつものように逞しい胸を張り、俺に教えてくれる。
『直樹、よくぞ保険金を喜ぶことをしなかったな』
当たり前でしょう。
先輩がお金なんかに変わって何が嬉しいものか。
『金は人間を堕落させる。真実と向き合う真摯な人間であるためには、人はハングリーでなければならんのだ』
飢えてますよ。しっかりと、あなたの愛に飢えています。
『金の運用は妹に任せろ。きっと成功し、おまえのパトロンのような存在となってくれる』
妹の成功は祈っていますよ。でも、パトロンって……?
『おまえは純文学を書け。新しい純文学の流れを文學界に導くんだ』
しかし……私は……まだ一作しか作品を書いていない。その処女作『大型トラックに轢かれたけど異世界に転生しませんでした』は散々な評価でした。
何より今、私は悲しみに暮れるばかりで立ち上がる力もない。何をする気力も失ってしまったのです。
『その悲しみを描け』
えっ?
『言っただろう。純文学において、結婚と死はもっとも重く、ゆえに描くべき価値のあるテーマだ。おまえは今、その二つを同時にまな板の上に乗せているようなものだ』
ちょっと待ってください! 二つを同時に……? どういうことです?
その時、枕元のスマートフォンが着信音を鳴らしはじめた。
トーコからだった。
『あっ、もしもし、北村直樹くん? わたし、そっちへ引っ越すことにしたよ。それで結婚式はいつにする?』