三十二、黄金異変
私はただ部屋の一隅に蹲り、悲しみに暮れていた。
洛美原先輩に両親はいなかった。葬式も執り行われず、私はたった一人で悲しみをやり過ごすほかなかったのである。
そんな時、思いもよらぬ話が舞い込んできた。
洛美原先輩は自分に生命保険をかけており、その受取人を私に指定していたのだ。
保険金一千万円が私に支払われることになった。
意外ではあったが、どうでもよかった。そのお金を受け取れば先輩が戻ってくるわけではないし、何より命と引き換えにそんな大金を私にくれようとする洛美原先輩のことが憎らしく思えた。
『先輩の馬鹿野郎……。俺はこんなものより先輩さえ生きててくれればよかったんだ』
それにそんなものを私が持っていたところで使い道がない。
父が言った。
「直樹……。俺の隠し子の春樹といつ知り合ってたんだ」
隠し子、という言葉を口にする時、父はなんだか自慢げだった。おそらくそんなものを作っていた自分をカッコいいとでも思っているのだろう。どうでもよかった。
祖母が興奮気味に言った。
「直樹! その一千万、わたしに預けな! 3倍にして返してみせる!」
絶対に祖母には渡せないなと思った。
母が知ったらきっと長距離トラックドライバーの仕事をやめて豪遊し、5日もあればすべて使い切ってしまうことだろう。
「お兄ちゃん……」
珍しく、妹の心美が口を開いた。
「そのお金、私に預けてくれない?」
「何に使うんだ?」
私が聞くと、心実は白いフェレットをぎゅっと抱きしめ、答えた。
「フェレットはね、ほんとうなら飼育下でなら10年以上生きるのよ。でも、臭腺除去や去勢、避妊の手術をしないとペットには向かなくて、だけどそのために手術したフェレットは体のバランスが崩れてて、4歳を過ぎると重大な病気を発症して死んでしまう子がほとんどなの」
「そうか」
どうでもいいなと思ったが、話の続きを聞いてみた。
「私……、研究したの! 15年は生きるスーパー・スーパーフェレットを作る研究よ! あとはお金さえあれば実現できるの!」
うちの妹は天才だった。
なるほどそれはペット業界に貢献するにとどまらず、歴史に名を残す偉業となるに違いない。
私は心実に一千万円を全額預けた。