先輩の耐えられない軽さ(二)
はじめはからかわれているのかと思った。
しかし、本当だった。洛美原先輩は、私の父が母と結婚していながらソープランド嬢との間に作った、私の腹違いの兄だった。
「兄さん……」
私は声を震わせ、先輩の強いまなざしに潤んだ目で聞いた。
「兄さんと……呼んでも……?」
「もちろんだ、直樹!」
先輩が腕をおおきく広げた。私はその中に飛び込んでいくと、涙でぐしょぐしょになった顔を擦りつけた。
「兄さん! 兄さーんっ!」
ひとしきり甘えてから、そのことに気づいた。
「あっ……! ごめんなさい、綺麗な白いタキシードを汚してしまった!」
「構わないさ」
先輩は太陽のように笑った。
「おまえになら、純白を汚されても惜しくはない」
「北村直樹くん」
キャサリンが横から微笑みかけてきた。
「これからはあたしのこと『姉さん』って呼ぶのよ? いじめてあげる」
「はい!」
正直嬉しかった。
「姉さん!」
またあの柔らかくて巨大なお尻にのしかかられたかった。
家族が増えた。
あの辛気臭い四人が消し飛ぶほどの魅力に溢れる家族が二人もできた。
人生最良の日だと思った。
「それじゃ、新婚旅行にいってくるぜ!」
先輩とキャサリンはチェコのプラハへと旅立った。ドイツ製の白いオープンカーの後ろに紐をたくさん結びつけ、そこに繋いだ無数の空き缶をガラガラいわせながら。古いヨーロッパ映画の一場面を見ているようだった。
花嫁衣裳姿のキャサリンが手に白い花束を持ち、はしゃいだ笑顔で私に手を振った。
胸元の汚れた白いタキシード姿の先輩が、ハンドルを握りながら振り返り、私に向かって笑顔でサムズアップをした。
そのすぐ後、二人が崖から転落して死んだことをアメフト部の友達から知らされた。先輩がいつまでも後ろを見ながら運転していたため、前方不注意でタイヤがガードレールのないところで道を踏み外したようだった。
人の命の軽さを知った。
戦争で流れ弾に当たって死ぬ人のように、先輩はあまりにあっさりと、私の人生からその姿を消してしまった。