二十八、萌える
私は詩のことはよくわからない。
知っている詩といえば学校で習う有名な近代詩や童謡の歌詞ぐらいだ。
目の前でいきなり始まったプロポーズに、ヒカリさんが何も答えずに、それどころかとても迷惑がっているように見えたので、私は話題を変えるつもりで彼女に聞いた。
「どんな詩をお書きになるのですか? 諏訪が認めるぐらいのものなら僕も見てみたいな」
「見てくれるかい?」
諏訪がめっちゃ嬉しそうに歯を剥き出しにした。
「『現代詩手帳』に掲載されたやつがある。是非、読んでみてくれたまえ」
そう言って、諏訪は立ち上がると本棚に並べられた本のうち一冊を勝手に取り、ページを開いて私に手渡してきた。
それは『萌える』と題された、4連ほどの短い詩だった。
文字を追っていると、その文字が浮き上がるような感覚がして、驚かされた。
宇宙がそこに展開されていた。展開する宇宙に色が爆発し、それは無限に広がる音のない音のように、ひとつに纏まっていたものが増殖し、砕け散っていく。
諏訪の言う通り、素晴らしいと思った。これが天才というものかと深く感動したが、意味はさっぱりわからなかった。でも、なんか凄いと思ったのだ。
「これは凄い! 諏訪の言う通りだ! 僕も絶対にこれは詩集として出版すべきだと思いますよ!」
「わかるかい、北村氏! こんな天才詩人を放っておけるわけがないだろう?」
「わかるよ! わかるよ、諏訪くん! これは日本の国歌にしてもいいぐらいだ! 天下を取りましょうよ、ヒカリさん!」
褒めそやす人間が二人になり、ヒカリさんはだんだんと笑顔に強い光を浮かべはじめた。
そして遂に、言った。
「よ……、よろしくお願いします」
諏訪が聞く。
「結婚の話は?」
「もし……詩集が売れたら、お受けします。……だって大赤字を出してしまったら申し訳ないもの」
かくして彼女の詩集『純金詩篇』が出版されることが決まった。